クエントの宴
「今回は本当に助かった。俺たちだけなら確実に全滅していた。……無謀な冒険と言われればそうだが、クエントには他には頼れる腕前の冒険者も見当たらない。まさに運命的だったよ。ありがとう、“鬼畜メガネ”」
「普通に名前で呼んでください……」
夕方。
街の「冒険者の酒場」で、盛大に打ち上げが行われる。
もちろん幹事はエラシオ。そして周囲の他の客、つまりここの冒険者たちも、なんだなんだと注目していた。
「エラシオ! 俺たちじゃ不足だってのか!?」
野次馬から声が飛ぶが、エラシオはニヤリと笑って。
「ああ。『俺たち』程度の腕前じゃ二組三組でも駄目だっただろう。それともチャーリー、お前のところは俺たちより上か?」
「そりゃお前んとこよりは多少劣るが……」
「彼らはとんでもない。俺たちがすっかり前座の露払いだった。今回の土産話は盛りだくさんだぞ。……その前に乾杯させてくれ」
バッ、と多少ビールをこぼしながらも恰好よくジョッキを上げるエラシオ。
「今回の冒険成功と、頼もしすぎる助っ人の活躍に、乾杯!」
『乾杯!』
僕たちとエラシオたち、十名以上が杯を上げ、ようやく酒宴が始まった。
話はもっぱらマード翁とジェニファー、そして僕に集中する。
「ライオン連れでのダンジョン探索」といういかにも荒唐無稽な話題は、冒険者たちに首をかしげさせ、あるいは興奮させた。
「そのライオンはどこにいるんだい」
「もちろんここには連れてきてないよ。大騒ぎになるから」
証拠を求める冒険者もいたが、まあそれは適当に流させてもらう。別に信じてもらわなくても僕たちは全く構わない。長居するわけでもないし。
それよりも、すぐにマード翁の超絶治癒術に話題が移った。
「俺は腕をすっ飛ばされたが、冒険中どころか戦闘中にもう治されちまったんだ」
「俺なんか下顎食いちぎられちまったんだぜぇ。さすがにもう駄目かと思ったが、この通りよ」
「なんでドドンパにヒゲがないのかと思ったらそういうことかぁ」
「マードってあの“邪神殺し”のパーティのマード? “邪神殺し”はどうしたんだい」
「ほっほっ。よう知っとるのう。ちなみにユーカのことは答えられんぞい。解散してからもう何か月も経つしの」
「だが! そのマードより何より華々しかったのが、あの“鬼畜メガネ”ことアイン・ランダーズだ!」
上機嫌で僕を指すエラシオ。
「俺たちパーティが総がかりで押されるような強さと数のモンスターを、彼は一瞬で斬り捨てる! 目を疑うような戦いぶりだった! なあトーレス!」
「……ああ。さすがにあれは冗談めいてた。ゴーレムだろうがオークだろうが、まるで草でも刈るようにあっという間だ。俺たちが弱らせたおかげ、と言いたいが……」
「ま、言えないよな」
バンバン、とトーレスの肩を叩いて笑うエラシオ。
僕は注目されて居心地が悪い。今回は鎧も着ているわけではないのでオドシになるようなものもなく、いでたちとしては相変わらずのヒョロメガネだ。
「そんな大したもんには見えんが……魔術師じゃないのか、このメガネくんは」
「バリバリの剣士さ。喧嘩は売るなよ。この様子でほとんどテンション変えずにダンジョンを血の海にしたんだぜ」
「あんまり煽らないで下さい。……本当に喧嘩は苦手なんで」
エラシオに懇願する。
が、近くにいたアテナさんが茶々を入れる。
「彼には人間は脆過ぎるらしいからな。なに、腕試しなら私が相手しようじゃないか」
「なんだなんだ、こっちはこっちで冒険者の酒場にゃ似つかわしくねえ別嬪じゃないか」
「よく言われる」
全く嫌味なくそう言えるのがアテナさんという人だ。
「だが腕っ節には自信があるぞ。これでも王都直衛騎士団にいたからな」
「いや、やめとくぜ。人前で美人を殴っても得はねえ」
「はっはっはっ。それは残念だ」
いやはや、全く真理。美人を痣で台無しにするのも最低だし、美人にやっつけられてしまえばなお恰好悪い。
もちろんアテナさんが黙って殴られるとは思っていない。実際のところはおそらく彼が一方的にやっつけられるだけなので、実に賢い選択だ。
その一方でエラシオの語る冒険譚も盛り上がりを見せている。
「今回はダンジョンを一気に攻略する必要があった。道中の雑魚は、マード氏やあのエルフのお嬢さんの治癒術もあって、まあ俺たちでも対抗できた。だが最後の最後、親玉は別格だ。五腕八脚、その体高は小山のような化け物……さすがにアレは俺たちでは手に余った。正直なところ、勝てる気がしなかったね」
「エラシオにそこまで言わせるか……」
「だが彼、“鬼畜メガネ”のアインは違う。全く怯んでいなかった。まるでいつものように剣を抜き放ち、『僕に任せろ、君らは石でも投げていればいい』と言い捨てて、瘴気にけぶる親玉に向かってスタスタと」
「そんなことは言ってないけど!?」
英雄譚ってこうやって盛られていくのか。本人としては多分嘘ついてるつもりないんだよな。酒呑んでてちょっと記憶が楽しくなってるだけなんだろうな。
「手始めにアインが放った中距離攻撃で機先を制された親玉は、瘴気を煙幕のように使って潜み、戦士たちを分断しようとする! そこで彼が何をしたか! ……おもむろに片手をかざしたアインはなんと、その手で魔力の渦を作り、周りの瘴気を何と全部かき集めて煙幕をかき消し始めた!」
「なんだそりゃ……剣士がそんなことできるのか?」
「凄まじいのはここからだ。まるで竜巻のように瘴気をその手に集めたアインだが、それは靄を通り越してドス黒い輝きと化しつつあった。だがそれに怯むでもなく、メガネの位置を直しながら彼はうっすら笑ってこう言った……『さあ、仕事しようか』……そして瘴気の力を剣に込め、敵の巨体を滅多切り!」
「言ってな……」
「いや言ってただろ」
また否定しようとしたらユーカさんにツッコミをいれられた。
言ったっけ……? あれ、言った?
「さらになんかかっこいい技名までつけてた気がする」
リノは絞り果汁を飲みながら追撃してきた。
「それはつけたけども!」
「その場限りでしょあんなの。そんないちいち名前考える? 実はいつも真顔でそういう候補めちゃくちゃ考えてる?」
「ぐっ……」
考えてないというと嘘になる。
ゲイルディバイダー以降、技名が必要になった時に詰まって止まらないように、それっぽい雰囲気の名前は暇なときに考えがちだ。
いや、でも、それは実用面で必要だからであって。
「ファントムエッジ? だったっけ?」
「ゴーストエッジ……いや幻影よりもうちょっとエビルな感じで……だって瘴気だし……」
「多分瘴気が濃い時にはまた使えると思うけど。次はアンデッド退治でもする?」
「ユーがアンデッド嫌がるから……」
「アタシのせいかよ。いや別にいいんだぜお前がいいなら。アタシ全然役に立たないけど」
年下&見た目年下の女の子たちとグダグダと戯れているうちに、エラシオはさらに盛り上げる。……そういうの語るの好きなのかもしれない。
「瘴気を逆に利用された親玉は腕を落とされ、足を折られ、死に体に! だが大物モンスターはここからが怖いってのは周知の通りだ! しかし彼らは手を緩めない! 囲んで総攻撃だ! アテナ嬢もクロード君も騎士らしく剣を振るい、あの赤髪の女の子もライオンを駆って親玉の背後から飛び掛かる! もちろん俺も引き付け役として大いに頑張った! そしてそこでようやく我らがアルベルトの大魔術も炸裂だ!」
べんべん、と机を叩きながら溜めて。
「そしてそれに耐えかねた親玉はようやく崩れ落ちる! 終わってみれば一方的ななぶり殺し、だが俺たちパーティの攻撃で有効打と言えたのはアルベルトが溜めに溜めた大魔術くらいだった。……ああ、はっきり言おう。まるで火力不足だった。だが彼らはそれをこともなげに討伐してのけた。実は彼らはクエントに来る直前にも多頭龍退治をやってのけたという。それだけのパーティがまるで無名だっていうんだ。何だそりゃと思うよな」
「いや本当だよ。エラシオがそこまで言う奴らがどうして」
「あの“治癒術の大家”マードまで入ってんのにそんなことあるか?」
「だから言い広めてやってくれ。“鬼畜メガネ”がこの街を救ったと。……俺たちは本当に無礼をした。それがせめてもの詫びであり、礼なんだ」
うわ。
そういう魂胆だったか。
いや、それはいいんだけど。
「エラシオ。まず“鬼畜メガネ”はやめて? それとあんまり有名になりたくもないからそういうのもやめてください」
「なんでだ?」
「変な人に付け狙われてるから!」
「返り討ちだろう、君たちなら」
語り切ったうえに酒も入ってテンション上がりまくっているエラシオ。
いや、僕たちでも未だに勝てそうにない奴なんです。
……と、そういうのも全部言いふらしていいものか。
迷っているうちに酒場の片隅では吟遊詩人が作曲し始めてしまった。
やめて。
せめて「鬼畜メガネ」だけでもやめて。




