広場の地下のダンジョン
それから数日後。
僕たちは王都の東にある中規模都市クエントにいた。
周辺に田園の広がる、どこから見ても普通の都市、というのがこの街の第一印象。
とりたてて兵士が目立つわけでもなく、かといって危ないというほどでもない。商売があまり盛んなようにも見えず、しかし寂れているようでもない。
今までの旅の途中でも、地名も認識せずに通り過ぎてきた街々、といった感じだ。
まあ、特徴の強い街はトラブルも引き寄せられる。いつか冒険者をやめて定住するとしたら、こういう街がいいのかもしれない。
僕たちがここに来たのはもちろんエラシオたちを手伝うため。
せっかく王都に戻ってきたばかりなのに、と誰かゴネるかと思ったが、その場にいなかったクロードやリノも特に反対はしなかった。
実際、王都に留まる理由がそんなにない、というのもある。
王都でしかできない事というのは高級な買い物とか情報収集だが、それはあまり長期間かけるものでもない。
クロードはそもそも貴族なので、モノに囲まれた都会暮らしは「退屈な日常」でしかなく、双子姫のご機嫌伺いが済んだら別に、という温度感。
リノもジェニファーに窮屈をさせる王都滞在はあまり長くしたくない、という意向。実家であるサンデルコーナー家も王都近郊らしいので、王家から口添えがあったとはいえ関係者との鉢合わせは気まずいし。あとほっとくとジェニファーがアテナさんのオモチャにされがちだし。
そして、ダンジョンアタックは僕の強化計画の素材を漁るのにちょうどいいし、何よりエラシオパーティが巷で評判の実力者だ、というのがみんなの興味を引いたようだった。
ヒューベル王国内でも多くの注目を集める次世代の強豪。
僕たちにとっては、ちょうどいい物差しといえる相手……かもしれない。
たとえば多頭龍退治が彼らにとっても驚く実績なのは確かだが、それを成し遂げられたのはマード翁やユーカさんがいたから、という側面も確実にある。彼らが「勝てる相手」だと判断したから僕たちは自信をもって挑めたのであり、いなかったら冷静には戦えなかっただろう。
そういった下駄もなく、名のあるパーティというのがどういうものなのか。
ひいては、僕たちはどの程度自信を持つべきなのか。
それぞれ能力と経験が著しくバランスを欠くメンバーばかりの僕たちは、未だに己自身が見えていない。
そういう意味で、他人の戦いぶりを見るのはいい機会だ、という考え方もあり。
そして、単純に組むにしても、安定した実力を約束された彼らなら安心できる、というのもある。
これまで共闘した相手は、せいぜい半壊したマキシムパーティと、本格的に戦力編成したわけでもない温泉冒険者たちくらいなので、まともに肩を並べて戦った、とは言いにくい。頼れる相手と助け合う経験がしたいのだ。
「冒険らしい冒険ってモンじゃねーか。情報のないダンジョン、ワンチャンスに懸ける作戦……実にアタシ好みだ」
ユーカさんはとてもニコニコしている。こういうのがやりたかったらしい。
考えてみれば、最近は物足りないシチュエーションが多かったのだろうな。彼女的に。
「そのダンジョンって封鎖し直して終わりってわけにいかないの?」
リノが彼女の後ろから質問する。いつものようにジェニファーに二人乗りだ。
「潰せるなら潰しておいた方がいいだろ。封鎖術式は何年間確実に保つって言えるもんでもない。ちょいちょい様子見しながら怯えて暮らさないといけねーしな」
「そっか……」
「何より、平和だと思ったから住んでる、って住民にしてみりゃ、ダンジョンがあるってだけで街を捨てる理由にもなる。できればさっさと排除しちまいたいのさ、領地を預かる連中にしてみりゃよ」
「ふーん……そういうことなら、思ったよりは切羽詰まってない、のかな」
「潜る方にとっちゃそんなの関係ないけどな。何が出るかわからねえ、どれだけ深いかもわからねえ。やたらと時間もかけられねえ。……難易度もわからねーなら、ヘボい奴らじゃ連れてもいけねえ。ああ、本当にアタシらはちょうどいい相手ってこったろーな」
「うーん……今更だけど乗っちゃってよかったのかな、この話」
「アタシらとしちゃ気楽なもんだろ。なんせ幹事はアイツらなんだ。こっちが無茶して前を張る必要はねえ。マードとファーニィの治癒術だけでもありがたがるだろうし、ヤバければアインたちにお鉢が回ってくる前に撤退するだろ。こっちは悠々と素材拾いでもしながらついていきゃいいさ」
「……それもなんかタダ乗りって感じでやだなー」
「取引取引。お互いリスクとリターンがある、健全な交換条件だ」
ユーカさんは気楽に言うが、彼女が「冒険らしい冒険」と言うからには、そんな楽には済まない可能性というのも、もちろん念頭にあるだろう。
眺めているだけの簡単なお仕事なら、彼女が喜ぶはずもない。
「油断はするなよクロード。あと心配ないと思うけどアテナさんも」
「もちろんです」
「こうも早く、遺跡に続いてダンジョンも体験できるとは。ツイているな、私は」
二人に一応釘を刺しつつ、僕たちはダンジョンがあるという街の中心部に向かう。
街の真ん中には大きな広場があり、市民が憩いの場としていた。
「ここの真下になるのですがね」
広場を一瞥すると、その近くの小さな風車小屋の中に案内してくれる領主の息子だという青年。
「ここから階段でしばらく下りた場所です。……この風車を誰が作ったのか、なぜそんな地下のダンジョンにわざわざアクセスしたのか……全く記録が残っておらず」
「あるいはわざわざ記録を捨てたのかもしれんの。よくあることじゃ」
マード翁が呟く。
「よくあることなんですか」
「こういう危ない案件じゃとのう。記録が明るみに出れば、結局誰が悪いっちゅう話になるじゃろ。それを嫌がって存在自体見なかったことにしよう、なんてのは別に不思議な事でもない」
「それで将来どうなるとしても?」
「どうなるとしても、じゃ。誰も彼も十年百年先の帳尻合わせを気にしとるわけではない。対価を払うのは自分以外の誰かでしかないなら、ワシゃなんも知りませーん、ってのも手のひとつにはなろう」
「…………」
「なぁに、なんもかんも想像じゃよ。ワシらにしてみりゃ商売繁盛、結構な事じゃ」
マード翁はおどける。領主の息子は「……これだから」と小さく呟く。
記録を失ったのは領主の方の問題なのに、マード翁の態度の方に嫌悪感を見せるのか。
少しカチンと来てしまうが。
「そう、これだから杜撰な管理は良くないんじゃよ、青年。大事なものを見落とし、あるべき記録をひとつなくしただけで、こうも怪しい冒険者に頼り、安くない金を払い、弱みを握られることになるんじゃ」
「っ……」
「いい統治者になりたいなら、今回のことをよく教訓にするんじゃよ。失策から学ばぬのは愚か者じゃ」
「……冒険者などに言われるまでもない」
「カカカ。言ったからには取り組まんと恰好がつかんぞ?」
一瞬剣呑になりかけた空気を、うまく自分のペースで収めてしまう。
さすがの年の功だ。
……それはそれとして、やっぱり冒険者ってのは「そういうもの」なんだよなあ、という思いも強くなる。
歓迎はされない。まともな側から見れば、どこまで行っても素性の怪しい粗暴な連中でしかない。
……僕はともかくユーカさんやリノは、早く足を洗わせてあげないとな、と思いながら。
「封鎖術式を解除する。といっても、もういくらも保たないが」
エラシオパーティの魔術師アルベルトが、地下最深部にあるダンジョン入り口を塞ぐように浮かんだ、まるで大きな水銀の滴のように艶やかな謎の球体に手を触れる。
弾ける。
一瞬で、ドワーフも身を屈めなければ入れなさそうだったダンジョン入り口が、オークでも楽々通れる広さにまで広がった。
ついで、その内側の空気がズワッと「こちら側」に吹き出てくる感触。
身が引き締まる。
「行こう」
エラシオが自分のパーティと頷き合い、先頭を切って中に踏み込んでいった。




