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魔獣合成の無法

「どうしてこんなことに……」

「そう言いたいのは私よぉ。……これじゃ再建に何年かかるやら……手塩にかけた子だったのに」

「子……」

「この宿はねぇ……建物ごと使い魔みたいなものだったのよぉ。もう死んじゃってるけどぉ」

 た、建物を……使い魔に?

 って、そんなことできるの?

 と、リノを見ると、納得したような顔をしている。

「そっか……だから他人の魔術行使を制限したり、変な気配出したりできたんだ。他の生体の体内扱いなら、魔術なんてうまく発動しなくて当然だし……」

「え、納得するんだ……」

「問題は建物をどうやって生体に仕立てたのかっていうことなんだけどね……まさかそういう本当に建物みたいな生き物がいるわけでもないだろうし……」

「それは秘密よぉ。真似しようとしてもできないとは思うけどぉ」

 シルベーヌさんは面白くもなさそうに髪を払い、その辺の破壊を免れた露台に腰掛ける。

「あなたたちがあの千里眼の子に従ってこの町を離れてすぐ……あの戦争騒ぎの直前、なのかしらねぇ。突然現れた合成魔獣(キメラ)に破壊しつくされたのよぉ」

「……戦争騒ぎの、前? それに、合成魔獣(キメラ)?」

「あれは合成魔獣(キメラ)で間違いないと思うわぁ。それもイスヘレス派のよ」

 え……いや、待って。

 ちょっと、待って。

 思わずジェニファーを見て、リノを見て。

 聞いた単語を吟味して。

 メガネを押して。

 ……安易に繋げて考えるのはよくない、と思いつつ、整理する。

 合成魔獣(キメラ)は、一見してモンスターと見分けがつかない。

 その出生・生育過程、そして人類への敵意の有無でもって「モンスター」の区分を免れてはいるが、生物的にはモンスターとほぼ変わらないと言ってもいい。

 それは、前回ここで会ったあのゴルゴールを見ても明らかだ。彼はモンスター同士の合成であり、むしろ人類に友好的であることが奇妙ですらあった。

 ……そして、僕たちが追っている……探している「邪神もどき」も、モンスターと思える特徴を持つ。

 それが、合成魔獣(キメラ)だからである、とすれば。

 ばっちりと繋がる……どころか、突然デルトールに現れた理由さえも推測できてしまう。

 ここ(・・)が本命で、戦争への乱入は、ついでだった……?

「ユー。……どう思う?」

「言われてみれば、ってとこだな。……サンデルコーナーの合成魔獣(キメラ)は作った時点の完成度に評価の重きを置くが、イスヘレスは後付け増築を厭わない。だから家畜めいた安定度の合成魔獣(キメラ)はもっぱらサンデルコーナーの作品で、イスヘレスはおぞましいモノを生み出しやすい……ってのが世間での評判だ」

「散々ねえ。ほとんどのイスヘレス派の合成師はそこまで見境なくはないわよぉ。コントロールできない魔獣なんて作っても損しかないもの。追加合成という選択肢はあるうえで、シンプルに強く美しい生命を生み出すのが信条よぉ。……ほとんどは、ね」

 溜め息をつくシルベーヌさん。

「……中には見境ないのもいて……探求の大義のもと、手に負えないモノを作り上げてしまう魔術師も少しだけいる。魔獣合成に限らず、魔術師なんて多かれ少なかれ、知識の秘奥、極北を目指すのが性分だものねぇ」

「いや、仕方ないわねぇみたいに流そうとしてるけど大問題だろ。それで身内(おまえ)の家ブッ壊してんじゃん。それとも恨まれる覚えでもあったのか?」

「別に流そうとはしてないわよぉ。……やらかした子もだいたい目星はついてるけど……まあ、もうこの世にはいないでしょうねぇ。合成魔獣(キメラ)が暴走を始めるとなったら大抵創造主から餌食になるものだし」

 だから途方に暮れてるのだけど、とシルベーヌさんは再び溜め息。

 ……意を決して、確かめる。

「そいつは……僕たちの予想では、“天眼”……千里眼持ちの人型モンスターじゃないかと思っているんですが。もしも戦争で暴れた奴と同じ個体なら、という前提ですが」

「……なるほど、だからウチ、ね……ちょっと納得したわぁ」

「違う……? いや、シルベーヌさんの見立ては別のモンスターなんですか?」

「高位アンデッドベースに、ある種のドラゴンの要素を混ぜてるのまでは間違いないと思うのよねえ。“魔獣使いの宿(わたしのこ)”が本腰で魔力制圧仕掛けて押し負けるなんて、ドラゴン種の要素抜きではちょっと考えにくいから……まあ混ぜた時点で魔獣制御術を受け付けなくなるのが確定するから、普通はまずやらないのだけれど。……それでも、徒歩では遠いはずのウチをいきなり襲ってくるのは道理が合わないと思っていたのよぉ。そう、“天眼”ねぇ……」

「…………」

 高位アンデッド。ドラゴン。

 ゴリラ+ライオンに匹敵する「子供の考えた最強」感がすごいある。

 さらに。

「……となると……ドラゴン要素はアレ、かしらね」

「アレかもな」

 リノとユーカさんが頷き合っている。

「いや、そっちだけで納得しないで。何、アレって」

合成魔獣(キメラ)といったって、その場に存在していない生き物を適当に想像でこねて合体させるってわけにはいかないの。何かしらの新鮮な生体部位が必要になるわ。……ジェニファーの時はゴリラとライオンの赤ちゃんを本家が用意してくれたけど、最近、ドラゴンが入った合成魔獣(キメラ)を誰かが作った、ってなると……」

「……まさか」

 ……僕たちが王都で倒した、水竜(アクアドラゴン)……?

「アレの新鮮な内臓でもパチって作ったんだろうな」

「え、倒したよね? 死んでてもいいの!?」

「腐った肉や乾いた骨ってんじゃどうにもならねーけど、ドラゴンの生命力はデタラメだからな。臓器単位でも何日かは完全には死なねーんだ」

「……で、それを使って合成魔獣(キメラ)にした変な魔術師が、王都近くに……いた」

 そこで、僕の中でも話がカチッと繋がる。

「……それって、ゴルゴールの……!」

 ゴルゴールは自分の存在を「ルール違反」だと言っていた。

 そして、彼を作った主人が、それを無視するような気質の持ち主である、とも。

 ……彼の帰る先が、王都近くだ、とも。

「……ゴルゴール、生きてるのかな」

「難しいわねぇ」

 疲れ果てた声音で、シルベーヌさんはそう言い。

「……彼の主人は、いい友達だったのだけれど」

「…………」

 住居を失い、友を失い。

 彼女が意気消沈するのも無理はなかった。

 そして。

「……ジェニファー、今日どうしよう」

 リノも途方に暮れていた。

 この街に、ジェニファーを受け入れてくれる宿なんか他にあるんだろうか。

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