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マキシムの見たもの

 マキシムの惨状は酷い物だった。

 目立つのは右足。脛からざっくりと切り落とされている。

 だがよく見ればそれだけではない。右手の指も人差し指から小指までがまとめて第二関節のあたりで切断されているし、左目も濁っていて、見えているようではない。

「随分やられたようだね……」

 兄にはいつも生意気なクロードも、さすがに少し気づかわしげに言う。

 マキシムはなんともいえない沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

「ボルトとアシュリーが殺られた。あれが戦争ならば、諦めもつく。だが……ただ一人の狂人だぞ。国を……大地と民を賭けた戦いをするために集まった我々を、ただ一人の狂人が踏みにじった。黙っていられなかった……!!」

「……生きていただけで大したものだよ」

「本当に、生きていただけだがな。歯牙にもかけられなかった……。失った指も、足も、首も臓物も、あの時はそこらに散乱していた。誰のものかなんてわかりようもないなら、くっつけようもない。手が施せずにこのザマだ。他の仲間たちは俺ほど愚かではなかったが、二人も欠けて、リーダーの俺がこの体たらくでは何もできん。冒険者廃業も検討しているだろう」

 マキシムは言い終わると、指のある左手で酒瓶を開けた。

 痛み止めだろう。四肢を失うほどの怪我は普通の治癒師には傷を消しきることはできない。痛みを誤魔化すには酒でも飲むしかない。

 が。

「若い身空で酒浸りはよくねえぞい」

 ぬっと現れたマード翁(マッチョフォーム解けかけ)が、酒を取り上げる。

「……なんだ、何をする」

「ワシが誰かもぼんやりしちまっとるか。まあゼメカイトでは若い衆とはあんまり絡まんかったしの」

「……?」

「まずは、と。動くなよ」

 マード翁、マキシムの頭をぐいっと掴んで目から治療開始。

 あっという間にそれを終え、手を離す。

「ザックリやられたが顔の皮膚だけは繕ってもらった、っちゅうところか。しかし現物残った目玉ぐらいは普通に修復できて欲しいもんじゃ」

「な……っ、目が……!?」

「さて、足はこのままワシが普通に生やすとして……ファーニィちゃん、実習じゃ。指を再生してみれ」

「えー、欠損再生って……いくらなんでもそんなのやったことないですよ」

「経験じゃ経験。もう五倍速治癒くらいはできるじゃろ」

「えーと……もうちょいいけますね。七倍近くは」

「おーおー。マジで才能あるのう。結構吹っ掛けたつもりだったんじゃが……それなら多分一時間くらいあれば指一本くらいは完成するぞい」

「えー、本当ですかー?」

 ハードな雰囲気を全くもってシカトした老人とエルフの凸凹師弟が、マキシムを二人がかりで治療……いや、練習台? にし始める。

「お、おい、どういうことだアイン!」

「……もう少し酒が抜けたら普通に気づくと思うよ」

 マード翁はそんなに無個性な顔でもないし、そもそもこんなことできる人間なんて大陸中探しても何人いるか。

 冷静ならマキシムが気づかないわけなどないのだ。

「ファーニィ君は凄いのだな。私は今まで負傷もほとんどしなかったので気づかなかったが」

「まあアテナさん入ってからほとんどマードさんも一緒でしたしね……いや、僕もそんなに治癒術上達してると思ってなかったんですが」

 確かしばらく前に三倍速ぐらいまでならやれると聞いた気がするけど、研鑽をそれからも怠らなかったらしい。

 ……本当に、そこまで勤勉なのに何で色仕掛けじみたアピールに全振りするのやら。

「……なっ、風霊のアテナ・ストライグ!? 何故ここに……!?」

「あ、こっちには気づくんだマキシム……」

 ……まあ目立つよね。特徴的な鎧だし。


 指一本だけファーニィに再生してもらい、残りはマード翁が五体満足に戻したマキシム。

 まるで悪い夢から覚めたような顔で両手と足を交互に見ている。

「……こんなに簡単に……噂には聞いていたが」

「本来なら男の治療はたんまり料金いただくところじゃが、まあアイン君の頼みじゃしの。この酒だけで勘弁してやるわい」

「い、いや、代金が必要なら払います。人生の窮地を値切るなど、ラングラフ家の名折れだ」

「知らんわいそんな家。ええっちゅうんじゃからええんじゃ。……なんならファーニィちゃんが請求しとけばええ」

「じゃあルト通貨で百万いただきます♥」

「百万でいいのか?」

「……冗談です。アイン様、こいつすごいブルジョワですか? なんか顔色一つ変えませんでしたよ?」

「まあ、ちゃんとしたルートでちゃんとした組織に頼むと、欠損再生ってめちゃくちゃかかるらしいから……」

 それで一生の怪我が治るなら現実的、というのもまあまあわかる値段でもある。今のマキシムくらいの冒険者なら、貴族身分(じっか)に頼らなくとも普通に稼げなくもない額だし。

「元気になったなら良かった。仲間のことは気の毒だけど……」

「……弔い合戦と言いたいところだが……悔しいが、あれには俺たちでは全く歯が立たん。あるいは、ユーカさんや叔父貴ほどの者なら勝負になるかもしれないが……」

「僕らも情報収集した結果、そういう結論になったところ。……どうもそいつは人間ではないかもしれない、という話もあるから」

「……そうか。確かに……」

 マキシムは記憶を反芻するように宙を見つめ、口元に指の生えそろった手を当てて目を細める。

「……確かに人間には思えなかったな」

「どういうところが?」

 僕たちとしても確定情報ではない。

 傍証でもいいから欲しい、と思い、突っ込んでみる。

 マキシムはしばらく間を置き。


「……戦いながら、奴は……目が、おかしかった。恐ろしく正確に戦いながら、こちらを……いや、どの相手も見ていないような」


「…………」

 ロゼッタさんの眼……「天眼」持ちのモンスターなら、有り得る話だ。

 あの眼はフードなどで隠していても普通に周囲が見えるらしい。それなら、鎧武者の双眼が相手を見ていなくとも、十全に戦うことは造作もないだろう。

 なるほど、僕らの説が強化された……と、頷き合ったところで。

「それに」

 マキシムは、言葉を継いだ。


「……不気味に、光っていた。……不吉な薄紫色に」

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