急ぐ道
港町マイロンからまた冒険産業都市デルトールに向かう。
今回はルートを変更して少し近道をする。
足の疲労はマード翁による治癒で強引に誤魔化し、少々険しい道を進んで一週間の道を二日短縮する作戦だ。
「前のパーティじゃと、この程度なら誰も音は上げなかったんじゃがの」
「クリス君やリリエイラさんも?」
「あやつら本当に険しいと空飛んだしのう」
「フルプレさんみたいに?」
「ジャンプ力とは別に飛ぶ魔術というのもあるんじゃ。まあ魔術師が単独で先行すると飛行モンスターに会った時にえらい目にあうから、リリーちゃんもクリス坊やと一緒の時以外は使わんかったが」
「便利そうだなあ……僕も覚えたいな」
「詠唱魔術じゃから、他の魔導書一個覚えるのと同じ時間かかるぞい。使いどころのない呪文でも一発で覚えて絶対間違えんリリーちゃんじゃからこそ気軽に使えたんじゃ」
「あー……」
でも空飛ぶのって、もろもろ考えてもすごい便利そうだけど。
もっとよく見かけてもよさそうなもんだよな。魔術師はパーティの急所だから単独撤退とかにも使えるし。
と思ってリノに目を向けると。
「……それ多分、魔力消費キツいと思うわ」
「……そうなんだ」
「飛ぶために使う補助媒体がちょっと想像つかないし。……火でも水でも剣でも、その辺にタネのあるものを強化したり、増幅したりする魔術は効率がいいのよ。そういうのを外れる魔術は『概念』をゼロから構築しないといけないからパワーが要るの。……あえて飛ぶ概念の下地の媒体作るとしたら……羽根つきの服? それもアホっぽいわよねー……」
「ほっほっ。まあ無理して使うもんでもねえじゃろ。リノちゃんにもジェニファーおるしのう」
「ガウ」
ジェニファー、誇らしげに胸を張って返事。かしこい。
まあ、あえて悪路を行くという、本来体力のない魔術師にはキツい行動を選択できたのはジェニファーがいるおかげだ。
……ジェニファーがいなければリノもいないわけだから、どちらにしろ同じかな?
でも体力の落ちているユーカさんもジェニファーに乗せてもらえているわけだから、プラスではあるか。
「しかし魔術って聞くだけだと面白いですよね。勉強する暇と縁はなさそうだけど」
「ワシも使えたらよかったんじゃがなー。治癒術と違って適性低いんじゃよなー。若い頃齧ってみたがロクに身につかんかったわい」
「……治癒術師って普通に魔術も使えるもんなのかと」
「使うパワーがちょっと違うんじゃよ。それに専門の勉強せんでも治癒術はある程度感覚で身につくから、治癒オンリーの治癒師がほとんどじゃ。二刀流できるファーニィちゃんはちょっとすごいぞい」
「すごいんですよ私! まあエルフはむしろ魔術のほうが基礎技能なんで、治癒術師のほうがレアなんですけども!」
僕も治癒術使えないかなーと思うけど、どうも治癒術って、適性があれば何も習わなくても幼少時からなんらかの形で使えるもののようなので、後から身につけるのは難しいんだろうな。
「その上弓も使えて素早くて可愛い! しかも従順で気も利く! すごい下僕手に入れちゃったなーと思いませんか!?」
「自分で言わなければもっとしみじみ思ったんだけどね……あと下僕にした覚えはないよ?」
「私がそう言ってるんだからもうそこはいいじゃないですか! 何が不満ですか!」
初手窃盗&命乞いからの謎居座り→自称下僕スタートだったからね。
その図太さだといくら恭順してても、いざとなったら変わり身早そうだなー、という不信感は常にある。
いや、警戒しすぎではあると思うけど。寝返りを恐れるほど敵対勢力とかいるわけでもないんだし。
「アイン様はもっと積極的に私を自慢していくべきだと思います! 他人に何と紹介してもいいんですよ! 恋人でもペットでも愛人でも! 調子合わせますんで!」
「君はどこでもたくましく生きていけそうだなーって常々思う」
「これですよ! 聞きましたかマード先生! こんな美少女にグイグイ迫られてこれっておかしくないですか!?」
「まあそこそこおかしいとは思うが、ファーニィちゃんももうちょい圧を下げるべきじゃと思うのう。女は男に追わせてナンボじゃろ」
「そうですかね。人間ってそうなんですか? エルフって男少ないんで、待ちの姿勢で思うようにいくことってまずないんですけど」
「……ちょっとだけアーバインがわざわざ異種族で女遊びする理由がわかっちまったぞい」
逃げられると追い、追われると逃げるのが男のサガとはいうけど。
まあ、エルフ内部恋愛がこんな調子だと、そうなるのかもしれない。
と、そこにリノも追い打ち。
「あとリーダーって、ファーニィとかアテナさんみたいな大人の女より、明らかに年下見てる時の方が目に熱あるわよね」
「うむ。そういう趣味なのだろう」
アテナさんも断定気味に頷く。
えー……いや、そんなつもりはないんだけど。
「私まだ少女ですけど! そりゃ胸にはそこそこ自信ありますけどエルフ的には少女ですけど!? アイン様的には年下判定じゃないんです!?」
「マードさんと同年代ってわかってるのに年下判定はちょっと厳しいかなあ……」
「そこはどうでもいいと思うんですよね! むしろアイン様から見ると今後どんどん年下度が強まっていくんだし実年齢とか些細な問題過ぎると思うんですよね!」
「君は何年下僕やる気なのさ……」
前のめり過ぎて怖い。
いくつかの難所(壁みたいな上り下りや10メートル近い飛び移りなど)を越えて、ショートカットは順調に進む。
ちなみに大ジャンプ箇所は普通に越えられたのはアテナさん、マード翁(マッチョフォーム)、それとジェニファーだけだったので、僕やクロードはリノに重量物浮遊をかけてもらってマード翁にぶん投げてもらうという荒業でクリア。ファーニィは普通のジャンプと風魔法併用。
「こういうの全員余裕でクリアできるって、やっぱり“邪神殺し”パーティってすごかったんだなあ……」
「別に今のアタシらでも越えられてんだからいーじゃん。手段なんてどうでもいーんだよ、目的が達せられれば。冒険者はそういう思考で柔軟に生きてナンボだ」
「騎士も見習わねばな。人間同士の戦なら隣の者の作法に従えばよいが、モンスターにはそれでは通用しない」
「いや、全身鎧着てあの距離跳ぶアテナさんもおかしいですよ……」
跳べなかったクロード。
一応、距離を目測で測って手前で練習してみたが、僕ともども全然無理そうだったので、魔術とマッチョ筋肉による他力本願になってしまった。
「この前のバルバスさんのところで売ってた『飛蝗のアンクレット』ってのを買っておけばよかったね」
「ここに来るまでに私に使いこなせていたでしょうか……」
「そういえばクロードが買ってたのは『剛把の腕輪』だっけ。なんであれにしたの?」
「握力が高ければ剣の威力も上がるはずなので、無駄にはならないと思ったんです。……それに、『拳士』の方だと剣と相性が悪いですし」
「悪いかなあ」
「最初から剣を持たないというなら、あれも悪い選択肢ではないんでしょうが……第二の武器としては噛み合わせが悪いですよ。間合いも致死性も剣に勝るところはありませんし、拳と剣を連携した戦いというのは簡単ではありません。『掴んで握り潰す』方がまだしも使用場面が考えやすいです」
「うーん……」
想像の中では「とっさに使える二の手」としてかっこよく使えそうなんだけどなあ、魔力で固めたパンチ。
でも確かに殴りの威力が高いと離れちゃって斬撃に繋ぎづらいし、いくら拳を固めるといってもガードに転用するのも怖いし……それなら、剣が充分に振るえない間合いでも地味にダメージを期待できる掴み攻撃の方が意味はあるのかな。いざとなったら掴んで斬りつけるっていうワイルドなやり方もありそうだし。
「そういやアレ使おうぜアレ。なんかすぐ茶が飲める魔導具あったじゃん。水も作れるだろ、今」
ユーカさんがそう言ったので、ああ、と思い出して腰に吊っているリングを取る。
本当に何の変哲もない鉄の輪にしか見えないが、水以外のものは全く影響がないので無造作に持てるのが嬉しい。
そして、水筒の中身を使わずに水を出すのも今は普通にできるんだよな、と思い出す。
僕が習った無詠唱魔術は、火、風、水、光などの基本的な元素生成を可能にしている。
が、慣れていないので言われないと「可能である」という事実が頭からすっぽ抜けてしまう。
木のお椀一杯くらいの水なら僕の魔力でもさほど負担はない。やってみるか。
「えーと……水を作るのはこういう動かし方……だったかな」
魔力を編み物のようにクルクルと練り動かす。詠唱魔術でも動きの基礎は同じで、規模や目的に合わせて増幅・拡大・偏向などの構造を追加して現象を成立させるらしい。
そういうのを解析し、方法として確立した昔の人ってすごいよなあ……と思っているうちに空中に水の球が生まれ、「熱湯リング」を通ってその下の木のお椀に落ちる。
その瞬間に熱いしぶきが飛び散ってユーカさんも僕も慌てる。
「熱っつ!」
「うわっ……ご、ごめんっ」
「いや、この程度いいけどさ……お前もう少しチョロチョロできねーの……?」
「この程度って……真っ赤になってる! 冷やさないと!」
「どうせマードに頼めばすぐ治るって。それより茶っ葉あったっけ」
「いや、お椀置いて! すぐ治してもらおうよ!」
……僕はユーカさんのこういう無頓着で危なっかしいところとか、リノもリノで世間知らずなところとか、そういうのがいつも気になってしまうのであって。
断じて小さい女の子に特別な愛情があるわけではないよ。うん。
それはそれとしてアテナさんはちょっと残念美人だよなあ、とか、ファーニィはグイグイ来過ぎて引くよなあ、とか、そういう感想も持っているだけで。




