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突入初戦

 ダンジョンはとにかく入り際が怖い。

 モンスターたちにしてみれば入ってくる場所は明白だし、こっそり、というわけにはいかないのだ。

 搦め手も何もない。その瞬間、距離的に集まれる限りの戦力が集中してくる。

 最初の戦闘がとにかく激戦になることは避けられない。

 僕たちがエラシオたち先陣に続いてダンジョンに入ると、眼前でそれが展開されていた。

「ドドンパ! 前に出過ぎるな! キュリオたちを守れ!」

「こっちよりテメェの心配しろエラシオ!」

「アルベルト! 魔術で何とかできない!?」

「近すぎる! もう少し押し返せ!」

 迫るはパワフルなオーク、それよりさらに体が大きいハイオーク。さらにはその隙間を縫って触手生物(テンタクラー)の攻撃も垣間見える。

 入ったその場はそれなりの大部屋となっており、まだまだ通路の奥からモンスターが来そうだ。

 エラシオはあえての事か、敵の包囲の只中に飛び込んで集中攻撃を受ける。そちらに気がいっている敵をトーレス・マルチナがサイドアタックを仕掛ける形で襲い、敵の数を減らしにかかっている。

 本来なら斧使いのドドンパさんも突撃したいところだろうが、敵の数と陣形をコントロールできていない以上、後衛に向かってくるモンスターを警戒しないわけにはいかない。

 後衛の二人は一撃でも貰ったら手遅れになる。絶対にうっかりは許されない。

 結果として戦力は半分機能していない。

 敵をもっと突き放せればドドンパさんもアルベルトも火力に加わり、本来の殲滅力を発揮するのだろう。

「おーおー。派手にやっとるのう」

「へー、エラシオすげーな。あの囲まれぶりで掴まれも殴られもしねえのかよ」

 マード翁とユーカさんは完全に見物モード。

 僕たちもまあ、いきなり手を出すのははばかられるのでまずは様子見だ。

 お互いに分担をしないまま、いきなり剣を振り回して乱入すると、とっさの判断の連続する戦闘中は同士討ちの危険が高くなる。

「今」「ここ」で「そこ」に仲間はいないはず、と思えば、よく見ずにとりあえず攻撃してしまうのはよくあることだ。

 充分に戦域が広がるか、あるいは勝利か敗勢かで一区切りついてからでないと、飛び込むわけにはいかない。

 今手出しができるのは弓と魔術のファーニィくらいか。

「適当に撃っときます?」

「まあ焦るな。“燕の騎士”の手並みを見てからでもいいだろう」

 アテナさんに制されて矢を筒に戻すファーニィ。

 キュリオ嬢はせっかくの援護を強く要請したものか、黙っているべきか、オロオロとしているのが視線からわかる。

 アルベルトはさすがにそこまで狼狽えていない。

「ドドンパを前に出してもいいかな? 俺たちの護衛を君らに任せることになるが」

「おいアル坊! ウデのわからん奴らに命預ける気か」

「問題ない。少なくともアテナ殿はトーレスより数段強いだろう」

「……だろうけどよ」

 僕は了解の意思を示すジェスチャーをする。

 アテナさんと、念のためクロードを相手方の後衛の前に行かせる。

 僕、ファーニィ、マード翁は多少距離を置いて待機。ジェニファー&鞍上の二人は今のところ積極参戦はなし。

 そしてドドンパさんが参戦して四人になったエラシオたちは、ようやくギクシャクした膠着状態から攻勢に入った。

 エラシオ以外の三人も僕たち水準で劣るということはないが、エラシオの回避力と攻撃の巧さが圧巻だ。

 背後からの攻撃や掴みの手をすら華麗にかわし、そんな体勢から出せるのか、という予想外の一撃を置き残す。

 ムキになった敵の攻撃が同士討ちにさえなる。

 それで仲間割れしてくれれば御の字なのだが、さすがにダンジョンにおける「モンスター同士は攻撃しない」というルールはここでも健在らしく、それ以上には発展しないのが残念だ。

 そのエラシオの曲芸のような回避術に敵が目を奪われたところに、仲間たちの攻撃が包囲を打ち崩す。

「完全にワントップの作戦だな。とにかくエラシオが先頭に立って、後ろの奴らは柔軟に援護する……ってとこか」

 ユーカさんがそう評すると、アルベルトは応じるように。

「燕の名は伊達じゃない。身軽さと剣速がエラシオの絶対的な強みだからね。その分の打撃力の不足をトーレスやドドンパが、そして手数と細やかさはマルチナが補う。そういうパーティだよ、俺たちは」

「で、お前さんが大物や曲者対策ってわけか」

「あいつらだけでは非実体アンデッドや手の届かないモンスターが出ると大変なことになるからね。まあ、俺が働くのは緊急事態ということではあるね」

 あくまでクール。パーティに一人はいて欲しい、模範的なタイプの参謀だ。

 そして、それを見てファーニィはというと。

「ほぼ一人で、ああいうの(・・・・・)からレイスから大物まで、全部お任せのアイン様ってすごいですよねやっぱり」

「いや、そういうのは今言わないでよファーニィ……変に気を持たせるじゃん」

 その言い分だと、エラシオパーティのほぼ全員分の働きが僕一人で足りる、みたいな妙な煽りに聞こえる。

「実際リーダーならやれるよね、あの程度の群れは。スパッと」

「ガウ」

「あんま雑魚ぶる必要ねーぞアイン。もうオシゴトの時間なんだから実力見せていけ」

 ジェニファーとその上の二人も煽ってくる。

 しまいにはアルベルトも妙な薄ら笑いで。

「ちょうどいい。多頭龍(ヒュドラ)狩りを成し遂げたという実力、見てみたいと思っていたんだ」

「……やるなら一区切りついてからじゃないと。味方が展開してるところでは危ないんで」

「へえ。あの実力のエラシオたちさえ邪魔……ってことかい?」

「実力がどうとかじゃなくて、戦い方として大雑把だから」

 メガネを押しながら、なんとかその場を凌ごうとする。

 しかし、そんなやり取りと裏腹に、いよいよ近隣から敵が集結してきていた。

 ゴーレム。オーク。ホブゴブリン。トロール。あと種類は定かではないけど熊だの狼だの虎だの、四つ足のモンスターも何種類も。

「エラシオ! いったん引け! お前はともかく他の三人が危険だ!」

 アルベルトが叫ぶ。何体目かのハイオークの喉笛を切り裂いたエラシオは、宙返りしつつほかの仲間と合流してこっちに駆け戻る。

「済まない、処理しきれない。ゲート外で誘って叩くか?」

「いや、こちらの鬼畜メガネ氏の実力を見せてもらえるそうだ」

「……こういう流れでやるのは不本意なんだけどね」

 僕は溜め息をつきつつ、また新たな姿になった愛剣を鞘から抜き放つ。

 12センチ。指一本分か、それより少し長い程度。

 大した差ではない、とも思うが、しかし実際に持ってみると随分違うように思える。

 短くなった愛剣は、確かに片手で振るのに最適化されている印象だ。

「それじゃあ……全開でやるから、取りこぼしはアテナさん、クロード、よろしくね」

「うむ」

「任されます」

 魔力を満たし、少し引く。

 今のこの剣の魔力容量を感覚で覚える。

 満たしきらず、半分より少し多めに。


「……『オーバースプラッシュ』!!」


 魔力充填速度を調節し、剣を振るペースと同期することで最大限の威力と最高速の連射速度を両立する。

 エラシオたちを襲っていた一団をまとめて胴斬り。近寄ってきた新手には二、三度、角度を変えて避けにくくした斬撃を振り、また次の新手に。

 一通り振り終わると、射程外にまだ留まっていた奴がこちらに飛び道具で反撃とばかりに火炎弾を放ってくる。

 それを目くらましにしてこちらへの距離を稼ぐつもりか。剣で切り裂くことに固執すると、視線が振れるのと明暗差で数瞬ほど時間を稼がれてしまう。

 が。

「この程度なら……!」

 空いた手に魔力を集中し、回転させる。低出力でも高速回転させることで周辺魔力への干渉力が増える。

 軽い魔法への対抗なら、これで充分。

 それを使って、飛んできた火炎弾を視線を向けることなく払い落とす。

 こちらにいくらも迫れていないモンスターを、僕は改めて「オーバースラッシュ」で斬殺。

 あとは取りこぼしは……っと。

「……もういないかな。見える範囲には」

 静寂が戻る。

 剣を鞘に戻して振り返ると、いぇーいと盛り上がるこっちのパーティと、自分の目を疑っているらしいエラシオパーティの温度差がすごい。

「……おい。今俺が見たのは現実か……?」

「え、あの……あのハイオークもゴーレムも、本物……だった、わよね?」

「……ありゃあ本物だぞ、エラシオよぅ。あれなら多頭龍(ヒュドラ)も物の数じゃねぇ」

「俺たちがオマケになっちまわないか……?」

 一人、エラシオだけはあまり驚いていない。

「ま、水竜(アクアドラゴン)や火霊騎士団長とやりあった猛者なら不思議でもないさ。……バラバラってのがここまでとは思わなかったが」

「あまり何度もこういう立ち回りはできないんで、そこはよろしく」

 メガネを押しながら、念を押す。

 魔力的にはいきなり三割近く減っている。リノに補給してもらうべきか。

「“鬼畜メガネ”……なるほどな」

「いや、そんなに納得する感じありました?」

「この虐殺をしてテンションが変わらないあたり、本物感あるよ」

 エラシオに言われてちょっと凹んだ。

 いや、結果は予想通りだったんだから、それはテンション上がりも下がりもしないです。

 ……変な感じに慣れてるのがいけないのか。でもどういう態度取ればいいんだ。

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