シルベーヌの再起
明くる日もシルベーヌさんは来た。
どこに泊まってるんだろうと思っていたが、以前から魔獣用の餌や寝藁などの調達で近所の農場に付き合いがあるらしく、そちらで食客として寝泊まりしているらしい。
「ここのところ気落ちしちゃってて、宿の再建も迷ってたけれど……あなたたちが来てくれたから少しやる気も出たわぁ。近いうちに大工を入れて、形だけでも建て直すことにするわぁ」
「ここを頼るお客さんって少ないんです?」
「あまり一度に何組も入るってことはない程度ねぇ。それでも若い魔獣使いの子たちとの交流は楽しいし、堂々と合成魔獣が冒険者みたいなことをやれる世の中っていうのは、私みたいな世代だと考えられなかったから……悪くない生活だと思ってた感じぃ」
ところどころ言いぐさが年寄りっぽいのはまあ、エルフだからか。アーバインさんもそういうところあるな。
「それと、あなたたちがアレを追うっていうならサポートしようと思うわぁ。冒険者をするのはちょっと年甲斐もないからやめておくけれど、情報集めくらいならできるからぁ」
「冒険に歳は関係ないと思うぞい」
「オメーみてーなのは例外が過ぎるだろマード」
マード翁がやっているなら、確かに見た目全く老いていないシルベーヌさんも無茶なことはない……というか、アーバインさんも二十代前半みたいな風貌だけど百歳やそこらでは利かないくらいの歳であることは匂わせてきているが。
まあ、それでも単一の相手を追うために、即席で冒険者になるのはあまりいい選択ではない。
しかし。
「情報集めと言ったって、連絡用の合成魔獣を使うにも、作って育てないといけないんじゃ……」
「別に合成魔獣でないといけない法もないわよぉ。友達と連絡する程度なら、その辺のカラスやフクロウでも強制契約して飛ばせばいい事だしぃ」
「あ、そうか……」
そういえば「使い魔」というのは何も合成魔獣に限る技術ではない。
アーバインさんの話ではそこらの小さな精霊などと契約することもあるというし、手紙を持たせて飛ばす程度なら野生の鳥類などでもいいわけか。
「……でもなんでカラス?」
カラスはあまり好かれる鳥ではない。黒いこともあって、あまりにも「魔女」というイメージに忠実だ。
別のもっとイメージのいい鳥じゃ駄目なのかなあ、と思う。
が、シルベーヌさんはクスクスと笑い。
「あんまり小さい鳥だと、猛禽に食べられちゃうことが多いのよねぇ。さすがに小鳥をタカやワシに負けないようにするのは手間がかかるし」
あー。そうか。
カラスも別に食われないわけではないだろうけど、比較的大型の鳥だし危険は低いだろう。その予防として合成魔獣技術で強化するにも、上げ幅は少なくて済むだろうし。
完全に実用面の問題だった。
「まあ、合成魔獣を出してもいいのだけどねぇ。でもこの状況じゃエサをあまり食べるのはちょっと苦しいし」
「出すアテもあるの? あ、そっか、里子に出すとか言ってたっけ」
リノの問いに、シルベーヌさんは首を振り。
「何体か、お気に入りの子を石化して寝かせてあるのよぉ。保管場所はちょっと遠いけどぉ」
「せ、石化ぁ?」
「自然に解けることはまずないし、寿命が短い動物ベースの子も長いこと置いておけるからねぇ。……ああ、でも人間は真似しない方がいいわぁ。ちょっと時間が経つとすぐ別人みたいに風貌が変わっちゃうんだから。石化明けの合成魔獣が主人とわからなくて、言うこと聞かない可能性もあるし」
「まず任意で石化させるっていうのが、だいぶすごい技術なんだけど……」
そういう風に合成魔獣を保管することもできるのか。
……保管される方としてはいい気分ではなさそうだけど。
リノがサンデルコーナーで「一人前」になるために新しい魔獣を作るなら、それも選択肢かも……いや、まあ本人にその気があるか怪しいけど。
というわけで、近々宿は作り直すらしいが、それまでは敷地は自由にしていいと言われた。
「ちょっとした雨よけの小屋ぐらいならジェニファーを使って建てることもできるんじゃなぁい? 材木なら、もっと町の方に製材所があるしぃ」
「うーん……長居をする気はないんですけど」
「でも、まだ次の目的地も見あたらないんでしょう? 情報集めに数日はかかるから、野ざらしで夜明かしを続けるのはオススメしないわぁ」
「……確かに」
肉食獣のジェニファーを納められる屋根付きの建物はそうそうない。
ちょうどよく馬小屋でも空いていればいいが、一頭でも先住者がいれば、間違いなくジェニファーを見て同居どころではないだろう。
その都合のいい空きを探し回るより、ジェニファーのために小屋を作ってしまうというのは得策かもしれない。テントよりもマシならそれでいいわけだし。
ジェニファーを野ざらしに残して他のメンバーだけ宿に泊まる……というのも手ではあるけど、リノが納得しないだろうしな。
ジェニファー自身はわりと大型動物だから体温保持力も高いし、雨に濡れたところでさほど気にはしない気もするけど。
何より、地べたでの野営は僕らの体力にも少しずつ悪影響がある。多少の体調不良なら治癒師が二人もいるのだから誤魔化せるけど、長期にわたってまともな寝床で休めないとやっぱり疲れは溜まっていくし。
僕ら自身のためにも屋根は欲しい。どんな形でも屋根さえあれば、寝台は出来合いを買ってきて置いてもいいし。
「じゃあ……作ろうか。小屋」
みんなに向けて宣言する。
みんな「えーっ」と不満そうな顔をすると思っていたが、意外とそうでもなさそうだ。
「マッチョフォームの出番じゃな」
「騎士団にいたら大工仕事はやらない。なかなか面白そうじゃないか」
「草葺きの屋根だったらエレミトにいた頃に何度か手伝ったんですけど」
「金槌とかノコギリも調達しないといけませんね」
「ジェニファーのためだし!」
「ガウ。ガウガウ」
「……リノ。なんかジェニファーが言いたそうにしてるぞ」
「……リーダー通訳して」
「僕にそういうの振る!? いや、まあだいたいわかるけど! リノが力仕事すると絶対やらかすからやめといた方が……って感じだと思うけど!」
「え? そんなこと言ってるの?」
「ガウ」
頷くジェニファー。かしこい。
というか僕に通訳頼むのおかしくない?
それは姉弟同然で育った同士で通じ合ってて欲しい。
かくして、それから数日は“魔獣使いの宿”跡地をキャンプ地として、特訓と素人大工、そして酒場での食事兼情報収集で過ごすことになった。
ちなみにリノは、製材所からの材木運搬などで重量物浮遊魔術を駆使して活躍してくれました。
うん。魔術師には魔術師の仕事がある。
金槌とかノコギリでやらかすのは僕たちの仕事だ。
「痛っ!?」
「またですかアイン様ー。農民してた時にこういうのやらなかったんです?」
「僕の村では大人の仕事だったんだよ……」
……主に僕だった。意外とみんな器用。




