工房での出会い
メルタを離れる旨をマード翁が口にすると、酒場の店主や馴染みの冒険者たちが口々に残念がった。
特にチューリップ嬢は僕らについてこようとするそぶりすら見せたが、ついてこられてもちょっと困る。
普通の基準で言うとかなりハードな冒険をしている自覚はあるし、チューリップ嬢の腕前も壁貼りの域を出ない。普段なら荷物持ちもジェニファーで充分だし、常に後詰冒険隊を率いるつもりもまだない。
トップクラスはまだまだ遠いが、一応、今の仲間たちはそれなりにレベルが高いのだ。
安易にそこに人を加えると、動きが鈍くなってしまう。
……というわけで、マード翁に何とか説得してもらった。
「若い子は思い込みが激しくてこわいのう。40歳も離れた爺ちゃんをなんか運命の人とか言っちゃうからのう。ああいう感じになるのが怖くてスキンシップせんかったんじゃが」
「いや無駄にサバ読むなよジジイ。控えめに言っても50歳だろうが。あとケツ揉みをスキンシップとか言うな」
「一般的にお尻を揉んで距離感が縮まることなんてなくないです?」
「それがたまーに特別な好意ゆえのアタックだと思っちゃう女の子もおるんじゃよなあ。ちょっと怖いよなあ」
「その辺の感覚わかってるくせにそれでもお尻に手を伸ばすマード先生がよくわかんないです」
「お尻やおっぱいを見ると気持ちが制御できないお年頃なんじゃ。殴られるくらいのコストならええかと思っちゃうんじゃ」
微妙なスケベ魂を熱弁するマード翁については放っておこう。
とにかくチューリップ嬢は今回は思い留まらせることができた。
ちなみにもう一人の親マード翁過激派であるナオさんは、他の土地では温泉掘れないのでここらを離れるわけにはいかないらしい。
……あれだけマード翁への愛(?)を熱弁していたのに、そっちが勝つってのもよくわからない人だ。
ナオさんの方はゴーレム応用技術が色々とすごいので、ついてくる熱意を示されたら断り切れなかったかもしれない。
それから王都まで一週間は特に事件もなく粛々と移動。
その間にも剣の稽古は続いていたが、アテナさんの「破天」は教えて貰えなかった。
「魔力切れ対策ができていないうちは試すのもやめた方がいい。気絶して翌日まで棒に振るぞ」
「そんなに」
「原理としては手にある剣の『概念』を拡張して仮想の超巨大剣を形成するわけだが、これが意外と難しい上に魔力を馬鹿食いするんだ。そこに“斬岩”を纏わせて初めて形になる。……概念核を素早く展開できないと、剣の実際の攻撃射程が伸びる前に魔力を使い尽くしてしまうんだ」
「……思ったよりテクニカルだったんですね」
「私も思ったようにいくまでに3年以上かかっている。慌てるな」
……僕の魔力操作能力なら、コツを掴めばできそうでもあるけど……しくじったら一日二日棒に振るってのは、今はちょっと痛いな。
リノに補給してもらうにしても、僕自身に意識がないと吸収不可能だ。
実用は遠い。
……というわけで、往路復路と遺跡での冒険を含め、大体三週間で王都に戻ることができた。
「王都はマジで久しぶりじゃのー。馴染みの店残っとるかのう」
「アテナの知ってた風評とか考えると、あんまり派手に遊ばない方がいいぞ、お前」
「その辺は弁えとるわい。できるだけこっそり遊ぶぞい」
移動中にすっかり体が小さくなったマード翁がニシシと笑う。
「……メルタではあんなに立派な体格だったのに、今ではこんなどこにでもいる老爺……改めて考えるとすごいことだな」
アテナさんはいつもの兜の奥から、マード翁のノーマルフォームに変に感心している。
「いつの間にか、って感じですよね……緊急時にはどれくらいであの巨躯になれるんですか?」
「僕が見た時は数秒くらいで一気に変形してたよ」
「……見たいですね」
「僕もあれは見せたい」
クロードとコソコソ会話。
まあ別にコソコソしなくもいい気はするけど、あんまり王都でマード翁の存在を喧伝してもいいことなさそうだから、あくまで外聞をはばかる意味で、ね。
「で、とりあえず来たは来たが……ここにみんな集めるんかいの」
「決めてねえ」
「……おい」
「まず相手が次どこに出るかわかんねーからなあ。一応フルプレの拠点ではあるし、情報収集にもいろいろ便利だから連れてきたが、ここからどう動くかはアイン次第だな」
ユーカさんはそう言って、どうする? という顔で僕を見る。
僕はとりあえず。
「僕はこれから鎧の修復。アテナさんとクロードはそれぞれ騎士団なり王城なりで最新情報を手に入れてきて。ユーはゼメカイトに手紙を書いて。ファーニィとリノとマードさんは……とりあえず今日は休憩時間」
「ガウ」
「……ジェニファーにも指示必要?」
「ガウ」
「ああ、確かに馬小屋また借りられるか微妙だよね……それじゃあ今日はアテナさんについてってくれる? 最悪風霊騎士団の関係施設を貸してもらえるかも」
「ガウ!」
……僕が指示している姿を、リノ、アテナさん、それにファーニィが怪訝そうな顔で見ている。
「なんでリーダーってジェニファーとそんなに意志疎通できるの?」
「やはりアイン君、キメラ語がわかるのかな?」
「絶対今のって普通に会話してましたよね。ジェニファーも全部わかってますよね」
いや、ジェニファーは頭いいから、食い下がってくるなら「自分どうしたらいいですか。いや、放置されると困るんですよ色々と。このまま夜になったらどこにいればいいんですか」と訴えてるんだろう、と彼の身になって考えてみただけで。
むしろなんでそんなに変な顔するのかわからない。彼喋れないだけでめちゃくちゃ知能高いの知ってるよね?
「9年ずっと一緒にいた私よりわかり合ってる感じがするのが納得いかないんだけど……!」
「いや、むしろリノは僕に『ジェニファーはこう言ってる』って通訳してくれてもいいと思う」
「わかんないわよ! なんでガウだけで今のやり取りが出てくるのよ!?」
「そこはわかろうよ」
リノはジェニファーへの愛情はともかく、ぼっちが長すぎて共感性が低いのかもしれない。
「さすがアインさんですよね」
「お前もお前で納得早すぎんぞクロード」
僕がすごいという方向にはやたらと理解が速いクロードに、冷静にツッコミを入れるユーカさん。
いや、ユーカさんももう少しジェニファーの知能の高さは信頼していいと思うんだよね。
宿だけ決めてそれぞれに散り、僕はドラセナを訪ねる。
もちろんドラゴンミスリルアーマーを見せるためだ。
一応現地修理もしてもらったが、設計者の彼女にとっては不本意な状態かもしれない。できるだけベストコンディションにしておきたい。
……と、工房には先客がいた。
「おや」
「……どうも」
互いに挨拶程度に声を交わす。
……騎士、かな?
それにしてはあまり見ない感じの形式の鎧だ。
まあ僕もそうだし、騎士団御用達とはいえ独特の技術で高価格かつレアな品を作るドワーフ工房なのだから、特殊な鎧を着てる客がいても、おかしくないといえばおかしくないか。
着ている本人も強そうだなあ、と横目で見ながら、店先に吊るされた呼び鈴……というか鐘を鳴らして来訪を告げると、しばらくして特徴的なてっぺん結びを揺すりながらドラセナが奥から出てきた。
「はいはい……あっ、アンタは!」
「鎧、今回は派手にぶつけたから見せに来たよ」
「なんだい、今回は何とやってきたんだい? デルトールでも壊さなかったのにどんな大物とやったら壊すんだか」
「なんか多頭龍と戦うことになっちゃってね……」
まあ壊れたのは多頭龍にやられたからというより、マード翁の必殺技のせいなんだけど。
……と、無防備に会話していたら、横で聞いていた騎士が怪訝そうに僕を見ている。
「……君は何者だ?」
「え、いや……何です?」
「多頭龍と戦うといったら一流冒険者の所業じゃないか。名の知れた冒険者ならぜひ挨拶したい」
「あ、あー……」
名はあんまり売れてないんだけどな。
というか、この人冒険者なんだろうか。
僕が言い淀んでいると、ドラセナがカウンターの向こうで胸を張る。
「はっはー、何を隠そう、この兄ちゃんはあのローレンス王子と互角にやり合い、あの王都を襲った水竜を仕留め、ついでに湖の向こうのマイロンでも大暴れした“鬼畜メガネ”ことアイン・ランダーズだよ」
「色々盛られてるしそれ僕の二つ名にされてんの!?」
「……はじめまして。俺はエラシオという。少しは名前を聞いたことがあると嬉しいんだが」
「あ、はい……」
騎士に差し伸ばされた手を握る。
エラシオ……エラシオ。
どっかで聞いたような。
……あっ。
「“燕の騎士”!?」
「ああ、よかった。これで聞いたことがないと言われたら恰好がつかなかった」
騎士は微笑んだ。
……いつかマード翁と話した、今話題の実力派冒険者の一人だ。




