ジェニファー、絡まれる
酒場で話したところ、「ああ、どうせ今日飲むならウチに入れてもいいぜ」と言われたので、ジェニファーは酒場に入って過ごすことになる。
外で寂しい思いをさせるのも忍びなかったのでリノも喜び、今日は全員参加の酒盛りをして酒場の売り上げに貢献することにした。
あ、もちろんリノやクロードには酒は早いので絞り果汁などで。
そこで事件は起きた。
ジェニファーは賢いのでもちろん大人しくしていて、それどころか僕やリノが差し出した肉を器用にむしゃむしゃ食べてちょっとした愛嬌も振りまいていた。
が、中には癖の悪い冒険者もいるもので。
「なんだぁ、ライオンなんかで俺がビビるとでも思ってんのかぁ!? 畜生のくせに偉そうによぉ!」
酒場の中の全く違う位置で呑んでいたくせに、酒が回ってきて急にこっちに絡んできた。しかも理不尽に。
こういう時に頼れるアテナさんは……と見回すと、その時に限っていなかった。トイレに行ったようだ。
しかし放置するとリノが食って掛かってしまう。
他のメンバーは……未成年のクロードや小さいユーカさん、今はノーマルフォームのマード翁に頼るわけにも、いかないか。
仕方ない。
「絡むのはやめてください。今は大人しいけど、怒るとこいつは本物のライオンよりずっと強い。怪我しますよ」
「それが気に食わねぇんだよバーカ」
僕の制止に対して、冒険者はやはり理屈も理性もあったもんじゃない。
手に持っていた陶器のジョッキをぐいっと振りかぶり、ジェニファーに向かって投げつける。
僕は思わずそれに対して、剣を抜いて叩き斬る。
ジェニファーが急に怒ったら本当に危ない。最悪、僕たちの手で彼を処分しなくてはならない。それだけは避けなければいけない。
……ジョッキは狙い過たず、パキャン、と地面に叩き落とされて四散。
ジェニファーに被害はない。
……とっさにやったけど意外と僕も剣術上手くなったな。結構曲芸じゃないか、これ。
と、思うのもつかの間。
騒がしかった酒場がシンと静まる。
「……な、なんだよ、抜くのかテメェ」
「…………」
遅れて気づく。
いくら「冒険者の酒場」でも、剣を抜くのはご法度だ。
冒険者同士の喧嘩も、抜かないのが鉄則。
拳でやる分には囃し立てられるだけの「遊び」だが、刃傷沙汰になれば収拾がつかない。憲兵を呼ばれ、そのまま罪人として処遇されてしまう。
とはいえ。
「遊びで猛獣にちょっかいをかけるのは、剣よりもよほどひどい末路が待っていると思うよ」
僕は剣を納めながら努めて冷静に言う。
「もう一度言う。こいつには手を出さないで欲しい。……酒を楽しむ場だ。血を見る真似はやめてくれ」
「そっ、そんな躾のできてねえ畜生を酒場に連れ込んでんじゃねぇよ! バカかお前!」
「三度は言わないよ」
酔っ払いに理屈は通じない。
とはいえ、もう剣を抜くわけにはいかない。
相手がこれ以上絡んでくるなら殴り合いになる。
そうなると喧嘩に使える技のない僕はとことん不利だけど、こうなった以上他の人に押し付けるのも難しいな。
仕方ない。やりたくはないけど。
「次は拳だ。……合成魔獣に挑む蛮勇なら、メガネ一人を相手に逃げはしないだろ?」
「っ……」
そういう流れにすれば、少なくともジェニファーは矛先から外れる。
今の僕なら、喧嘩も多少は保つだろう。あとはアテナさんが戻ってきたら仲裁してくれる……と、いいなあ。
なんて計算しながら僕が立ち上がると、相手の酔っ払いは気圧されたように下がり、彼の仲間と思われる他の冒険者が見かねて飛び出してくる。
「わ、わかった! 悪い、こいつは酔ってるだけなんだ! 勘弁してやってくれ!」
「……それは僕が決めることじゃない。彼が納得するかどうかの話だよ」
「する! させるから、そんなマジにならないでくれ! 依頼成功で気が大きくなってただけなんだ!」
え、僕がキレてることになってる?
なんで?
……と思っていると、こっちにもクロードとファーニィが割り込む。
「まあまあ……とりあえず座りましょう、アインさん」
「相手怯えてますよ? アイン様が本気出したら泣いちゃいますよ?」
「……いや、僕としてはジェニファーに手を出さないでくれたらそれでいいんだけど」
普通に危険な狼藉を止めてるつもりだったんだけど、あれ?
僕があいつの所業にいきなりブチ切れた感じに見られてる……?
「ガウ」
「いや、君を守ろうとしたんだからそんな『抑えて抑えて』みたいな調子出されても」
「ガウ」
ジェニファーのでかい肉球で肩を押され、椅子に座らされる僕。
なんか流れがおかしいな?
……と思っていると、ユーカさんが頬杖を突きながらニヤニヤ。
「お前、喧嘩の仕方わかってきたじゃーん?」
「えー……」
「そう、まずはイッパツかますんだよ。テメェの思い通りにさせる気はねーぞ、と気合見せてやるんだ。その後のドタバタした殴り合いに行く必要は必ずしもねーぜ。ハナで気合負けした奴はどっちみち逃げ腰だ。あとはわからすだけの作業よ」
「……そういうつもりではなかったんだけど」
「見たか、あのヤローのアホ面。ちょっと余興のつもりでやべーの起こしちまった、って内心クソビビってた顔だぜ。いやー酒が美味ぇ」
「絶対ジェニファーの方がやばいと思うんだけどなあ」
ユーカさんはニヤニヤするだけ。
リノはつまみを食べながら。
「そういう場面で薄気味悪くメガネ押してるから、ジェニファーとかメじゃないくらい酷いことされそうに見えるんでしょ?」
「そんなに……」
そこまで気味悪いのか、メガネ押す動作って。
マード翁も楽しげに。
「ほっほ、アイン君からはそういう時の動揺が見えんから怖いんじゃろな。何か知らんけどもう殺す気になっとるわコイツ、って本能的に思うんじゃよ、相手から見るとな」
「そういうもんなんですか」
「前はどちらかというと捨て鉢な感じが勝ってて、そうでもなかったんじゃが……最近は色々ブッ殺して自信がついたからかのう。雰囲気がもう殺し屋みたいになっとるわ」
「ええー……」
なんか酷いことを言われている気がする。
殺し屋って人間相手の奴だよね。
僕、人をやったのはメルタの時とデルトールでのマキシム救援戦くらいだよ。
で、そのあたりでアテナさんが戻ってきた。
「おー、何してたんだアテナ」
「少々難産だったのだ」
こんな美人なのに隠語とはいえ堂々と言うんだ……。
「それより何かあったようだな。場の雰囲気が変わっているが」
「おー。アインがジェニファーに絡んできたバカに鬼畜っぷりを見せて撃退したんだ」
「何。それは見たかった」
「前から思うんですけど、アテナさんって何で『鬼畜メガネ』のあだ名にそんな嬉しそうな反応するんです」
「む。鬼畜メガネが嫌いな女がいるのか?」
「なんでそんなに主語がデカいんですか。ユーカさんもだけど」
どっちかというと少数派だろう、それ。
と思うのだが。
「下僕美少女エルフとしてはそういうアイン様も好きですよ♥」
「……ちょっと怖いけどまあ、さっきみたいなのもかっこいい、とは思うわ」
ファーニィとリノにはなんか好評のようだ。
それにしてもファーニィ、属性アピールが露骨だ。そうして細かく推していくつもりか。
そしてユーカさんは。
「まあ誉め言葉と受け取っとけ。多分ずっとそう呼ばれんだからさ」
「もうそれ確定なの……?」
絶望的な事実を突きつけてきた。
「まあアーバインとかアタシも別に名乗ったつもりもない変な二つ名で呼ばれちまってたし、そういうもんだ」
「絶対性格悪い奴として警戒されるじゃん僕……」
どうしたものか。




