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戦闘補助魔術

 調子が良すぎるというのは困りものだ。

 慎重に慎重に、と思っているのに、ついつい注意が甘くなる。

「……ちょっと突っ込み過ぎたね……!」

「魔力の貯蔵はあるんだろ!?」

「あるけど! あるんだけどさ!」

 僕たちは目的である「繊維系の素材」を求めて、ずんずんと踏み入ってしまった。

 ダンジョンにもある程度の生物環境があり、地上には馴染みのない謎の植物が生えている地区が時々ある。

 繊維系の素材はそういう場所にある。というか、それ以外で採るとなると死体から剥ぎ取るしかないのだけど、モンスターの死体はわりと短時間で「消えて」しまうため、目当てのモンスターを入り口近くまで釣り出して倒し、そこから急いで採って外に持ち出す……などの工夫をするしかなく、あまり現実的ではない。

 そんな植物区画を見つけて喜んだのもつかの間、採取に入る前にそこで敵に囲まれてしまった。

 植物が多いということは、邪魔が多いということだ。

 何もないところならまとめて切り裂ける相手も、ツタや枝葉がいたるところに生い茂る場所ではなかなか技がクリーンヒットしない。

 そして、思わぬ場所に(あしば)があるということでもあり、全く予想外のところで後衛に敵を漏らしそうになり、そのたびに振り向いて前面をおろそかにする羽目になって非常にまずい。

「いでっ!」

「前」が絞れないので、構えが安定しない。だから負傷が増える。

 ドラゴンミスリルアーマーは相変わらず頼もしいのだけど、それでもカバーしきれていない部位に敵の爪や打撃が突き刺さる。

 多少の負傷なら時間さえ作れればルリさんが繕えるだろうし、多少ではないやつでも後でマード翁にやってもらえばいい。

 だけど今は時間が作れない。

 一度見通しのいい場所に撤退するにも、半端に踏み込んでしまったせいで難しい。足場が悪いので、一気に逃げようとすると敵を押さえる役が孤立してしまう。

「いっそ『ハイパースナップ』で敵をまとめて気絶させる!?」

「障害物多すぎんぞ!? 音が直撃しなきゃ残る奴も出る!」

「じゃあ火属性斬撃でそこらじゅうの草を燃やして……」

「素材なくなっちまうぞ!?」

「……手がない」

「手詰まり早ぇなー」

 背中を預け合いながらユーカさんが呆れる。

「とにかくハーディたちを下げよう。僕らは根性で何とかできるけどハーディたちはそうはいかないし」

「お、いいねぇ。根性で耐える作戦」

「なんでそこで嬉しそうなの……」

「いやー、アインもそういう脳味噌パワー系戦術出せるようになったかーって」

「別に出したくなかったよ!? 他に思いつかないだけで!」

 正確には、「メタルマッスル」があるので僕らは防御に徹しても致命打が防げることを頼る。

 襲ってくるモンスターも無限ではない。そのうち尽きるだろう。

 まあ魔力はいっぱいあるし、死ななきゃなんとかなるだろう、という非常にぶん投げた作戦だ。

 ……と。

「アイン! ユーカさん! 今だ! 動け!」

「え!?」

「『スローエリア』をかけた! ちょっとだが敵の動きが遅くなってる! 早く逃げるなり攻め切るなりしてくれ!」

「え、ええっ……なんだそれ」

 聞いたことのない魔術にオロオロしてしまう僕。

 ユーカさんはハーディを指差して賞賛。

「やるじゃねえか!」

「そんな長くは効かないですよ!?」

「行くぞアイン! 攻め時だ!」

「どういうこと!?」

「広範囲型の軽度麻痺魔術だ! アタシらは対象外! 敵はちょっとだけ力が抜けるが、つまり……」

 近くの枝の上から僕に飛び掛かろうとして来たホブゴブリンが、目測を誤って随分離れたところに落ちた上、着地に失敗して顔面強打している。

 巨大コウモリはバサバサ飛ぼうとしているが地上から飛び立てず、触手生物(テンタクラー)は触手が微妙に足りない位置でぷるぷる震えながら地面を這いずっている。

 つまり。

「一定以下の雑魚はマジでクソ雑魚になるやつ!」

「ハーディ凄いな……」

「本当にちょっとの麻痺だけどな。数十秒もしたらモンスターも理解するから、処刑タイムは今だけだ!」

「よ、よし!」

 メガネを押す。

 どこに何がいるかわからないジャングル。だが、危険なモンスターをそんなに養っておくほど広くはないはずだ。

 見落とさないように……と、意識を集中すると。


 闇の中、藪の中。

 ぼんやりとモンスターが、光って見える。


 なんで? と少し考えたが、ハッと閃くように気づいた。

 バルバスさんが言っていた「調整」の成果か。

 暗闇を見通す以外にも、僕が必要と思えばメガネ側が視界を「最適化」してくれる。

 つまり、モンスターを探すという目的に、メガネが合わせてくれている。

「……地味にメチャクチャ凄い技術じゃないかこれ」

「え、何だって?」

「いや、こっちの話」

 まるで僕に斬ってくれとでもいうように、あちこちで隠れたつもりになりながら光るモンスターたち。

 こっちは見えている。だが、相手は今、飛び掛かってくる力はない。

 カモだ。


「ひと暴れさせてもらおう。……オーバー……ピアース・スプラッシュ!!」


 弓を引くように構え、目につくモンスターを次々に「刺殺」する。 

 射程数十メートルの刺突を、次々に。

 相手は遅い。面白いように直撃し、死んだものから光が失われていく。

 死ななかった奴はまだ光っているが、負傷でさらに動きが鈍る。

 そこにユーカさんが跳び掛かり、曲芸のようなナイフスイングで首を落とし、心臓を突き、あるいは触手を根元から切り落として完全無力化する。

 やがて、見える範囲に敵は……「光」は、なくなった。

 恐る恐るという感じでハーディとルリさんがこっちに近づいてくる。

「……片付いた、のか?」

「もういないと思う。……こっちの照明が届く範囲には」

「ヒヤヒヤしたよ。……ショボいって言うなよ? あれでもとっておきなんだ」

「いや、凄い魔術だよ。僕らのパーティの誰かがあんなの使えたら、どれだけ楽だったか」

 心から絶賛する。

 あんなの、誰がショボいなんて言うんだろうか。確かにダメージを取る技じゃないし、派手とは言い難いけど。

「……お前いい奴だな」

「え、何が」

「こっちのパーティではあんまり褒められたことないんだこれ……詠唱時間食う割に大物はちょっと動きが鈍るだけだし、雑魚には普通に攻撃する方が早いし……」

「そ、それは状況次第じゃないか? 少なくとも今回は凄い効果だったと思うよ?」

 ハーディも苦労しているようだ。

 横のルリさんも「ウチなら絶対みんな褒めるよ? うん、魔術師って爆発させるだけじゃないよね?」と慰めている。

 お姉さんだというのは昨日の段階でわかっているのだけど、どうも低身長童顔なのでハーディが妹にでも慰められている感じに見えてしまう。


「って、お前らここからが目的だぞ! 遊んでんなよ!」

 ユーカさんがナイフを振り上げて怒る。

 そうでした。採取しなきゃ。

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