激戦後のデルトールへ
就寝前には使わなかった魔力を胸の虚魔導石に貯めてから入眠。
……なのだけど、この前の反省から僕自身は「最低オーバースラッシュ一回分」の余裕をもって魔力を残すことが義務付けられ、あとは他のメンバーに魔力を込めてもらうということになっている。
……まあ、残り魔力が他のメンバーに測れるわけでもないんだけど、感覚的に、ということで。
そして他のメンバーも、緊急時に不足してしまうと困るので、特に野営旅の最中はほぼリノだけが専属ということになる。
リノは戦闘時に魔力の使い道がないからまあまあ安全、という判定。
「こういうのって魔力適当に継ぎ足してもいいの……?」
「魔導石に吸わせる時点で魔導石側に合わせた波長にされるからあんまり心配ない……はず。そもそも吸わせても通常の手段ではどうにもならないのが虚魔導石が『失敗作』たる理由だから……もし違う波長で何か謎反応とか起きて爆発とかするようなら、そういう武器としてみんな使ってるわ」
「……そ、そう」
一応左胸だし、爆発とか言われるとちょっとヒヤッとする。
まあ、そんな危ないならもっと強めに止められてるとは思うけど。
今のところ、物理的に強い衝撃でめり込んだらやばい、くらいの危険でしかないようだ。
「それじゃ、魔力込めるから胸開けて」
「……う、うん」
「変に恥ずかしがられるとこっちが困るから! 男ならガバッと開けて!」
「ご、ごめん」
恥ずかしいというより、パーティ最年少の女の子に向かってガバッと脱ぐ絵面がとてもよくないな、という躊躇だったのだけど、まあ確かにモジモジしてると気持ち悪いか。
というわけで努めて事務的に服を脱いで胸を見せる。
「……リーダーって自称ヒョロガリだけど結構……」
「いや、恥ずかしがらず脱げって言っといてそういう寸評すんのってどうなの?」
「え、あ、そんなつもりじゃなくて」
リノもリノでお年頃な反応をする。
でもまあ、野営中なので、他のメンバーもすぐ近くにいるわけで。
「はっはっはっ。まあ、いい体をしていると思ったら素直に褒めてもいいと思うぞ。どういう意味にしろ悪い気はせんだろう」
「いや、アテナさんはもう少しそういう機微に気を使ってもいいと思いますが……」
「クロード君も褒めて欲しいのか? なら脱ぎたまえ。風霊では夜の暇潰しに上半身裸でポージング大会は定番だぞ」
「いや、そういう文化は水霊にはないので……というか風霊だって女子もそこそこいるでしょうに」
「女がいるからといって脱ぎ渋る奴にいいポージングができるものか! むしろ腹筋で魅せていくのが男の本懐だろう!」
「……そういう文化圏かー……」
「むしろ水霊はそういう筋肉信仰とは全く縁がないのか? 思い返せば火霊や地霊には筋肉自慢の文化があると聞くが、水霊だけは聞かんな」
「うちは紳士ですから……」
……そういう話聞いてると色々馬鹿らしくなるね。うん。
リノが溜め息をつきつつ、僕の胸の虚魔導石に触れて魔力を込め始める。
やっぱり結構ゆっくりだな……いや、僕の魔力の扱いががやたら急激すぎるだけなのか。
とはいえ、虚魔導石に感覚を繋ぐと、彼女が込める魔力の量が尋常でないことはすぐに実感できる。
多少時間はかかっているが、僕が昨日一日分込めた量をすぐに超え、二日分、三日分……。
「え、もう僕の普段の量の三倍……四倍超えてるけど大丈夫? 朝までに回復する?」
「まだ予定の半分もいってないから動かないで」
「うわー……魔術師ってこんなに違うのかー……」
拠出するにしても無理しない量を、というのは暗黙の了解。
彼女にしてみればそれで普通なのだろう。改めて、生まれながらの差はすごいな、と微かに嫉妬する。
「……ふう。これがどれだけ無駄にならずに使えるか、それに何日貯まったままにできるか……その辺は未知数だけど」
リノがようやく手を離す。
それに対し、ユーカさんは焚き火に薪を放り込みつつ。
「まあ、何年も貯めとくってんならわからねーけど、少なくとも一週間や二週間で漏れて消えるってこたーねえと思うぜ。普通の魔導具でも連続稼働型は一年二年とか保つやつあるだろ」
「そっか……」
「連続稼働型の魔導具?」
僕が興味を示すと、ユーカさんは火掻き用の長い枝を教鞭みたいに振る。
「あんまり冒険者は使わねーけど、いい照明具なんかは一度魔力込めると年単位で光り続けるやつもあるんだ。魔術師の研究室なんて不夜城だからな。普通にローソクやランプで照らしてたらそこらが煤で真っ黒になっちまうよ」
「便利そうだな……確かに冒険に持ってくとなると扱いが難しそうだけど」
「それに通気を確保するための『微風のリボン』なんてのもあったな。風力は本当に微々たるもんだけど、リボンの一方の端から逆端に向かってずっと気流が発生し続けるんだ。風通しを確保したいところには定番の代物だし、オシャレ目的で服や髪飾りにつけるって話もあったな。あれも効果時間めちゃくちゃ長かったはず」
「そういうのもあるのか……」
髪や裾に常にそよそよと風が吹く……滑稽かもしれないけど、まあ貴族のオシャレなんて往々にして滑稽なものだ。貴族が人前に出るには変なカツラつけないといけない国もあるし、逆になんかツルッと剃り上げるのが礼儀という国もあるし。
「いろいろな魔導具にいろいろな需要あるんだなあ……バルバスさんが発明に心血注ぐのもなんとなくわかるかも」
「そういう趣味もまあ楽しそうではあるよな。アタシはそんな細かいことに何年も向き合える自信ねーけどよ」
「リリーちゃんとか楽しそうじゃよなー。あれぐらい知識と戦闘力を両立してると、好きな素材を自分で漁って自分で作る、ってのができるからの。まあリリーちゃんは単独でやるタイプの冒険者ではないが」
「リリーはどっちかというと魔術は手段としてとらえてるタイプだけどな。ありゃ博物学ってーか、とにかく未知の知識を探すのが楽しいタイプだろ」
「まあ、マジで半日あれば魔術一個モノにするからのう。あそこまであっさり使いこなせると、魔術自体に思い入れがないっちゅうのも有り得るか……」
「魔術師として見るとあいつホントにインチキだぜ。自分の努力なんだったんだよってバカらしくなっちまうからな。まあアタシは魔術師の努力なんて全然してねーけど」
クリス君も別格の実力者ではあったけど、リリエイラさんはリリエイラさんで異次元の才能だったらしい。
元々魔術のことなんて全く分からなかったから、実際に顔を合わせていた時は全然そのへんの凄さが理解できず、ただものすごい魔術が使える人、という印象しかなかった。
「はっきり言ってあんまり会いたくないわねその人……」
げんなりとした顔でリノが言う。
……まあ、ちょっと気持ちはわかるかもしれない。
なんでもない顔で他人が人生懸けた努力を軽々超えていく人って、あんまり関わりたくないよね。
コンプレックス刺激されるというか。
「ふっ。そんなもん気にすることありませんよ。違う分野で勝負すればいいんです。顔とか体とか!」
「ファーニィのそういうところ本当にすごいと思う」
「あっまた引いた顔の発言だ! そんなに引くことないじゃないですか! ていうか勝負のステージをそっちに持っていってるんですからアイン様は遠慮なく引っかかっていいんですよ!」
「いや、君本当にいろいろできるんだからさあ……」
自慢が顔だけ体だけの守られ女がこれを言うなら呆れるだけだけど、ファーニィはちゃんと実用レベルの技能がいっぱいある中でこれ言うのがすごい。本当に。
でも、生き残り策としては立派だけど、もうちょい技能に誇りを持ってもいいと思う。
険しい山越えを敢行した甲斐あり、天候にも恵まれたおかげで、デルトールには思ったよりもさらに早く到着する。
戦争寸前まで行ったので街が荒れ果てていることも覚悟していたが、表面上はそこまで酷いこともなく、多少活気が少ないことを除けば以前と変わった感じはしない。
「さて……マキシムたちはどうしてるか」
「もういねーんじゃね?」
「まあ、それならそれでもいいけど」
とりあえずマキシムパーティの心配をしてみたが、目的としてはそれだけではない。
いないなら次は情勢を調べて「邪神もどき」の足取りを追い、あるいはクリス君やアーバインさんを追うだけだ。
……街や馴染みの酒場で聞き込みをすると、彼らはまだこの街にいるというのがわかった。
というか、動けなかったというのが正確か。
「……マキシム!」
「兄さん!」
「……お前たちか」
探し当てた宿で。
マキシムは片足を失い、木の棒のような義足をつけた姿でベッドに座り込んでいた。




