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鋼の防御術

 結局、この宿を期待していたので他を当たるには時間が遅く、ジェニファーの宿泊場所を探して何軒も訪ねれば日が暮れてしまう状態だったので、僕たちはそのまま“魔獣使いの宿”の跡地に場所を借りて野営することにした。

 どちらにしろ、リノはフカフカベッドよりジェニファーのそばを選ぶ。そのリノたちだけを残して他のメンバーだけ宿に泊まるのは、逆に気疲れする。

 一応、跡地は町外れとはいえ野生動物やモンスターの襲撃を警戒しなくていい程度には安全で、破壊されたのは建物だけだったので、生活用の井戸はまだ使える。

 雨さえ降らなければさほど問題は感じられない。

 街のすぐそばで火を焚いて野営するのはちょっと変な感じだったが、まあ僕としては、農奴生活していた頃にはたまにあるシチュエーションでもあった。

 祭りの前や冬ごもりの準備の追い込みなど、野外で夜通しの作業をする機会はあったものだ。

 星々と町の灯を眺めながらの野外料理をしつつ、もうずいぶん昔に思えてほんの数年前のそんなことを思い出す。


 そして、翌朝。

「さーて、今日はアイン借りるぞ、アテナ」

「む? 朝の鍛錬の後ではいけないのかな」

「ああ。しばらくはアタシが教える」

 アテナさんやクロードとの朝練のために起き出した僕を、珍しく早起きしてきたユーカさんが奪い取る。

「いつか教えるって言ったっきりだったからな。そろそろ『メタルマッスル』や『旋風投げ』を教えとかないと、次の大きい戦いまでにモノにできねーだろ」

「ほう。それはむしろ私も教えを請いたい」

「私もです!」

 アテナさんとクロードも習得には乗り気になった。

 体格がすっかり縮んだユーカさんの肉体でも、ワイバーン以上の戦いに挑んで生き抜いてきた原動力の技だ。

 使えるに越したことはないだろう。

「そんなに期待されても困るんだけどな。アタシの技なんて素人のアインだから有効なんであって、騎士にゃ騎士に合ったカリキュラムがあんだろーし」

「いやいや、君の独創性……自由な戦い方には大いに学ぶところがある。我々はよりよい技の出し方を求めて研鑽を積みはするが、新たな技を編み出すことは滅多にない」

 ユーカさんの「必要なら思い付きで技を生み出して戦術を構築する」というスタイルは、大いに騎士たちの興味も引くらしい。

 それはそれで頭硬すぎねーか、とブチブチ言いつつも、ユーカさんは教え始める。

「『メタルマッスル』の概要はまあ、想像はつくと思うが……全身の筋肉に瞬間的に魔力を叩き込んで硬直させるんだ。ただ、重要なことが一つある。ねじり(・・・)だ」

「ねじり……?」

「力の流れを右回りの螺旋で意識するんだ。こう。こういう感じに、足元から頭のてっぺんまで、ギュッと。左フック撃つみたいな感じで、雑巾絞りみたいに身体をねじりながら固める……という感じに魔力を操る。そうするとなんか締まるんだ」

「……えっ? えっ、なんで右回り?」

「知らん。完全に経験則だ。逆螺旋で力込めると、パワーは出るが防御としちゃ不完全になる。なんでそーなるのかはパーフェクトにわからん」

「なんか魔術理論的な裏付けとかもないの……?」

「調べりゃあるかもしれないがアタシは知らん。技の理論も別に他の奴に話したことないしな。だいたいみんなアタシのゴリラ筋肉なら剣とか弾いても仕方ないだろって納得してただろーし」

「……世の中って雑に回ってるなあ……」

 いや、まあ、ゴリラ時代のユーカさんは本当にそういう「ゴリラマッスルなんだからなんでもできる」みたいな謎の信頼感あったけど。

 アテナさんやクロードもさっそく身振りで感覚を探しつつ「なるほど……こうか」「左で盾を固める感じですかね」と話し合っている。

「んで、まあ、アタシは魔力の取り回しがクソ遅くなっちまったからイマイチ発動速度に遅延が出るようになっちまったんだけど、それは身体の方で補うこともできる。『オーバースラッシュ』もそうだが、魔力をただぼんやり操るだけなら魔術師には敵わない。戦士は魔力に鍛えた肉体のキレを上乗せすることでその差を埋め、あるいは凌駕するんだ」

 つまり「ひねり」を実際に体に加えながら発動することで、より強固に、高速で発動させられる、ということか。

「アタシは、ゴリラ時代はコレを一度発動したら、数秒間は完璧にどんな攻撃も弾けた。今は一瞬だから読みを外すとやべーけど……」

「頭とかガジガジされても弾けたの?」

「フルプレの奴の『フルプレキャノン』を無傷で跳ね返したことあるぜ?」

「……そりゃすごい……」

 あれ、水竜(アクアドラゴン)ものけぞる衝撃だったよね。

 あれが無傷なら、そりゃそこらの剣なんて効かなくもなるか。

 ……というか、生身でそんなことが可能なのか。

「というわけで、アイン。今からナイフ投げるから鎧なしで弾け」

「えっ」

「アタシはできる。つまりお前なら間違いなくできる!」

「いや、もうちょっと石とかイージーな奴で始めない!?」

「バカ野郎、それじゃいざって時に信頼できねーだろ! 『あの時石に当たっても痛くなかったなー』じゃなくて『俺はナイフをマッスルで弾けるんだ』って自信が一瞬の判断力に繋がるんだよ! 大丈夫だ、マードならドタマに刺さっても無かったことにできる!」

「まだ寝てるよあの人!? せめて起こしてからにしよう!?」

「いいから構えろ! せーの!」

「うわー!!!」


 ……ナイフはなんとか刺さらずに済んだ。

 やればできるものだ。

 と同時に、ユーカさんがこれを信じて敵に果敢に飛びつくのもちょっとだけ納得する。

 これがいけるなら無傷勝利もできるだろうし、マード翁の出番なくなるのでは……いや、攻撃しないと勝てないか。

 体を固めてる間はもちろん能動的に動くことはできない。それに今のユーカさんの場合、有効打を出そうとすると手足に負担をかけずにはいられない。

 あくまで防御に徹する時には頼れる技、というだけで、これひとつで戦いを制することができるわけではない、か。

 ……でも、思いのほかシンプルな原理の技だし、もうちょっと早く教えてほしかったな……。

 まあ僕は身体もできてなかったし、魔力の扱いに関しておかしな適性があると判明したのも結構経ってからだったし、特訓は初期だけだったし……教えてくれるべきタイミングがないか。

「で、次は『旋風投げ』。……ここまでで予想はできてるだろうが、これは『左回り』のパワー型の螺旋を応用する技だ。ただし、それだけで相手をブン投げるのは難しい」

「そうなの?」

「投げ技ってのは奥が深ぇんだ。相手の姿勢、呼吸、体重移動のタイミング……そういったものを外すとひっくり返るものもひっくり返らねえ。それに相手に組んで一番力の出る姿勢ってのは、経験でしかわからねえもんだ。そういうのは実地で投げ合いながら覚えるしかねえ」

「……ええと? つまり?」

「これからやるのは東大陸のある国に伝わる伝統的鍛錬だ。……殴りはなし、蹴りもなし、足裏以外が地面につくか円の外に出たら負け。相手を倒れさせるか押し出したら勝ちだ」

「えっ? 待ってそれ今からやるの? ユーと僕で?」

「アテナやクロードもいるだろ。それにアタシ、これは強えぞ? チビだからってナメるなよ?」

 ニヤリと笑いながらユーカさんは足を広げ、低い低い体勢からタックルを仕掛けてくる。

 いや待って。そのルールで僕はユーをどうしたらいいの。

 と、言うまでもなく、次の瞬間には僕は猛進する彼女に吹き飛ばされてメガネが飛んだ。

 待ってさすがにこれ怖い。

 胸の虚魔導石だけでも守るプロテクター許可してください。

 ……という僕の訴えは後日許可された。

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