第二の邪神殺し
瞳に宿る薄紫の光。
それは……。
「ユー」
「……チッ、キャラ被りかよ」
「そういう問題?」
ユーカさんは心底嫌そうにどうでもいい部分を気にするが。
ユーカさんの特殊能力“邪神殺し”。
スロースタートで発現する、攻撃力の無限増加状態。
「……なんだ、お前たち……あれに、心当たりがあるのか」
マキシムが少し意外そうな顔をしてこちらに視線を送る。
……そうか、マキシムは知らないか。
実際にユーカさんが「手こずる」ほどの激闘を目の当たりにしなければ、その発現を見ることはできない。
ユーカさんの異名は轟いているが、その本当の秘密は、パーティメンバーにならなければ知りようもない、か。
「もしもユーカと同じなら、手の付けようもなくて当然じゃな。……あれは人に向けられるには過剰なチカラじゃ」
マード翁も唸る。
わけがわかっていないリノやクロード、アテナさんは「何の話?」とばかりに首をひねるだけだ。
……そういえば水竜戦、この中で見届けたのって僕とファーニィ、それとユーカさん本人だけなんだよな。クロードも一応水霊騎士団の見習いとして参戦はしてたみたいだけど、口ぶりからするにかなり遠目に見てただけっぽかったし。
「……いやいやいや、それじゃ本気で私らにはどうしようもなくないです? つまりあの攻撃力があって、しかもロゼッタさん同様の超性能アイがあるってことですよね? 弱点がないというか」
「いや別に。むしろ読みやすくなっただろ」
「ええー……そうなんです?」
ファーニィとユーカさんが要領を得ないやり取りをしていて、マキシムがもどかしい顔をする。
「どういうことだ。今の話からどういう……」
「と、とりあえずもう少し整理させてくれ。僕たちが触れてきたのもあまり確かな情報源じゃない。誤解かもしれない話を言い広めたくはないんだ」
一応、マキシムはそう言って押しとどめる。
ああ、誤解であってほしい。
大陸最強、つまり人類最強の根拠たる特殊能力に、さらにロゼッタさんの特殊能力……本来なら戦闘への応用性がひどく高いあの「眼」の力を掛け合わせた化け物が、誕生しているなんて。
大陸のどこにでも理不尽に移動できる、無限の攻撃力の怪物。
逃れようもない恐怖が誕生しているということでしかなく、もし話が広まればパニックしか生み出さない。
「俺をそんなに愚か者扱いするな。言うなというなら節度は弁える」
「それでも」
「あれと戦うつもりがあってここに来たんだろう。ならば直接剣を交えた俺が一番……」
勢い込むマキシムを、しかしユーカさんは一喝する。
「ウゼェ! テメェに都合のいい話じゃねーって言ってんだよ!」
「ユーカ……さん」
「歯ぁ立たねぇってさっき言ってただろーが! 仲間も減ってパーティガタガタなんだろーが! 五体満足になったんだ、これ以上首突っ込むよりも、残った仲間をまとめて今後の立て直しを考える方がずっと大事だろーよ! 今やることはそっちだバカ!」
「っ……しかし!」
「アタシらはクリスやアーバインを追うんだ、そのための情報として調べてるにすぎねーんだよ。今はどう転んでもお前の出番なんかねーし、戦うのは最後の手だ。終わり!」
「くっ……」
……マキシムからすると悔しい話だろうけど。
今、僕たちの掴んでいる情報と、これからの僕たちの行動に、彼が絡んでも大した益はない。
対戦経験があるといっても、まさに「相手にもされず、かろうじて死に損なっただけ」という彼が、恨みのままにもう一度奴に絡めば、高い確率で今度こそ死ぬ。
彼だけが知りえる情報も、これ以上は望めないだろう。
そして僕たちの持つ情報を彼が掌握すれば、いたずらに恐怖を煽るだけだ。
「……冒険者は一歩間違や死ぬもんだ。アタシもお前も、アインも、フルプレも、みんな。……だが、そうならずに済んだなら、みんな未来が残ってんだ。お前の仲間たちにも。……その事実からは、目を逸らすな。死ななかった仲間の未来まで、死んだ奴のために投げ捨てるな。それがリーダーの責任だろ」
「……はい」
……ああ。
ユーカさんは、稀有なリーダーだ……と、前にアーバインさんやマードさんが言っていたけど。
これを自然に言えるなら、彼女を欠いたパーティで続けたくなかったというのも頷ける。
ユーカさん自身も、決していぶし銀のロートルってわけではない。一般的に言って若者なのだ。
それなのにこの結論を持てて、こんな状況の後輩を諭してやれるというのは、並大抵じゃない。
押しも押されぬ実績があり、人づてのものじゃなく実感に基づいた持論があり。
何より、仲間を大事にして生きてきたという強い矜持が、言葉に宿っている。
小さな少女の姿になった今でさえ、それは変わらない。
「……行くぜアイン。見舞いは充分だろ」
「……うん。またね、マキシム」
彼が冒険者として再起し、どこかでまた会う日が来るのか。今はわからないけど。
僕はそう言って、彼に背を向ける。
さて。
「……まず、モンスターに“邪神殺し”の力が宿るなんてこと……あるんですかね」
そもそも“邪神”と呼ばれる側じゃないか。ドラゴンに竜殺しの力が宿るみたいなもので無茶苦茶だ。
と、思ったが。
「別におかしくはねーだろ」
ユーカさんは頭の後ろで手を組みつつ、なんでもないように言った。
「そもそもなんでアタシがテンション上がると目が変に光って見えるのか、なんにもわかってねーんだ。だから人間にしか宿らないものとは誰も断定してねーし、そもそも目が光るから何だよっていう話だし」
「えー……」
彼女の中では、まず「薄紫に目が光る」というの自体が自分では自覚できていない。
ただただ変なテンションになり、「コツ」が見えてきて攻撃力が跳ね上がる、というのは彼女の認識。
なので、「同種の力」というもの自体に少し懐疑的なようだ。
なので他者が同じような特徴を持っていても、だから何だ、で終わり。
そもそもサンプル数が1なので、次の例がたとえモンスターだとしても確かにおかしくはないのだけど。
「まずそいつが人間じゃねーって話もちょっと怪しくなってきたけどな。その話の根拠がロゼッタの印象でしかねえ」
「人間だったら本当に怖いよ……何が楽しくて戦争に乱入して両方殺しまわるんだ」
「クソ強い自信があるなら、別に変でもねーと思うぜ? 自分の強さを試したい、あるいは自慢したい……バカなもんだろ、強さを追求する人間なんて」
「…………」
そう言われればそういうもんという気もするけど。
「何より、挑発とは言え喋ってたっていうじゃん。確かに親玉クラスならそれぐらいできてもおかしくねえ知能の持ち主はいるが、人間と考えた方がわかる話でもある」
「……だとしても、どこからそんな実力者が生えてきたかっていう話でもあるね」
「『天眼』を手に入れてるって前提なら、出身なんてどこでもいいだろうよ。世界中何でもありだ」
「……なんというか、色々な前提がボロボロ崩れてくね……」
「まあ正体の推測なんてどうでもいいんだよ。問題はそいつを追ってるクリスとアーバインだ」
それとロゼッタな、とユーカさんは付け加えて。
「あいつらの視点だと、アタシらは頼りにならねー。フルプレもそういう小器用な強敵相手じゃ使い物にはならねーな。リリーもマードも保険として欲しい程度だろう。つまり……戦うつもりなら、二人でいけると判断してもおかしくねえ」
「……もう戦ってる可能性がある……ってこと?」
「ロゼッタが間に合わなければ、な。それで勝ってりゃ万々歳だが、まあそれならロゼッタが報告に来るだろう。……いつでも出てこれるのが自慢のロゼッタが、最近会いに来ねえのが気がかりだ」
「……まさか」
「なんか、あったかもな」
頭の後ろで手を組んだ、細い肘の陰で。
ユーカさんは、覚悟した目をしていた。




