熱闘
何をした。
と、一瞬慌てたが、よく考えたら何のことはない。
僕が左手をかざした先に巻き取っている瘴気は、要するにこの親玉の魔力そのものだ。
長い長い間、封印されたダンジョン内で、この親玉は、その肉体から漏出した魔力を何に使うでもなく、しまいには瘴気を生むほどに、ずっとここに居続けていた。
自然状態なら拡散していく魔力も、ダンジョンという閉鎖環境ではそうならずに蓄積する。
そして、魔力は本人から離れるほどに支配力が下がるが、やはり自分から出た魔力である以上、依然として干渉しやすいものであるのは変わらない。
だからこそ、瘴気ごと滞留魔力をたやすく操り、煙幕代わりに使えたんだ。
……さらに、僕がその魔力をかき集め、しかし魔術として編み上げるわけでもなく、手元で無駄に回転させている。
ならばその魔力に再び干渉し、何らかの魔術として暴発させれば、僕はその膨大な力を押さえきれずに大打撃を被る。
実に簡単な話だ。
わざわざ山ほど燃えやすい藁を抱えている間抜けに、ぽいっと火をつけてやる。それだけのこと。
と、納得したところで。
「そうはいくかよ……!」
わざわざ燃やされてやるのは馬鹿らしい。
さらに高速回転させることで魔術成立を妨げてはいるが、元々あいつの魔力であるなら、コントロールは相手に分がある。押し切られるのは時間の問題だ。
かといってそのまま手放すのでは振り出しに戻ってしまう。瘴気は再び濃度を取り戻し、僕たちは無視界で戦うことになる。
そうなる、前に。
「馬鹿食いすりゃいいんだろ」
魔力を掌握する左手を、剣を握る右手に合わせる。
剣に込められる魔力は限度がある。短くしたから、なおさら下がっている。
集めた魔力をここにねじ込んだっていくらも減らない。
が。
アテナさんの……“破天”。
剣の概念を拡張する。存在しない刀身を、魔力だけで仮想的に形成する。
普通なら聞いただけでは真似なんかしようがないが、クリス君のレクチャーは、ちょうどそういう使い方と相性がよかった。
それでも普段ならアテナさんの言う通り、魔力消費に怯んで迂闊には試せなかったはずだけど、今はとにかく先に使ってしまうのが目的だ。
高燃費ドンと来い。
仮想剣を伸ばし、そこに「パワーストライク」を乗せる。
本来、そこにある物質に馴染ませて、破壊力という方向性を成立させる力。
それをイメージだけで成形する。
例えるなら雪をこねて剣にするような、頼りない感覚。
これで斬るなんて可能なのか。
少しでも揺らしたら霧散してしまうんじゃないか。こんなの技として成立するのか。
いや、霧散させてはいけない。また瘴気になってしまう。
あくまで僕のものとして消費するんだ。
……アテナさんの技だと思うから駄目なんだ。
名前を付け直そう。我流だ。僕のものに書き換えよう。
「『ゴーストエッジ』」
これは。
お前の血を啜って現れる、幻霊の刃だ。
理不尽にお前を切り裂く、裁きの刃だ。
無詠唱魔術は、ただただ意志で魔力を繰る。
イメージがふわふわだと成立しない。
呪文も魔導具もなしに、魔力を強く素早く正確に動かすには、完成形を強くイメージしなくてはいけない。
だから僕は、禍々しく怪しい魔力にぴったりのイメージを練り上げて、それらしく命名して。
その通りに、大量の魔力を強引に操る。
僕の手元を禍々しくけぶらせていた瘴気が、瞬間的に剣を覆ってその先に延びる。
ドス黒い瘴気の中に見えなくなった愛剣は、それでも魔術の芯として機能している。
手元の瘴気に親玉が付与した青白い光は、僕の上書き操作を受けて消え失せた。
そして僕は、黒い闇を振るって親玉に斬りかかる。
一撃。袈裟斬りに親玉を遠間から斬る。
二撃。手に持った巨大な斧槍を振り回そうとした親玉のその腕を斬り飛ばす。
三撃。多脚を忙しなく動かして逃れようとする親玉に対し、伸長した切っ先を切り離すように分けて数本の脚に同時斬撃を見舞う。
……その辺で剣を覆う瘴気が薄れてきた。
雑な魔力の使い方だったので溜めた分が早くも足りなくなってきた。
次が限界だ。
「……ピアース!」
ドン、と踏み込みながら、伸ばした切っ先で親玉の胴を深々と貫く。
10メートルにもなる彼我距離で、それでも届く理不尽な刺突。
それをそのまま、ぐいと斬り下ろす。
……傷は縦に1メートル近く伸び、そこで消える。
蓄積魔力終了。
……倒しきれはしなかったが、しかし敵の思い通りにされることなく使い切った。
「ここからは、ヒラで勝負だな」
残滓の瘴気を振り切りながら、僕は改めて剣を構える。
親玉に瘴気塊を暴走させられかけてから、今までの実際の時間はほんのわずか。
長く見積もっても一分はかかっていないだろう。
異様なモノを振りかざす僕の所業に、他の仲間たちは一歩引いて手を出しあぐねていたが、僕の言葉でようやく再び動き出す。
「まさか見様見真似とはなっ……私が五年かけた技を!」
「ほらよっ! 俺はこっちだ、他見てる暇はないぜ!」
「ジェニファー、奴の背中に飛び乗れ! キメにいくぞ!」
「ガオオオオオオ!!」
袋叩きだ。
ジェニファーが食いつく。爪で切り裂く。
その背中からユーカさんが跳び、親玉の喉笛を狙い、防がれる。
そのユーカさんが跳ね飛ばされ、しかしその隙にアテナさんとクロードが同時に足を叩き折り、先ほどの僕の与えた負傷と合わせて過半の足を駄目にしたことで膝を付かせる。
そしてエラシオはあえての接近戦で危険な武器持ちの腕の攻撃を引き受け、親玉は一つしかない顔をどちらに向けたものかと忙しない。
そして。
「行くぞ! お待ちかねの大魔術だ!」
後ろから声が聞こえる。
僕は目くらましに剣を雷属性にして、顔目掛けた「オーバーピアース」を数発振って仲間たちの退避時間を作る。
さすがに回避し、あるいは魔力を込めた腕振りで減衰させてダメージを軽微に留めていたが、それで目的は達した。
僕は横っ飛びに転がり、仲間たちもそれぞれ伏せ、エラシオは宙返りで射線を避けて……アルベルトの放った大魔術が親玉に着弾する。
「GH@=%$$BRΓ!?」
形容しがたい叫びをあげながら親玉はのけぞる。
そこに、アテナさんがかっこよく飛び掛かり。
「もらった!!」
ズバッ、と一回転しながらかっこよく剣を振り抜いて、静止。
……親玉は、ズズン……と、崩れ落ちる。
「おいアテナ。そういうの言いながら攻撃すんなよ。たいていもらってないパターンだぞ、そのセリフ」
ユーカさんがホコリを払いながら戻ってきた。
壁に叩きつけられる勢いだったが、例によって「メタルマッスル」で無事だったようだ。
「はっはっはっ。そう言われれば確かにそうだな」
「えっ、ちゃんと倒せてますよねコレ!?」
「近づくなよクロード。確かめるのは弓や魔術持ちの連中に任せとけ。最後っ屁でやられるのもあるあるネタだからな」
「は、はい……」
「それより核をさっさと壊さないと。それが目的だ」
「僕たち、迷宮潰す目的で入るの初めてなんで、核がどれかわからないんですが」
親玉の死体? を遠巻きに警戒しつつ、付近を捜すと、やがてドドンパさんが核を発見。
「こいつだ! こいつをブッ壊せば迷宮はおしめぇだぁ!」
「遠慮なくやってくれ!」
「おうよ!」
斧を振り上げ、核を一撃する。
……ひとつの世界が呼吸を止めるのを、僕は初めて肌で感じた。




