燕の騎士エラシオ
「そんな大活躍をしている冒険者がいるなんて知らなかったよ。同業の噂には耳聡いつもりだったんだが」
「僕が上手くいき始めたのは本当に最近なので……無理もないです」
鎧の点検をドラセナに任せて、有名冒険者エラシオとしばし歓談。
有名と言ってもユーカさんの最強の座を脅かすようなタイプではなく、その手前の段階というか……「地方のエース」といった感じの噂だ。
感触としては「まだ成長の余地を残すが、このままいけば大物だろう」といった具合。
……それぞれの縄張りにそれぞれの序列があり、日々激しく競い合っていて、誰もが認めるトップとなれば自然と功績や特徴を示す「二つ名」で呼ばれたりもする。それが冒険者業界だ。
ユーカさんの“邪神殺し”もしかり、アーバインさんの“女ったらし”も、まあその類。
といっても、ひとつのパーティにそんなに何人もいるのは稀な話。
なぜかといえば、例えば大物モンスターを討伐したとしても「誰がやった」という話になると、「〇〇パーティがやった」とリーダーの名に集約されるものだからだ。
つまり、旧ユーカさんパーティは、パーティを組む以前からそれぞれ単独で「二つ名」に値するほどの腕を示していたというわけで。
そういう意味でオールスターといった趣があり、誰も最強であることに異を唱えはしなかったのだけど。
「普段はどこで冒険しているんだ? 王都は冒険者の仕事は多くないはずだし」
「まだ巣は決めかねてて……修業中というか。元々はゼメカイトにいたんですが、そこを離れてから力が付き始めたもので」
「ゼメカイトか。俺も行ったことがある。あの“邪神殺し”のいる街だろう?」
「……ええまあ」
その本人が僕のパーティにいますが、と説明すると話がやたら長くなってしまう。とりあえずは流そう。
「しかし、多頭龍と戦える冒険者が『まだ修業中』とは理想が高い。何と戦うつもりなんだ」
「多頭龍も僕が倒せたわけじゃないです。あとドラセナが言ってた水竜討伐だとかローレンス王子と云々は誇張なんで。ローレンス王子には全然歯が立たないし水竜倒したのは僕の仕業じゃないです」
「謙虚だな。冒険者ならそこは訂正するもんじゃないだろう。特に同業には、自分を小さく見せてもいいことなんてないだろ?」
苦笑するエラシオ。
……まあ彼の言うことももっともで、逆にわざわざハッタリを言いふらす冒険者も決して珍しくない。
強いものと思われていた方がナメられ辛くなり、小さな序列の上下で争う冒険者同士のいざこざを避けることができるし、酒場で指定依頼を回してもらえる可能性も上がる。
自分で盛る奴がいるくらいなので、わかっている人間は割り引いて判断するし、所詮冒険者は気ままに仕事するものなので、仮に盛り過ぎた噂による無茶ぶり依頼なんかあったとしても、断って何ら問題ない。
……とはいえ、僕としてはまだ「強い」と思われるのはちょっと怖い。
剣術を多少齧ったって喧嘩は相変わらず弱いだろうし、万一とは思うけど変な力試しでも挑まれたら酷い目に遭いそうだ。
それに、あのロナルドがどうにかして僕の噂を掴み、そろそろ刈り取る頃合いだ、と判断して飛びついてきたりしないだろうか。
……いらない心配だとは思うけどね。
「“鬼畜メガネ”が定着してるなんてここで初めて知りました……」
「鬼畜というほど酷いやつにも見えないが。何かやったのかい?」
「……覚えた技がちょっと過激なんで、戦うとモンスターをバラバラにしがちなせいで、そう言われたことはあります」
「はは、バラバラか。君のその様子からはちょっと想像しづらいが……まあドラセナが名を覚えるくらいの相手だ。嘘ではないんだろうな」
「ドラセナとは付き合い長いんですか?」
「俺が子供のころからだよ。もう10年以上になる。彼女がわざわざ自分で武具を手がける相手となれば、飾りでしか身に着けないようなハリボテ騎士というわけじゃないのはわかるよ」
「……10年以上」
幼馴染ってやつだろうか。
「俺はこんなチビからここまで背が伸びたのに、彼女はほとんど変わってないんだ。そのせいか、今もどこか俺のことを弟分か何かだと思っているところがある」
「アンタを弟だと思ったつもりはないけどね。……武具にこんなオリジナルマークいちいち彫りつけようなんて、ちょっとガキっぽいなとは思ってるよ。ほい」
ドラセナはちょうど奥から出てきて、一揃いの籠手と脛当てをカウンターに乗せる。
「少しぐらいシャレてもいいだろう?」
「アチキから見ると服に名前を大書してるみたいでちょっとダサいよ」
「そこまで言うか?」
膝小僧の部分と前腕の部分に燕のシンボルマーク。
「……興味本位なんですけど、なんで燕?」
「ゲン担ぎさ。俺が旅立つ日に、当時の実家からちょうど燕の雛が巣立ったんだ。なんか運命を感じるだろ、そういうの」
……うわあ、かっこいいエピソード。
きっと彼の伝記とか書かれたらプロローグに書かれるんだろうな。
「アインのは一晩預けてくれるかい? 慌ててないなら二晩欲しいんだけど。間に合わせで直してあるところをちゃんとしてやりたいからさ」
「ああ、それならお願い。明後日取りに来るよ」
ドラセナにそう答え、ふと思いついて。
「ところで剣の寸を詰めるって、できるかな」
「そりゃもちろん鍜治場だからね。……と言いたいところだけど、古代武器とかだとちょっと断言はできないね」
「そんなんじゃないよ」
僕は愛剣をドラセナに渡す。
「これはあのエルフから預かってた……」
「元々はそんなに珍しくない剣らしいけど、いろいろいじった結果、変わった剣になってる……と思う。これの寸を12センチくらい詰めてほしいんだ」
数字はとりあえずアテナさんが言ったそのまんま。
僕自身が「その長さの剣が合っている」と確信してるわけじゃないけど、半端に詰めるよりは思い切った方がいい。それで戦法が変わるなら、合わせるまでだ。
「ショートソードにしようってんだね。この長さじゃ持て余すのかい?」
「両手で振る分には別にそれでいいんだけど、僕、最近魔術も覚えたし……魔導具とか二刀流も視野に入れると、片手で使えた方がいいんだ。元々あまり剣の重さで戦ってたわけじゃないし」
「はー……なんか聞くたびにゴージャスになってくねえ、アンタ」
「ゴージャスって」
「他に言いようが思いつかないよ」
……まあニュアンスはわかる。
魔術にしろ二刀流にしろ、そんな気軽に次々追加できる技能ではない。僕はいちいち持って回って言う必要もないので軽く言っているけど、聞く側にしてみると気ままに盛られていく料理のようにも思えるのだろう。
「おっけ、じゃあそれはジジイどもにやらせる。奴らこういうのは得意だから、鎧の調整と合わせて出せると思うよ」
「助かる」
剣も渡す。
……そして僕は丸腰だ。
いや、戦う必要のない王都だから別にいいんだけど。
……一応、完全に手ぶらだと不安だ。なんか代わりの武器借りられないかな、と少し悩んでいると、エラシオが肩を叩いてきた。
「せっかくだ、今日は一緒に呑まないか。なんだか本当に友達になっておいて損はなさそうに見える」
「え、えーと……」
「中央通り沿いの『桜の木の休息亭』って店にいる。奢るから気が向いたら来てくれ。そっちの仲間も呼んでくれていいから」
「……はい」
まあ、友達になっておいて損はない、というのは同感だ。
いざとなったらファーニィに任せれば、いい感じに場を取り持ってくれるだろう。
そう思い、僕は頷いていったん宿に戻った。




