再び湖を渡る
魔力を完全に使い切るのはまともな魔術師ならほぼ絶対にやらないらしい。
ほんの少し残す場合と、そのほんの少しを使い切る場合では、魔術に大差ある結果は出づらいが、それで長時間の昏睡はもちろん割に合わない。それが二度と目覚めない可能性まであるとなれば、なおさらだ。
鍛錬としての意味もユーカさん曰く「骨をヘシ折って鍛えてると言い張るようなもの」というから、まあ無駄と考えていいだろう。
骨折が治ると前より骨が太くなるとはいうが、骨が曲がってくっついて変な歩き方になってしまったおじさんが昔近所にいたし。折れてる間は動けないのでどう考えてもマイナスだ。
「魔力を増やす方法は今のところ、薬使う以外にないと思っていい。その薬も効果と危険を天秤にかけると、分がいいとは言えない」
「思っていい……ってことは、他に可能性がないわけではないのかな」
「もちろん、安全かつ効率的に増やす方法はいろんな魔術学派で研究してるんだ。どの魔術師だって魔力がないよりある方がいいに決まってんだからな。ただ、日々のトレーニング的なやつでは、何年もかけて百分の一増えるかどうか、みたいなのが関の山で、とてもじゃないが話にならねー」
「そっか……」
「古い伝説では古代文明時代にはちゃんとした方法があったとか、ドラゴンからそのテの方法を聞き出したとかいうのもあるが、まあ眉唾だな。死者蘇生法だの鉛を金にする方法だのと同列に考えられてる」
夢物語ということか。
……と、そういうことを語るユーカさんの横で、リノは半目でユーカさんを見る。
「……同列といえば、人の完全な若返りもそういうのと同列のものと見られてるんだけどね」
「アタシのこれは完全つっていいのかぁ?」
「一時的かつ外見に限った話の若返りはあるけど、恒久的効果のそれは未だにどこも成功してないはずでしょ」
「確実なのは体がちっちゃくなっただけで、中身までリノと同じ年頃になってるとは限らねーぞ。内部的に24のままってパターンじゃねーかと思うんだが」
「それでも効果時間無限ってのは凄い話よ。話を知ったら試したがるオバサンいっぱいいるんじゃないの?」
「まあ……いるかもしれねーな。アタシがこんな具合だから、鍛えてなかったオバサンじゃ外見が若返っても寝たきりになりそうだが」
「かもね……」
まあ外見だけの話だとしても、女の人はそれこそを求めてるんだろうしな。
あの魔導書、そういう意味でもやばい代物かもしれない。そんなに都合よければ、だけど。
そんなわけで丸一日を無駄にしたことを仲間たちに謝罪しつつ、王都まで戻り、そして船に乗ってレンダー湖を渡る。
地理的に言うとクエントから陸路で直接マイロンを目指すこともできたが、やっぱり船の速さにはかなわない。
「今さらですけど人間って、船、好きですよね……」
素直に乗りながらも多少微妙な顔をするファーニィ。
「何、エルフは嫌いなの?」
「嫌いというわけじゃないですけど、よくこんな物を何十艘も何百艘も作るなー、ってちょっと思っただけです。簡単に沈むのに」
「……まあ沈むといえば沈むけど、樹海でも海運は盛んなはずじゃなかった?」
「エルフは基本、海には出ないです。あっちでもだいたい船乗りは人間かドワーフです。そもそもエルフってあんまり縄張りの外に出たがらないっていうのもありますけどねー」
「なんで海に出ないんだろう」
「まあ船作るとなると木を切りまくりますから、それで森を切り開かれるせいで他種族と折り合いが悪いっていうのもありますし」
そういう歴史背景的な問題なのかな。
そんなに珍しいなら、他にもいろいろありそうだけど。
「その割にはファーニィ、乗るのは嫌がらないよね」
「今の私はエルフである以上にアイン様の下僕ですので!」
「君の下僕発言久々に聞いた気がする」
「もっと四六時中言ってもいいんですよ!?」
「やめて」
最近ずっとリノやユーカさん、それに鍛錬でアテナさんやクロードとばかり絡んでいたせいか、ファーニィは時々話すと圧がすごい。
いや、君のこと忘れてるわけじゃないんだよ。マード翁がいるとだいたい行動がセットだから放置しがちだけど。
「そもそも私という異種族美少女を幸運にも囲ってることをアイン様はもっと自慢していくべきだと思います! どうも最近ジェニファーとかアテナさんとかパンチ強めの新メンバーばかり自慢して、私という彩りをすっかり忘れている気がする!」
「いや、ファーニィはすごく頑張ってると思うし、特にコミュ力には感謝してるよ、うん」
「本当に? 実は『あいつ攻撃参加もできるとか言いながら弓はアーバインさんと違ってロクな効果ないし魔術も僕の剣あればいらないし治癒術もマードさんいれば無用だよなー、暇さえあれば酒ばっか呑んでるしそろそろ捨てるかなー』とか思ってません?」
「コンプレックスこじらせてない!?」
「そこで! エルフ! そして下僕美少女! ……というポインツをもっとリマインドしていきたいと思っているわけです! お酒だって暇だから呑んでるだけなんで! 別にアイン様が『夜は僕の部屋でもっと楽しいことしようぜ……♥』とか仰るならホイホイお邪魔する精神的準備はあるんですよ!?」
「え、そこで弓や魔術をアピールしないでそっちを推進しちゃうんだ?」
「正直、ルックスの方が自信あります」
「その実力評価へのこだわりの無さはある意味尊敬するよ」
これが見た目と違う年月生きてるがゆえの精神安定性か。
普通、美少女な年頃の人間族なら、そこそこ培った実力をそこまで割り切れないだろうと思う。
それはそれとして、真っ昼間のお外で堂々とそういう変なアピールしないでほしい。
しばらくぶりのマイロンでは、サーカステントがなくなっていたのが印象的だった。
「サーカスなくなっちゃったんだ……」
「ああ、最近客の入りが悪いって嘆いてたからなあ。元々ああいう見世物はみんな飽きれば寄り付かなくなるものだ。他の土地でやり直すんだろう」
空き地となった元サーカスの場所で、通りすがりの近所の住人に話を聞いたリノはちょっと切なそうな顔をする。
客が減ったのは、目玉のひとつであった芸達者なライオン、つまりジェニファーと自分が抜けたせいだと思ったのだろう。
食うや食わずの薄給だったとはいえ、しばらく世話になっていたわけだし、全く情がないわけでもない。
悪いことをした、と思っているのだろうな。
「まあ、彼らは元々リノたちがいない時からサーカスやってたんだろう? だったら次のところでまたうまくやっていくよ」
「うん……」
リノの頭を撫でてやる。
……って、また妹みたいに扱ってるな。
どうもリノは中身豪傑のユーカさんよりもさらに妹感あって、ついつい頭に手が伸びてしまう。
「今夜、ジェニファーどこに泊まらせたらいいんだろ……」
あ、そっち?
そっちの心配かー……。
「……まあ、冒険者の酒場で相談すればいけると思う」
しばらく前に稼いだ知名度で、ジェニファーへの便宜は計りやすいはずだ。
不本意ながら「鬼畜メガネ」呼ばわりの発祥の地として、存分に利用せてもらおう。




