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発明家

 期せず知名度を上げたクエントで、いくらか依頼をこなすという線もあったが、僕たちはエラシオから報酬の分け前を貰い、引き上げることにした。

「さすがに君らには、この辺の依頼は歯ごたえがないかもしれないな」

「マードさんはともかく、それ以外は初心者多いんでそんなことはないんですが」

 特にリノやアテナさんにとっては、どんな依頼でも勉強になる時期だ。冒険者独特の感覚というのに彼女らは馴染めていないところがある。

 まあ僕も偉そうに言えるほど玄人ではないんだけど。

「おいおい、もう敬語はよしてくれ。初めて会った時は、君からしたら俺たちは格上に見えたかもしれないが、もうそんな関係でもないと思うぜ」

「……あなたがそう言うなら」

 彼のパーティメンバーはともかく、エラシオにはなんとなく気後れして対等な口をきけずにいたが、まあそういうのならと口調を改める。

「あー……と、とにかく。ここが不満というわけじゃなくて。……僕たちはもっと脅威度の高い相手がこの国をウロついていることを知ってしまっている。まだ公になっていないけど、いつかそれと向き合う日が来る。それと対抗できる形を模索しているんだ」

「……それはもちろん、多頭龍(ヒュドラ)や先日のダンジョンボスよりも強い相手、ということだな?」

「……そんな奴らは怖い相手じゃない。もちろん『今の僕ら自身』にとっては充分に怖いけど、マードさんや他の“邪神殺し”のパーティの人たちなら、なんとでもなる相手だよ。……そんな人たちを集めてもやり合えるかわからない相手が、しばらく前にデルトールに現れている」

「戦ったのか?」

「僕たち自身はタッチの差で免れたけど、殺されるはずのない人が殺されてる。……何千人という人間の見ている前でだ。誰もそれを阻めなかったってことなんだ」

 僕たちが聞いた話が間違いでなければ、他の何人か、何十人かの犠牲者とともに、メルウェンさんも殺された。

 でも、本来ならクリス君がそれを許すはずがないんだ。

 彼ほどの魔力と技術を持つならば、たとえメルウェンさんの死が不意のことであったとしても、敵をむざむざ逃がすとも思えない。

 だが、討ち取られなかった。

 ロゼッタさんの「眼」による見立てを抜きにしても、その時点でただ事ではない。

「もう“邪神殺し”は、いない。それ(・・)が牙を剥いた時、戦える力がなくちゃいけない。僕はそれを目指してる」

「……何故、君が?」

「…………」

 答えに詰まる。


 ユーカさんに後継者に指名された、というのも、ある意味ではバカらしい話だ。

 ユーカさんはそんなものを望んでなんかいなかった。そもそも後継するようなものでもない。

 それまでの生き方を変えることへの期待と、笑われる僕への同情と。

 そして、謎の魔導書。

 それらの要因があったとしても、僕が「それ」に直接向き合わなければいけないという使命はないはずだ。

 なんといっても、あの魔導書の効果は未だはっきりと表れていない。受け継げていないものをもって「後継者」たる証拠にはできないだろう。

 あったとしても、「いつか、彼女のような最強の冒険者になる」という、曖昧な努力目標に過ぎない。

 しかし、僕は彼女のいた場所を埋めたいと思っている。

 そうしなければ、と思う。

 でなければ、彼女はきっと、また。

 あの小さな体に、手放し損ねた薄紫の呪いを抱いて、舞い戻ってしまう。

 彼女しか辿り着くことのできなかった死線に。

 だから僕は、かっこわるくジタバタしながらでも、何を利用しながらでも、そこに向かうのだ。ユーカさんより先に。


「……なんてな」

 エラシオは微笑んで。

「あの、ユーと呼ばれてる彼女。……あれが元“邪神殺し”なんだな? 君は、彼女を守ろうとしてるのか」

「!?」

「驚くようなことじゃないだろう。あのマード殿を相手に対等の軽口を叩き、親玉(ボス)を相手に何一つ恐れもしない猛者が、本当にただの子供冒険者だなんて思わないさ」

「……何であんな姿なのにそう思った?」

「不思議な事なんていくらでも起きるのが世の中だろう? 若返りなんて魔術でもまだ夢の類だが、それでもあり得ないと思うほど俺はつまらない人間じゃないつもりだ」

 ……ま、まあ、実際その通りなんだけど。

 本当にノーヒントでそこに辿り着いた人、初めて見た。

 特にエラシオは前のユーカさんを見たこともきっとあるはずだ。確かゼメカイトまで来たと言ってたし。

 あのゴリラスタイルを見ていて今の彼女と同一人物だと気づくの、無理じゃないか普通。

「そう言わないなら事情があるんだろうし、深くは聞かない。何か言うのもおこがましいしな。ただ、何か助けになれることがあったら遠慮なく言ってくれ。俺たちでいいなら何でもやろう」

「嬉しい話だけど今は思いつかないかな。……今回は僕らの目的も達したことだし」

 胸に手を当てる。異物感。

 こういうのもダンジョンの多いゼメカイトやデルトールならすぐに調達できたけど、王都近くとなると未踏破のダンジョンは滅多にない。あっても誰かの管理下だ。だから渡りに船ではあった。

 きっと、手持ちの資産で買おうと思えば買えなくもなかったんだろうけど、本当に上手くいくかわからない案一つに予算を全部投げうつのもつらいしな。

 結果としてうまくいきそうだから丸儲けだ。僕たちはなかなか割のいい仕事をしたことになる。

「魔導具の材料って言ってたか。欲しい魔導具でもあるなら、いい職人も知ってるんだが」

「身内で間に合いそうだから。それに普通の職人が聞いたら怒り出すような仕事だからね」

「有能なんだな、君のパーティは。本当に」

「確かにね……」

 本当に成り行きだけで揃ってしまったにしては、なかなか粒揃いの面子になってきた。

 いや、魔術師だけど攻撃できないリノは未だに他のパーティで使ってもらえるかは微妙だし、クロードも危なっかしかったけどね。アテナさんとファーニィは本当に狙っても探せないほどの人材だ。

 ユーカさんも一見頼りにしづらいけど、あの水竜(アクアドラゴン)戦を考えれば本当の切り札は未だに彼女だし。

 かなりの期間アーバインさんがついてきてくれたことも含め、僕は本当にラッキーだ。

 それでも、やはりまだ力は欲しい。

 僕の攻撃力も「オーバースラッシュ」が効かなければ頼りない。あのロナルドのように簡単に防げてしまうのならば、僕はクロードやアテナさんに全く及ばなくなる。

 それを補う剣術は未だ基礎の域を出ず、無詠唱魔術も実戦で役に立つといえるのは高速回転による簡易盾と「ハイパースナップ」程度。どちらも達人相手には気休めだろう。

 有耶無耶になりがちだったが、ユーカさんにもっと技を教えてもらう時期かもしれないな。

 でも、魔力不足対策も早急に、もっと多重に進めたい。悩ましいな。

 ……と、次に何をするか密かに悩み始めた僕に、エラシオは。

「まあ、せっかくだから会っていってくれ。面白い奴だから」

「職人? クエントにいるんだ」

「ああ。バルバスっていうんだ。自称発明家でね。人に理解されないものを作ってバカにされがちなんで偏屈だが、いろいろな技術に精通してる。エラシオの紹介って言えば会ってくれるよ」


 王都に帰るにしても一日を争うわけではない。

 報酬もそこそこもらったことだし、発明家というなら何かひとつくらい面白い物を買ってもいいかもしれない。

 と、僕たちはエラシオに紹介された「職人」に会いに行ってみることにした。

「魔導具と言ってもいろいろあるしな。リノの知ってる術式以外にも、あれば便利ってモンはある」

「魔導書があれば作れるわよ。……あ、あんまり難しいのじゃなければ」

「ねーだろ。買ってもそんなには持ち歩けるもんでもねーし」

 リノも「フォースアブソーブ」を刻んだ魔導石を作ることはできるらしいが、それはたまたま魔術式を知っていただけらしい。

 まあ、そりゃそうか。そんなに何でも知ってたら攻撃魔術もお手の物だろうしな。

 もちろん魔導書も王都に戻れば買い求められるだろうが、旅の身では確かに本は重荷だ。買って魔導具作りに使ってすぐに売るとしても、やはり大きな手間はかかる。

「私も魔導具のひとつも持った方がいいでしょうか」

「ああ、クロード君は何か持ってもいいかもしれんな。魔力の使い道が今のところないようだし」

「……精進します」

 アテナさんの返事に対し、ちょっとだけクロードは傷ついた顔をした。

 魔力剣技が実戦レベルでないことは、密かにコンプレックスのようだ。

 そして、紹介された古い家にたどり着く。

 ノッカーを叩いてしばらく待つと、中からドワーフの男性が現れた。

 ドドンパさんと同じように髭もじゃだが、その髭はもう真っ白だ。相当に高齢らしい。

「なんだ。ウチに金はねえぞ」

「あー……エラシオの紹介で来たんですが」

「うん? エラシオ……エラシオ」

 覚えられてないのかエラシオ。

「あの燕の騎士の……」

「あー、あーあーあー! あの全身に鳥マークつけてるクソダサ坊主か! がっはっは、いつも名前と顔が繋がんなくて困っちまうんだ! ほら、女みたいな名前じゃねえか!」

「……女っぽいですかね」

 言われてみれば性別不祥な名前ではあるな。どっちでも聞き覚えがない、というだけだけど。

 というかクソダサとか言われてるぞエラシオ。

「なんだ、どういう流れで紹介された? 面白ぇもん作ってるぞって? それとも何でも直してくれるぞって話か」

「修理もやってるんですか」

「発明が本分のつもりだが、食っていくには周りの要望(ニーズ)に答えなくちゃいけねぇ。いつのまにか修理屋呼ばわりだ。まあ、遺跡産ってんでもなきゃなんでも直してみせるがな」

「へぇ……」

 こんな人がいたのにわざわざ王都にまで武具の整備に行ってたのか、エラシオ。

 ……いや、ドラセナに会いたかっただけかな。まあどっちでもいいけど。

「まあそんな反応ってことは発明の方か? 見た感じは燕の坊主(あのヤロウ)と同じく冒険者ってところか。なら良さもわかるだろう、色々あるから……うん?」

 バルバスさんはふと黙り込んで僕の顔をまじまじと見る。

「…………」

「……え、えーと?」

 だんだん顔が近づいてきてちょっと怖くなった。

 のけぞる。

「……ランダーズの旦那?」

「え?」


 名前、まだ言ってないよね?

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