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激戦ダンジョン

 僕たちが稼ぎに使ったデルトールの「産業用」ダンジョンは、危険度が低いものを選んで残した、という。

 つまり、平均的なダンジョンはあれよりずっと広く、敵も多く、強いということなのだろう。

 デルトールなら充分にやっていけるはずのエラシオパーティと組んで潜る未調査ダンジョン。その果てない道のりを進みながら、僕はそのことを思い出していた。

「治癒師がキュリオひとりだったら絶対誰か死んでたな……」

「すみません、力不足で」

「ああいや、キュリオが駄目って言ってんじゃねえ。それだけ俺たちの負傷が多いって言ってんだ」

 トーレスがボヤいた通り、僕らのデルトールでの経験を踏まえても、敵の数が段違いだ。

 高みの見物なんて決め込んでいる場合じゃない。後衛の防備はジェニファーとユーカさんに任せ、僕たちパーティの前衛組もフル稼働して次々に寄ってくる敵を処理している。

 僕は魔力消費を抑えて、斬撃を飛ばさない「パワーストライク」を基本にしつつ、クロードと組んで堅実に立ち回る。

 クロードもその辺は慣れたもので、敵の動きを妨害するように体当たりで受け止め、あるいは足元を狙ってスピードを奪うことを主眼に動いてくれる。

 相手が動きさえしなければ「パワーストライク」でほとんど一撃だ。「斬岩」という別名の通り、堅固な装甲のゴーレムだろうが何だろうが叩き斬ることは難しくない。

「助かる、クロード」

「私も“斬岩”をもっと素早く放てればいいんですが」

「使えることは使えるんだよね?」

「ええ。ですが戦闘中に咄嗟には……私が溜めている間にアインさんなら十匹倒せます」

「そんなにかかるのか……そうだ」

 クロードの剣の鍔元に触れ、魔力を送り込んでみる。

 心持ち剣の輝きが増した。

「わ」

「魔力を込めるのって本人じゃなくてもいいみたいだから、こういうやり方もあるよ」

「……いえ、お気持ちは嬉しいんですが……これだとアインさんの消耗が早まって本末転倒なのでは?」

「……そうだね」

 全くその通り過ぎた。

 魔力消費を抑えるために接近戦に徹しているのに、他人の分まで魔力使ってどうするんだ。

「アホか」

 ユーカさんは呆れつつナイフをくるくる回す。

 ゴリラ時代はその筋肉に見合った大剣だの斧だのを使っていた印象が強いが、なかなかどうしてナイフ捌きは堂に入っている。

 あるいは僕が剣の稽古に励んでいる間にユーカさんも特訓しているのかもしれないが、その手つきはもう「本職のナイフ使い」と名乗っても誰も疑わないだろう。

 その彼女とジェニファーが目の前に来たモンスターを華麗に始末するのを目の当たりにしたアルベルトやキュリオは、もうユーカさんが「妙に偉そうだけど知識豊富な素早い中衛」という役割(ロール)だと納得した気配。

「ライオンさん強いですね……」

「ガウ」

「ひぃ」

 キュリオはジェニファーを褒め、それにジェニファーが嬉しそうに反応したのを「機嫌を損ねた」と勘違いして慄いている。

 まあ猛獣だもんね。しかもモンスターを生きたままつまみ食いしてるとこまで見たもんね。怖いよね。

 でもいい子なんだよ彼。


 現時点で、僕たちの方はさほど致命的な負傷や消耗はない。

 クロードや僕、それにジェニファーが幾度か敵の攻撃を貰っているが、僕とクロードは防具がよかったために大事に至らず、ジェニファーはその体躯の大きさに見合って頑丈さが段違いなので、軽く治癒術をかけてもらっただけで問題なく戦闘継続できている。

 が、エラシオパーティの方は何度かちょっとエグい負傷をしていた。

 トーレスが腕を引きちぎられ、マルチナは脇腹に触手が突き刺さって大量の毒を流し込まれ、ドドンパさんは顔面に噛み付かれて顔の下半分食いちぎられている。

 が、それぞれマード翁が「ワシがいなかったらアウトだったかものう」と言いつつ鼻歌交じりであっさり完治させてしまった。

「……マジかよ。俺の腕あそこに転がってんのに……くっつけるんじゃなくて生やしちゃうのかよ」

「絶対死んだと思った……っていうかもう死んでた。一瞬」

「なあ、ヒゲは治んねえのかい? アゴがツルツルなのガキの頃以来なんだが」

「毛は駄目なんじゃよ。駄目なんじゃ……」

 ドドンパさんがヒゲをまるごと失ってドワーフらしからぬ顔貌になってしまい、なんとも言えない雰囲気が漂ったりしたが、マード翁の戦線維持能力は改めてとんでもないな、と思う。

 心さえ折れなければ、これはほぼ不死身だ。


 そして、仲間たちがそんな壮絶な状態になる中、エラシオは相変わらず負傷しない。

 もちろん引っ込んでいるわけではない。むしろ突出気味で敵に集中攻撃されているのだが、恐ろしいことになんの魔術も魔導具も使わず、しかも騎士鎧を身に着けたままで、あらゆる攻撃をかわしながら戦い抜いている。

「ありゃもう異能だな。後ろに目がついてるどころじゃねえぞ。今までいろんな奴見てきたが、あんな避ける奴見たことねーわ」

「ユーでも……?」

「アタシもどっちかというと避けるタイプだが、マードがいる前提で諦めて食らうのとか込みだったからな。あれもう矢の雨降っても当たりそうにねーじゃん」

 ユーカさんが感嘆する。完全に彼は別格のようだ。

「そういうタイプの特殊能力とかあるのかなあ……“邪神殺し”みたいな」

「さーな。目とか光ったりすれば分かりやすいんだけど」

 観察したがそういう気配はない。

 しかし素でやっていると考えるには異常な光景だ。

「おい、そこをどけ! 一掃する!」

 僕とユーカさんが慌てて横によけたところで、アルベルトが大魔術を発動し、エラシオのいる前線に向けて一直線に太く青白い閃光を照射する。

 巻き込んでるんじゃないか、と思ったけど、光が消えるとエラシオは危なげなく射線を外れて立っていた。

「もろともに撃たなかったかお前?」

「エラシオが当たるわけがない。追尾効果あるやつでも避けるんだぞあいつは」

「……やっぱ異能だろそれ」

 ユーカさんは低く呟く。

 一般的に追尾効果付きの魔術はほぼ必中と言われている。

 そりゃ有名にもなるよな、と納得しつつ、僕たちは次の敵が集まらないうちに先を急ぐ。

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