発明購入
今、ハルドアに舞い戻って妹の死を探るというわけにはいかない。
「死霊メガネ」で気づいたことはとりあえず胸にしまい、バルバスさんの発明品の数々をさらに見せてもらう。
「この辺は腕輪……ですか」
「あぁ、そこらはモノとしてはどこでもある奴だ。その青いのは『拳士の腕輪』。そっちの緑は『剛把の腕輪』。まあ性能は保証するが」
「どういう効果なんですか」
「なんだ、魔導具全然知らねぇのか? 『拳士の腕輪』ったらゲンコツ固める魔導具だよ。本人の鍛え方によっちゃあ、鎧でも鉄扉でもブチ抜けるようになる。『剛把』は握力の強化だ。握り潰しをメインにした戦闘補助にも使えるが、どちらかというと荷物持ちに便利って評判だな。魔力消費すればいくらでも掴んでいられる」
「へえ……これがそれなのか」
徒手空拳で戦う冒険者はゼメカイトでも何度か組んだことがある。
普通に武器を使えばいいのに、と思ったりもしたが、彼らにしてみれば武器を持つ方が不自由だし、無駄が多いのだとか。
そんな彼らも、同種の魔導具を使っていたはずだ。何か決まりでもあるのか、確かに記憶の中のそれとよく似たデザイン……だったと思う。
「ありきたりな奴でいいならそっちにもあるぜ。『飛蝗のアンクレット』、言わずもがなジャンプ力と着地力を飛躍的に伸ばす。が、運動神経悪い奴はやめとけ。頭から落ちれば着地力もクソもねえ。……『駿馬のアンクレット』は走力の強化、どちらかというと素早さというよりは走りの負荷の軽減って感じだな。慣れればそれこそ馬と同じ速さで何十分も走り続けられるそうだ。まあどっちも足の強化って意味では同じなんだがよ、魔術的には『強化』ってのは目的を絞るのが大事なんだ」
「ああ、その辺の話は多少知ってます」
以前ユーカさんから聞いた。
その辺の話があるからこそ、僕は剣を持たずに戦うことは難しい。
「剣」という「切り裂く」目的に特化した媒体を通すことで、僕の魔力は強い効力を持った現象を起こせるのだ。
でも、ユーカさんは蹴り技を緊急的に使うことが多いから、この辺の魔導具は有用かもしれないな。
「腕につける魔導具で変わったのってあります?」
「変わった奴か……まあ程度にもよるが……こいつはどうだ?」
バルバスさんは一つの腕輪を選び取って自ら嵌める。
そしてその手を無造作にこちらに伸ばす……うわ、文字通り伸びた!?
比較的手足の短いドワーフの彼の手が、ゆうに2メートル離れた僕の顔寸前までミョンと伸びてきた。
「『軟伸の腕輪』。今のは軽く使ったが、本気出せば5メートルくらいまでは伸びるぜ」
「キメェ……!」
ユーカさんがドン引きしたが、アテナさんは興味深げ。
「リーチを自在に伸ばせるというのは、戦いでは馬鹿にならんのではないか?」
「でもあんな間延びした腕じゃ力入らなさそうだぞ。チャンバラには向かねーんじゃねーか」
「うむ……確かに伸びた状態でヘシ折る動きをされたら怖いが」
バルバスさんは変な顔をして腕輪を外し、ひっこめた。
「荒事は想定外だ。そういう使い方は保証しかねるぜ」
「おいおい、冒険者にモノ売ろうってのにそりゃねーだろ」
「木の実もいだり、高い棚にモノ置いたりするのに便利だと思って作ったんだよ!」
まあ、こっちも変な聞き方をしてしまったが、ユーカさんの言うことももっともだ。冒険者としての視点で言うとどうしても戦闘に使うことを念頭に置いてしまう。それは踏まえてほしい。
「わかったわかった。戦いに使えるような奴でそこらにはないような奴だな? こいつはどうだ。『黒翼の腕輪』」
「……黒翼? カラスでも出すんですか?」
「いや。羽毛を出すんだ。モノとしちゃ数分で消えるし何の価値もないが、ちょっと驚くぐらいの量が出る。チャンバラの最中に浴びせかけて目くらましにするもよし、直後に炎を浴びせてやってもすげぇことになるぞ。羽毛はよく燃えるからな。もちろん、ただかっこつけるために使うのもいい」
「微妙……」
「あのな、実用性がある発想は当然みんな作るんだよ。その中であえて変わった奴を指定すりゃ、どうなるかは考えろよな?」
ワシは発明家だから、思いついたら何でも作ってみるんだがよ、と言いつつ、その腕輪をポーンと放ってくるバルバスさん。
どんな値の代物かは知らないがぞんざいな扱いだ。
とはいえ落とすわけにもいかないので受け取り、そのまま返すのもなんなので、とりあえず嵌めて使ってみる。
魔力を込める……と、バルバスさんの言葉通りに、ものすごい勢いで真っ黒い羽毛が出た。噴射と言っていい。
二秒もほっとけば視界がほぼ埋まるほどだ。
「うわっ」
「ガハハハ、すげぇだろ! 光とか使った目潰しは警戒してる奴も、これは驚くだろうぜ。まさか魔導具でこんなん出すとは思わんだろうしな!」
「……確かに」
無駄に凄い。とはいえ、仮にも奇術でなく魔術なんだから、もう少し神秘性を感じさせてほしい……というのは間違ってるだろうか。
そしてそれに妙に興奮していたのはアテナさん。
「かっこいい……アイン君、それ、次は私に使わせてくれないか!」
「……別にいいですが」
「ありがとう! よし、店主、これを買おう! その代わり羽毛の色を指定させてはくれまいか!」
「い、色かい? 調整できっかなあ……なんで黒くなっちまったのか実はよく分かってないんだが」
「是非やってくれ。このままでもいいが、是非緑色にしたい」
……ま、まあ、元々何か珍しいものでも、と土産探し気分で来たんだからいいけど。
これがツボに入るかぁ……アテナさんの趣味、かなりアレだよな……。
他にも有用無用、魔導具、非魔導具含めて、あらゆる発明品が店内にはひしめいていたが……全部見るのは何日かかるのやら、という感じだし、時間の無駄も多そうなので、ある程度で切り上げることにして。
僕はメガネに軽く機能追加処理。一時間くらいでできるらしい。
クロードは「剛把の腕輪」を片腕分購入。多少でも攻め手が増えることを期待してのこと。
アテナさんは「黒翼の腕輪」を予定通り購入。
そして生活便利用品として、「熱湯リング」という魔導具をひとつ購入。腕輪ほどのリングだが腕に嵌めるものではなく、起動してその輪の中に水を注いで通すと瞬時に熱湯になるという優れもの。
僕たち以外にも絶対売れると思うのだけど、作ってから今まで忘れていたらしい。
「地味過ぎるんだよなぁ。デザインもただの輪っかだし……なんでワシ、そんなんにしちまったんだろうな」
「いや絶対便利ですよコレ」
「そうかぁ? なんかこう、所帯じみてるしイマイチ気に入らねえんだけどな……」
そう言いながら、僕のメガネに何かの処理を施していくバルバスさん。
僕はその間、代用品の近眼メガネを渡されてそれをかけて待つ。度は合ってないけど、ないよりはちょっとマシ。
……なんだけど。
「……バルバスさん」
「なんだぁ」
「これ近視以外に変な効果入ってません?」
「ん、そうか? まあ適当に取ったからわからんけどよ」
「…………」
なんかユーカさんとリノ、それにファーニィが心なしか肌色多めに見える。あとマード翁も。
度が合ってないんでよくは見えないが、これはえーと。
……そっち見ないようにしよう。うん。
ちなみにアテナさんとクロードは鎧を着ているのでいつも通りだ。いや鎧下は透過しているのかもしれないけど、そこまで細かくは確認していないし、する気もない。
……間が持たずに。
「ところで……死霊メガネって、どれくらい過去の霊まで見えるんですか」
……とりあえず棚上げしておこうと思った話題を、つい口にしてしまう。
バルバスさんは作業から顔を上げないまま答えた。
「正確に調べちゃいねえよ。まあ、見えんのは確かだ。墓場に行ったらウヨウヨとな」
まあ、調べるのは難しい、か。
でも、墓場にウヨウヨということは……最近、流行り病か飢饉があったのでもない限り、少なくとも数年前……くらいは見えるのかな。
一つの街の墓に入る頻度を思えば、そうなるだろう。
「…………」
「なんでそんなの聞くんだ。……見たい相手でもいるのかい」
「……それは……はい」
「オススメはしねえぜ。縁のある相手の死霊を見るのはよ」
少しだけ、バルバスさんの声が固くなる。
「特に、家族は。……後悔しかしねえはずだ。一度区切りをつけた相手が見えちまうってのは辛いぜ」
「…………」
見たんだろうな、彼も。
誰か、家族を。
「肝には銘じます」
「……調子に乗ってあんなもん、紹介すべきじゃなかったかもな」
「いえ。……いつかは向き合うことになったと思うので」
「死霊メガネ」を、買うとは言わない。
ただ、それで見えるというのは、つまり。
……それに長けた魔術師ならば、あるいは、そこから情報を引き出せる……ということでもあるはず。
僕がそうするつもりだというのを、バルバスさんは感づいているのだろう。
「……孫だなぁ、あのお人の」
「何か似てますか」
「損をするとわかっている時に限って、頑固なお人だっただけさ」
「…………」
……だとしたら。
似てるのかもしれないな、確かに。
……僕が損をすることなんて、大した話じゃない。
そう思えることが、祖父にもあったんだろう。




