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冒険者的防御理論

 ユーカさんが僕の体をガシッと抱き締めて。

 ……気恥ずかしさを感じる間もなく、ぐるんっと視界が回転し、僕は数十メートルもの高みへと投げ飛ばされる。

「死ぬなよー!!」

 下から聞こえてくる声に返事する余裕はない。こんな高所に身一つで舞った経験なんてない。

 空中に投げ出されて初めてわかったこと。「飛ばされる」時は自分の意志で姿勢が決められないので、今地上からどの辺にいるのか全然わからない。

 しくじったら死ぬ。

 特に冒険とも強敵とも何の関係もない、この宿屋跡地の庭で。

 ……だが、まあ、こういう時にクールでいられるのが、僕の数少ない自覚的長所だ。

 視覚的なものに頼らず、時間の感覚で地面に激突する瞬間を推量する。

 そこまでギリギリでなくてもいい。僕はユーカさんよりも随分余裕がある。

 もし技の掛かり(・・・)が甘くても、まあ最低限生きていればマード翁かファーニィがなんとかしてくれるだろうし。

 痛い、苦しい、不自由……というものの心配をしなくていいのは本当にありがたい。治癒師のいるパーティって素晴らしい。

 というわけで。

「……ねじりを、入れて……締める!」

 左フックを出すように、足元からの螺旋回転を意識して、魔力を体内で加速展開。

 体中の筋肉に力を込めて、激突を待つ。

 ほどなくして、地面には背中から激突。

 あ、これ素でいったら首がボキッと折れて即死する奴だ。

 ……と思いながら土の上を転がり、やがて止まり。

「……成功」

 力を抜いて、起き上がる。

「やったー!!」

 まるでユーカさんが自分のことのように両手を突き上げて喜び、見ていたファーニィやアテナさん、クロード、あとジェニファーも肉球で拍手。

「うまくいったみたいじゃぞい」

「本当? っていうか、なんでこのパーティの人たちってリーダーが自殺みたいな特訓すんの止めないの……?」

「ほっほっほっ。まあこのテの事ならアイン君が上手くやらんはずないじゃろ」

 リノは僕が墜落死するのを見るのが怖くてマード翁の背後に隠れていた。かわいい。

 変なスプラッタ耐性はあるのに、そういうところ普通に女の子なのがちょっと面白いよね。もちろん怖さの質は違うだろうけど。


「旋風投げ」の方はともかく、「メタルマッスル」に関しては僕はほぼ完璧にマスターした。

 数十メートルから落ちてもノーダメージ。思い切ってクロードの斬撃を生腕ガードしてみたが、それも成功。

「いつも思いますけど、アインさんって本当にこういうことに関しては天才ですよね……」

「理屈は簡単だし、アテナさんやクロードも覚えたはずだろ」

「私はここまでは無理です。刃物相手にはさすがに血が出ますよ」

 シンプルな技だけど、やはり掛かり(・・・)の程度には個人差があるらしく、クロードは完全に無傷とはいかないらしい。アテナさんも「まだ練習が必要だ」と言っている。

「でも、こんな技と“邪神殺し”の攻撃力があるなら、前のゴリラユーカさんが世界最強ってのも説得力あるよね」

 僕は格段に頼もしく思えてきた自分の手を見ながら、強くなった実感に浸る。

「だけど、あくまで『奥の手』だかんな。冒険者たるもの攻めてナンボだ。先に殺せばこんなもんいらねーんだから」

「それはそうだけど」

「勝つ確信は、攻撃が届くって自信から生まれるんだ。剣術試合ならいざ知らず、アタシら冒険者のやることったらルール無用の殺し合いだからな。どうしても守りの心配が先に立つようなら、戦うのはまだ早ぇ」

「今はそうも言ってられないよ」

「一般論一般論。だから教えてんだろ、守りを」

 こちらが挑むか否かを選べる状況ならいいけれど。

 ロナルド相手にはそうも言っていられないし、「邪神もどき」にも、手控えていたら知り合いがどんどんやられてしまう。

 今の僕には守りも必要だ。

「問題は、防御を固めたら解除に少し間が必要ってことだよな。剣術自慢の奴からすれば、初見で跳ね返されたらビビるだろーが、一度理解しちまえば、動き出したところを改めてつつけばいいんだから楽なもんだ。どうしても数秒は動きも鈍るしな」

「確かに……そう考えると多用はできないか」

 モンスター相手にならそこまでの心配は必要ないだろうけど、対人戦ではやはり僅かなデメリットが気になる。

 どうしても凌げない、という時に限って使うべきなのだろう。

「それを補うために魔導具……ってのも手だけどな。足を強化する系の魔導具なら、防御やめ際の隙を突かれるってのは踏み倒せるだろうし」

「でも、それこそ守りの戦術だよね……」

「そうだな。そういうのが全部ハマったとしても勝ち筋にはならねー。あくまで負けパターンを一個潰せるだけだ」

 ユーカさんの戦闘哲学からすると、そういうところに凝ったって仕方ない、という理由から「オーバースラッシュ」や「パワーストライク」を優先したのだろう。

 実際、僕はそれを頼りにして、数か月で初心者同然の泡沫冒険者からここまで来れた。

 敵より先にやるしかない、という強い考えは、こと殺し合いでは何より大事なのだろう。

「なにより、こんなん結局原始魔術だしな。どこまで防げるなんて保証は何もねえ。魔術はもっと強い魔術で破られる。魔力で力比べしようってのは元から戦士にゃ分が悪いんだ」

「……確かにそうだよね」

「そういう選択肢もある、って程度に考えておけ。まあ、少なくとも墜落死だけはしなくなった分、冒険の自由度は上がるだろーけど」

「何メートルまでダメージなしで落ちられるのかな……」

 変な心配をしてしまう。

 でも、まあ、少なくとももう緑飛龍(ウインドワイバーン)は怖くない、かな。


 僕たちが廃墟で大工仕事をしたり、特訓や野営で騒いでいるのは、やはり街の方からも目立つらしい。

 小屋ができる頃に、マキシムの副官である魔術師ハーディが僕たちのもとに訪れた。

「やあ、アイン」

「ハーディ!」

「聞いたよ。マキシムの治療、手配してくれたんだって?」

「たまたまだけどね。マードさんが一緒にいたから」

 僕がマード翁を示すと、ジェニファーと一緒に焼き芋を眺めていたマード翁は片手を上げて。

「ワシ覚えとる? あのマキシムとかいう若造は覚えとらんでちょいとショックじゃった」

「もちろん覚えてますよ!」

「追加の治癒依頼は有料じゃぞい。女の子なら9割引じゃが」

「ウチのパーティの女は殺られてしまったので……」

「……それはすまんかったの」

「それにあんまり大怪我をするほど深追いしたのはマキシムだけなんで。今は身内の治癒師で足ります」

「ほほ。まあ怪我で困っとる女の子いたら紹介してくれてもええぞい」

 あくまで俗物的な振る舞いのマード翁にハーディも苦笑い。

「俺たちも腐ってばかりもいられない。そろそろ次のメンバー探して、改めてダンジョンで鍛え直すことにしたよ」

「……そっか」

 彼らは、前を向いて立ち直ることにしたらしい。

 そのことを喜びつつ、僕は改めて、アーバインさんたちの無事を祈って空を見上げた。

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