魔力を貯蓄
しばらくして、バルバスさんから戻されたメガネは見た感じほとんど違いはなかった。
多少視界が明るくなった感じがする程度か。
「これ、何か変わってます?」
「ここは明かりがあるから大して変わらんだろうが、夜になれば目に見えて違うはずだぜ。……それと、メガネ側の自動調整幅と速度を上げておいた」
「……?」
「あー、つまり傷とかついても修復が速くなるし、さらに見えるようになる。必要なら何十メートル先の細かい文字も読めるだろうし、もっと違う視界になるかもしれん」
「そこまで……!?」
「メガネかけててやっと常人と同等、ってんじゃせっかくのドワーフ道具の甲斐がないだろうよ。……ただ、まあ……本人に都合がいいのが一番だ。自動メガネはそこんところに応じるようにできてる。見え過ぎたら逆に気持ちが悪いって場合もあるだろう。お前さんがそんなに見えすぎなくていいってんなら、今のままかもな」
「……ありがとうございます」
「なに、料金分の仕事だ。しかし最近はあんまり収入がなかったもんで助かるぜ。これでまた発明ができらぁ」
ジャラ、と僕から受け取った貴金属類を弄んでバルバスさんは白いヒゲの奥から笑う。
これだけ色々作ってるなら、流行りそうなもんだけどなあ……いや、でも普通の冒険者や庶民の稼ぎじゃ難しい値段の品ばかりか……。
いい品を作るには、素材もいいものが必要になる。魔導具用の高品質素材となればダンジョンや大型モンスターから出るもので、その値は青天井だ。
もっと客も多い、ダンジョンが近い場所に住んだら……いや、それはそれで危険もあるし、非力な人には難しいか。
まあ、彼の生活に関しては僕らが口を出すことでもないな。
「また来いよ。ランダーズの旦那の縁者なら歓迎だ。何年かしたら新しい発明品もあるだろうぜ」
「はい」
ドワーフは長命種だ。当然のように何年も先のことを口にする。
僕ら冒険者はそんなに先まで生きているか、確信なんか持てないけど。
色々なことが片付いたら、またゆっくり見に来よう。
そう思い、素直に頷いておく。
「アイン、『虚魔導石』の話とかしなくてよかったのか?」
「リノの作ってくれたやつが力不足というわけではないし。とりあえず今は、これで運用してみて……それで足りないなら改めて、でいいと思う」
クエントの街を離れ、王都に戻る道を辿りつつ、僕はユーカさんにそう答える。
左胸に埋め込んだ「虚魔導石」。これを貯蔵袋に使って、継戦能力をどこまで伸ばせるだろうか。
あくまで僕の貧弱な魔力をコツコツ貯め込むだけだから、使ったらまた何日もかけて貯め直すことになる。デルトールのダンジョン三昧の日々のように、毎日戦っていたら貯める余裕もなく、恩恵はあまりないだろう。
だから、今は足りなくなる心配よりも、貯め方と使い方だな。
冒険はペースを落として……いや、そもそも僕たちはそんなにひとところでガッツリ暴れ続けるような活動は珍しいから、そんなに気にしなくていいのかな。移動日の方が多いから、それでたっぷり貯蓄できるかもしれない。
貯蔵量が多ければ取り崩しも気軽にできるだろう。とはいえ、大きなバトルは不意に始まることもあるしな。
念のためリノあたりにも毎晩補充を頼もうかな。リノは本職だけあって、魔術師としての基礎能力が高いから、一日の回復量も多いはずだ。
でも、こういうのって他人同士の魔力をまとめて貯蔵して大丈夫なんだろうか。個人個人で魔力は質が違うし、もしかしたら石の中で反発したりするかもしれない。
などと、胸のあたりを鎧の上から触りながらゴチャゴチャ考える。
が、それよりも。
「んで、王都に戻ってどうするんじゃ。フルプレやリリーちゃんの集合待ちかの」
マード翁の言うように、今後の行動指針が必要だ。
……とりあえず。
「フルプレさんは今捕まえても仕方ないと思います。リリエイラさんは……来るかどうかも定かじゃないですし、彼女は彼女で王都で多少暇になっても自分で動ける人でしょうから」
「呼んで放置か」
「その言い方だと酷いですが、まあ」
できるだけ戦力を整えた上で、例の「邪神もどき」を迎撃したいけれど。
今は、そもそも迎撃以前に場所が掴めないし、ぼんやり待つには長い。
「僕たちはデルトールに行ってみましょう。アーバインさんやクリス君が何か掴んでるかもしれない」
「やられておるかもしれんがの」
「他はともかく、アーバインさんがそうそうやられる気はしません」
「あいつツメが甘いから、やられる時ゃやられる気もするがのう」
マード翁はそう言うが、ああも真剣にクリス君を守りに行ったアーバインさんが、むざむざ命を落とすとは思えない。
クリス君はクリス君で超一流だ。そしてユーカさんと共に「邪神」討伐に立ち会った実績もある。
二人いて逃げることすらできない、というのは考えにくい。
それと。
「もし二人が既に移動していても、マードさんの治癒術が必要な冒険者はいると思うので」
「あー……まあ、そうかものう。……ワシもう聖人でもねーから、怪我人に無差別治療ってのも主義じゃねーんじゃがな」
「文句言うなよ。ゼメカイトよりは女冒険者も多かったぞ」
「……朗報と思っとこうかのう」
ユーカさんに言いくるめられ……というほどでもないが、エサをチラつかされてマード翁はしぶしぶ納得する。
今までも多く見たように、普通の治癒師では足りない怪我は多々ある。
ファーニィも速度は上がったが、依然として深すぎる怪我や欠損が大きい怪我には歯が立たないケースもある。
マード翁なら、そういうものにも手が施せる。必要とされるはずだ。
そして、その晩。
泊まった宿屋で、僕はいよいよ胸の虚魔導石に魔力を注入してみる。
一晩寝れば魔力は回復する。
といっても必ずしも全快ではない。睡眠時間や休息の質にも左右されるし、食事抜きで寝てもあまり回復しないという話もあるが、まあとにかく寝て起きればある程度には戻る。
それを踏まえて、ギリギリまで絞り出す……いや、待てよ?
別に全部絞り出してもいいのか?
意識が飛ぶことになるけど、まあ寝るんだし。
むしろ強制的に安眠できると考えたら使い切るのは手じゃないだろうか。
あと、筋肉みたいに魔力も頑張って使えばちょっとは伸びるかもしれない。……いや、鍛錬法なんてあるかどうかさえ知らないけれど。
「……よし」
やってみるか。
と、右手を左胸の石に当てて、身を横たえつつ、魔力全投入。
あっという間に意識が途切れる。
「……はっ」
「おい。起きたぞこのバカ」
「リーダー!」
目を開けたら心配そうなリノと呆れ顔のユーカさんがベッドサイドにいた。
「え、あ、あれ? 寝坊しちゃった?」
「丸一日以上な。……多分分かってねーと思うが、もうお前が寝た次の次の日だぞ」
「えー……」
ま、マジで?
「リーダーって加減下手なの? 強制的に一定量持っていかれるタイプじゃなくて普通に任意で魔力込められるはずだよねコレ? なんで意識失うまで魔力絞り出してんの!?」
「あー……いや、寝るんだしいいかなって……」
「魔力欠乏で気絶するの本当に危ないからね!? たまにそのまま目が覚めなくなる魔術師とかいるからね!? 種火は残さないとまた火がつくかわからないからね!?」
「……そ、そうなんだ」
「お前が本っっ当に魔術知識全然知らないの久々に実感したわー……」
ユーカさんは心底疲れた顔をしていた。
……あとで聞いた話では、見つけてからずっと横で見ていてくれたらしい。
すみません。




