親玉との邂逅
少なくとも、僕たちがデルトールで体験したダンジョン群の平均値のゆうに倍は進んだと思う。
あるところで唐突にユーカさんがみんなを止めた。
「そろそろ親玉だ。間違いねえ」
「ユー?」
何でそんなことわかるんだろう。
……と思い、マード翁を振り向くと、彼は頷いた。
「ああ、ワシもそう思う。……アーバインの奴がいればもっと確実に断言できたんじゃがの。あやつほどダンジョン潜った奴はそうそうおらんからのう」
「勘なんですか」
「まあ、理屈を語れと言われると難しいが。お前さんらもあと一年ぐらいダンジョン漁りしとればだいたいわかるようになる」
「……一年かあ」
デルトールでは色々なダンジョンに入ったが、それでも一か月は越えない。その経験ではまだまだわからない感覚のようだ。
まあデルトールは比較的易しいダンジョンだけしかないから、それで全体的なパターンを語るのはさすがにおこがましい。
「構えておけ。とりあえず死ぬなよ。死ななきゃマードが何とかする」
「おう、なんとでもするぞい。完全に治癒師に専念するのは久々じゃのー」
「お前気が向かないとかいう割にすぐ変身しようとするもんなー」
「必要がありゃ今回だってそうするだけじゃ」
警戒を促しつつも、いまいち緊張感に欠けるユーカさんとマード翁のやり取りに、力が抜けそうになるが。
「……さすがにこれは、俺たちでもわかるな」
ガシャ、と僅かに鎧を鳴らして、エラシオが前を見つめて身構える。
前方の闇にモンスター。
……リノとアルベルトが交互に作っている照明魔術が、その闇に煽られてくすぶる。
照明魔術は風や物理的攻撃ではどうにもならない。その光がくすぶるということは。
「瘴気か」
「ここまで来てアンデッドってのは勘弁してほしいね。俺たちの苦手分野じゃねーか」
「それこそ、ここまで来たんだから手ぶらでも帰れないでしょ」
向こうの前衛組が嫌そうな顔をしながらも腰を落とす。
瘴気。濃密な魔力の変質に伴い、周辺の空気が怪しく濁る現象。
その多くはアンデッドの痕跡として表出するが。
「違う」
エラシオは呟く。
……その瘴気を切り裂くように、大柄なモンスターが飛び出してくる。
エラシオはあえてそのモンスターに正面から向かっていき、一合切り結ぶ。
ギィン、と音が響いて、彼が大きく吹き飛ばされて転がり、すぐ起き上がる。
その一瞬で、全員に敵のスケール感が伝わった。
体高4~5メートルの、多脚多腕の人馬。
足と腕の数は瘴気に阻まれて判然としないが、少なくとも二腕四脚ではない。
それが重厚な筋肉に包まれ、それぞれの腕に強力そうな剣や槍を携えている。
「うわ……フィジカルお化けタイプかよ。俺たちの苦手分野じゃねーか」
「お前ぁどんな親玉なら得意なんだぁ、トーレス?」
「馬鹿言ってないで! アルベルト、お願い!」
「おい“鬼畜メガネ”! 余力は十分残ってるな!?」
アルベルトに呼ばれて、その二つ名使わないで欲しいなあ、と思いつつ僕はメガネを押す。
「充分いける。……ファーニィ、リノを頼む!」
「がってん!」
「えっ、私……!?」
ジェニファーからいきなり降ろされるリノ。
その代わりに今まで徒歩で後衛の護衛をしていたユーカさんがライドオン。
これでジェニファーは完全に「戦力」として前に出して使える。
……というシフトチェンジを、たった一言で理解してパッと実行するファーニィとユーカさんが頼もしいやらちょっと怖いやら。
いや、本当に今、この親玉のプレッシャーを受けて思いついたんです。
もっと細かく指示を続けようと思ったんだけど、もう何も言うことがない。
敵の数や形態によっては、リノをその場に降ろさずに移動させた方がいい場面も多いのだけど、こういう状況なら前衛がしっかりしていればどうにかなる。
そして、僕たちは。
「この一戦、まずは僕たちのパーティが預かる。そっちは駄目押しの大魔術でも用意してて!」
「頼もしいね」
アルベルトは手振りでトーレスたちを壁にして、一歩下がる。
僕とアテナさん、クロード、そしてジェニファーは親玉を相手に並んで歩み出て。
「全員、耳塞いで」
まずは、開幕の。
……『ハイパースナップ』。
ドオン! ドオン! ドオン! ドオンッ!!
指パッチンとは思えない轟音が親玉を繰り返し襲う。
それとともに瘴気が吹き払われ、視界が少し良くなる。
「お前すっかりそれお気に入りだな?」
「下手に使うと手の内が割れるから温存してたけどね」
ダンジョンは奥まで繋がっている。
爆音攻撃なんて一度でもやれば相手は警戒してしまう。
急に眼前の何もないと思ったところから爆音が襲うから奇襲効果が高いのであって、ある程度気構えができていれば「音」だけの攻撃で効果を上げるのは難しい。
なので、僕は使いどころをここ一番と見定めていた。
「ちょっとでも効いてるといいけど」
ほとんどのモンスターはダンジョンの闇に対応した感覚を持っている。
聴覚が極端に過敏なのが多いが、嗅覚、あるいは闇をも見通す超視覚でそれを補っている場合もあるので、必ずしも聴覚への攻撃が大ダメージになるとは限らない。
なので、続けて僕は左手に持ち替えていた剣を改めて握り直し、すぐに「オーバースプラッシュ」態勢に入る。
が、親玉はいくつもある手の内の二本で耳を塞ぐと、残った手から剣を投げつけ、さらに能動的に瘴気を噴射してくる。
「!?」
剣は巨大。下手な弾き方をすると後ろも危ない。「オーバースラッシュ」で打ち落とせるか……!?
「“破天”!!」
いや。
アテナさんが狙いすましたタイミングで長大化した剣を振るい、投擲攻撃を阻止。
ついでにそれで瘴気を切り裂くも、親玉はいったん瘴気の奥に後退。
こっちが中距離戦だと豊富に手段があることを察知したようだ。
となれば、是が非でも目くらましから一気に距離を詰めて仕留めに来たいところだろう。
「もう一度『ハイパースナップ』で瘴気を払う……?」
「向こうも瘴気どれだけ操れるかわからねーし、それの繰り返しじゃイタチごっこだ。……いくぞジェニファー!」
「ガウ!」
「アテナ! クロード! アインの大技狙いにつられるな! 向こうは牛、こっちは狼だ! 手足一本ずつでも食らいついて奪え!」
「なるほどな」
「了解です。固まって戦う必要はないわけですね」
ユーカさんの号令一下、ライオンと鎧武者二人が瘴気の奥に飛び込んでいく。
そうだ。僕たちは決して僕の大技だけのパーティじゃない。
「そういうことなら、噛ませてもらうぜ! “燕”だがな!」
エラシオも瘴気に躍り込んでいく。
視界の利かない中で、乱戦が始まった。




