捜索
アーバインさんたちのことは心配だが、闇雲に焦っても仕方がない。
まずは情報収集だ。
手始めに、クリス君のパーティメンバーがいないか探してみる。
クリス君がうまく抑えられ、そのままデルトールに残留している……という可能性もゼロではなかったので期待したのだが、案の定。
「クリス君なら……あの戦いのあと、メルの仇を討つって飛び出しちゃって、それっきり」
残されたうちの一人、イライザさんがそう教えてくれる。
「メルもクリス君もいないんじゃ、私らは『お抱え』として充分な実力もない。お役御免ってわけよ」
……彼女もまた、酒の匂いがした。
冒険者から冒険を取り上げれば、それは金と物騒な凶器だけを持つ無計画な無職でしかない。
立場もコネも知識もない人間が、金だけ持っていてもできることは限られる。
元々帰る場所や手に職を持つ冒険者ならいいが、それがないなら酒でも飲み暮らすしかないのだ。手持ちがなくなるまで。
「……クリス君が向かった方角だけでも、わかりませんか」
「さあ、ねえ……そこそこ日数も経ってるし。アレが消えた場所なら街の南東だけど、そこにいつまでもはいないでしょ」
「……そうですか」
「ねえ、あなたが私たちのリーダーにならない?」
「えっ」
いきなりの提案に驚き、周りにいる仲間たちを見てしまう。
いや、無理。既にマードさん入れて7人……ジェニファーも含めると8人もいる。
さらに数人もパーティに入れたら、身動きができないし守り切れない。
と、真面目に考えてしまった僕に、少し呆れた顔でユーカさんが割り込んでくれた。
「ウチのアインに色目使うな。そういうのはファーニィだけで間に合ってる」
「何よ、本気よ……? 私らだけじゃ非力だし、女ばかりでナメられてロクに仕事もできないし……クリス君が知名度で補ってくれてたけど、もういないし……それに、クリス君みたいな小さい子はさすがにあれだったけど、若い男なら私らといたら嬉しいことも結構あると思うし?」
「そこまでオンナを武器にする気があるなら、いくらでも代わりはいるだろうよ。……そのうちとびきり顔がいいクズを連れて来てやるからアインからは手ぇ引け」
「クズはちょっと……」
「アインは鬼畜だぞ」
真顔で何言うかな。それは事実じゃないんじゃないかな。
まあクズというのはアーバインさんのことだろうけど、それもちょっと言い過ぎだと思う。女好きだし多少適当で無責任だけどクズというほどではないんじゃないかな。
「そうそう。だいたい、私より顔かカラダがイケてるヒトじゃないとアイン様はなびきませんよ!」
ファーニィも真剣な顔でアホなことを言う。
君も顔はともかく体はそんなめちゃくちゃ凄いというわけでもないから、それだと変に泥仕合になるぞ。
「なんならワシなんかどうかのう? 嬉しいことってめっちゃ興味あるんじゃが」
「お爺さんもちょっと……」
「えー。ジジイ差別反対!」
マード翁も一蹴されていた。
……彼の実力を先に知ってたらむしろ大歓迎されていたかもしれない。
手掛かりを求めていくつかの酒場を回ったが、大して収穫はなかった。
元々冒険者が集まる酒場は決まっている。それ以外の酒場に行っても、あまり冒険者が現地民と交流するわけでもない。
ゼメカイトでユーカさんたちが出入りしていたような上級酒場は、もちろん僕らが入れるわけもなし。
「クリス君以外にも仇討ち目的で飛び出していった冒険者や騎士兵士はちょろちょろいる……けど、何も見つけられずにすごすご戻るか、帰ってこないか」
「ま、何千の軍勢でロクに手傷も与えられない相手に個人が飛び掛かっても、な」
そりゃそうだね、という情報でしかない。
とにかく「街の南東で姿を消した」というのが確定情報のようだが、もう何週間も経っているのでそこを探しても何もないだろう。
「……あとはアーバインとクリスの目撃情報を追うしかない、か。デルトール周辺部をシラミ潰しに」
「なんか“邪神殺し”パーティの時の集合の合図とかないの?」
「なんだそりゃ」
「例えばのろしとか、色付けた爆発魔術を空に撃ったりして集合を促すやつ」
たまにそういうのを決めているパーティを見る。
もっとも、あまり有効活用できているところまでは見たことはない。
そもそもパーティがバラバラになる時点で想定外が過ぎるのだ。普通は。
後衛と前衛が噛み合った連携をしてこそ組む意味があるのであって、あまり広範囲に散って、もし後衛だけが狙われることになったらどうしようもない。
あるいは単独行動が得意な奴だけが集まったパーティなら意味あるかもしれないけど、それはパーティなんだろうか。
「それ面白ぇな。このパーティで決めるか」
「いや、それは後にしようよ。アーバインさんたち探すのが先決だよ。……その様子だとなさそうだね」
「まあ、はぐれるのなんてフルプレぐらいだったし、フルプレはほっとけばそのうち腹が減ったころに戻ってくるし」
家畜か何かですか。
「あと手掛かりになりそうなの……あ、そうだ」
リノがピンと指を立てる。
「あの人! あの人なら何か知ってるんじゃない?」
「あの人って」
「おっぱいの人!」
往来で大声で言うにはあんまりな言葉だったが、シルベーヌさんのことだ。
つまり「魔獣使いの宿」に行ってみよう、ということ。
確かにあの人なら、今回の騒ぎについて何か情報を掴んでいてもおかしくない。
……とっくに避難している可能性もあるな、と思いながら、それでも他に有力な情報源になりそうな相手にも思い当たらない。
街の外に待たせていたジェニファーを迎えに行ってから、改めて「魔獣使いの宿」に向かう。
着いてみると、廃墟だった。
「う、うわ……」
「完全に……」
クロードもファーニィも口元を覆う。
しばらく泊まっていた宿だけに、痛々しく崩れ落ちた家屋の姿はショッキングだ。
が。
「こ、こういう偽装してる可能性もあるんだ。シルベーヌさんがそう言ってたから」
彼女が留守の時は、あえて踏み込まれて荒らされないように、そうすると確か言っていた。
だから、いくら真に迫った廃墟ぶりでも、彼女がチョチョイと何かすれば元通りに……。
「偽装じゃないのよねぇ……」
僕たちの後ろに。
いつもの色っぽい恰好でありながら、そこに妖艶な余裕は感じられず。
ただ、疲れ果て、薄暗い雰囲気を纏ったシルベーヌさんが、いつの間にか佇んでいた。




