地上へ
途中で長時間休憩を2回挟んで、僕たちはダンジョンから全員無事に脱出した。
ダンジョン内は時間を示すものがないので、腹時計ぐらいしか頼れるものはなかったが、その体感を大きく外すことはなく、侵入から三日目の夕方近くに出られたらしい。
「ちょいとのんびりし過ぎだったかもな。食料ギリギリだ」
「ちゃんと計算しながら戻っている。エラシオ、お前がフラフラ道を外れなければもう少し早く着いたんだがな」
「その言いぐさじゃ、まるで俺がアホな子供みたいじゃないか。俺は分岐先の安全確認をだな」
「とっくに敵掃除した袋小路に三度も入るな! さすがに三度目はあのライオンが匂いで追跡してくれなかったら見つからなかったぞ!? まさか三回も行くとは思わん!!」
「さすがにそれは迂闊だったとは思っている。だが俺の回避力を最大限に活かすなら、トーレスたちより先行しなけりゃまずいだろう」
「せめて分かれ道を選ぶ前に一声かけろと何回言えばわかるんだ!!」
アルベルト、探索後半はずっとキレっぱなしだった。
まあ、それだけエラシオが何度も迷子になっていただけなのだけど。
僕たちは僕たちで素材探しに時間をかけているので、エラシオの別行動をあまり咎めるわけにはいかず(急いでいないのだから行動を縛る理由が乏しい)結局迷子のエラシオをどう確保しておくかはアルベルトに判断一任。
そして帰り道にも敵がいないわけではなく(潰しきれなかった分岐は多々あった)、エラシオの言う通り、戦闘開始はエラシオのワントップ状態から始めるのが一番有利ではある。
結果として、アルベルトに帰りの苦労は一身に背負わせてしまった感は少しある。
「最終的にはこのダンジョンどうするのかな。敵を完全に片づけきれたとは未だに言えないけど」
「入り口埋めてしばらく置いときゃいいんだよ。生きてるダンジョンに同じことしたら入り口があちこち転移して厄介だけど、死んだらもう動かない。モンスターどもの仲良しルールも解除されてるから、飢えればそのうち共食いでもして勝手に滅ぶ」
「そうなんだ」
ユーカさんの言葉に納得する。
ダンジョンの入り口はどうして特殊魔術による「封鎖」に留めるかというと、物理的に完全に埋めると変なところに「生え直す」ので余計に始末に負えない、という問題があるからだ。
どうもダンジョンという「異界」は、完全にルートを遮断してしまうと、再び場所を変えて繋がり直す性質があるらしい。
そしてそれは元の場所から数百メートル圏内の可能性が高く、今回の場合は民家などの余計に厄介な場所になりかねないし、野外のダンジョンでも無駄手間としかいいようがない。
人間は入りづらくモンスターが脱走はしやすい……なんて位置に場所を再設定されたら厄介この上ない。
なので、手に負えない場合は入り口を狭めるだけ狭めて影響は極力絞りつつ、完全に空間的接続は断たない……という「封鎖」処置が最善手になるのだ。
「死んだダンジョンの処置なんて関わることなかったから新鮮だ。……この空間って壊れないのかな」
「さぁな。そういやアタシも気にしたことねーわ。どうなのマード」
「魔術理論としては自然崩壊の可能性もあるらしいとは聞くのう。少なくとも住居にしとるってのは聞いたことないぞい。あとモンスターも完全に掃除すんの難しいからのう。生きとる奴は確かにそのうち飢えて死ぬじゃろうが、アンデッド系とかいつまでも残っちまうから、本気で安全確保しようとすると冒険者を相当な期間釘付けにしてやる必要もある」
「あー……アンデッドはな……」
ユーカさんが嫌そうな顔をした。
「ま、なんにせよ、お偉方的にも今回のダンジョンは大っぴらにするにはマズい代物じゃ。このまま埋めて知らん顔が最善手じゃないかのう」
「だな」
魔導具素材の出土場所としても有望なはずだが、デルトールのように扱うには「再生する」というのが重要であって、そうでないならそんなに何度も潜る価値があるものでもない。
今回の帰りしなの探索で、僕たちも相当にいろいろ採取してきた。
言葉通りドワーフのドドンパさんが率先して素材探しをしてくれたおかげで収穫量は上々で、一番いいのは僕たちが引き取るとしても、残りを売ることでかなりの儲けが出るだろう。
「ま、とにかくフカフカのベッドで寝ようぜ! めんどくせーことも宴会も全部明日だ!」
ユーカさんが夕焼け空を見上げて叫べば、両パーティから「おーっ」という雄たけびが上がり、笑い合って解散となる。
大々的な打ち上げは、今日は時間的にもう辛い。酒場にこのまま押しかけてもみんな寝落ちしてしまうだろうし、料理も席も都合よくは用意できないだろう。
それは明日に回して、まずは柔らかいベッドだ。
服も着替えて、武具も預けて、身軽になって。
今日はただ、泥のように寝よう。
そして翌日。
さすがに早起きはアテナさんとクロードくらいで、残りはみんな昼近くまでぐっすり寝た。
騎士は鍛え方が違うなあ、とちょっと感心しつつ、ダンジョンでの収穫物をリノの部屋で見ることにする。
今のところパーティでその目利きができるのは彼女くらいだ。アーバインさんがいたらもっと確実だったんだけどな。
「この結晶が今のところ最高品質。これとこれは多分ちょっと劣るわね。これは悪くないんだけど、身に着けるにはちょっと厚いのが難かな。……今さらながら虚魔導石にしちゃうのはちょっと勿体ないけど」
「本当に今更だね!?」
「だって本当なら立派な魔道具になるのよ!? この一番いい奴なんて然るべきところに出せば家建つわよ!? それを魔力無駄遣い専用失敗魔導具に加工すんのってなんかこう……」
「こっちも今更だけど、その虚魔導石って本当に僕が持つと有効活用できるの……?」
「……まずは実験から始めないといけないわよね」
と言って、リノはちょっと不格好な石に魔術文字を粗く刻んだものを僕に渡す。
「それ。さっき私が作った虚魔導石」
「そんな簡単に作れるんだ……」
「魔導具作りは研究型魔術師としては基本だからね……魔導具っていうか、魔導書ね。自分の魔術を洗練していくために必要な工程だから」
その技術を使ってあえて高密度に失敗するのが今回の趣旨なんだけど、と非常に複雑な顔でリノは言う。
葛藤があるようだ。
僕はその試作虚魔導石を手に取り、魔力を込めてみる。
「……あんまり全開で魔力込めようとしないでね。端材といってもリーダーの魔力量ぐらいなら全部受け止められるくらいの容量あるから」
「…………先に言って?」
いつもの剣に込める調子で魔力を送ったらどこまでもスムーズに吸っていき、一瞬意識が飛びかけた。
危ないアイテムだ。しかも魔力吸うだけ吸って何も起きないんだから、本当に魔術師的には酷い代物だろう。
「で、そこからリーダー、吸収してみて」
「……あ」
スゥ……ッ、とあらかた戻ってくる。
「なるほど」
「……キモッ」
「いやいきなり酷くない!?」
「レイスか何かみたいじゃないそんなの! なんで何も魔術発動しないでそんなスピードで魔力吸えるわけ!?」
「僕に聞かれても」
端材は魔力を帯びて光り始めていたが、僕がそれをチュルンと吸い上げる感じで一瞬で暗くしてしまったのがリノには衝撃的だったようだ。
「クリス君も僕と同じタイプって言ってたから、多分同じことできるはずなんだけどなあ」
「本当に人間? っていうか本当にちょっと前までただの農奴だったの?」
「……うん」
「……こういうの見ると本当、自分が特別な側の人間だなんて思ってたのが滑稽に思えるわよね」
「そこまでドン引きしなくても……」
一応はこういうもんだっていうのは知ってるはずなのに、酷い言い草だ。
「ダンジョンでの、あの化け物みたいな暴れ方見て、改めてリーダーってとんでもないって思ったのよ」
「そこまで言うほどかなあ」
「あれからジェニファーがさらにリーダーにビクビクしてるのわかんない?」
「……えー」
自分なりに必死で戦っただけなのに酷い。
「このままだと“鬼畜メガネ”定着待ったなしよね。……違うの自称するなら早い方がいいと思うわ」
「鬼畜メガネってそんなに僕に似合いかなぁ!?」
「ああいうことやっといて、しかも戦闘中になんか楽しそうだから怖いのよ」
「……別に楽しくはないんだけどね」
そう見えるのか。
……いや、まあ、自分を鼓舞してるのって傍から見るとそうかもしれない。
振る舞い方、もうちょっと慎重にいこう。




