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リノ、真実を知る

 宴会が終わって翌日。


 マード翁に確かめたところ、移動するための準備は一時間あれば終わるらしい。

 元々湯治に飽きたら次の場所に旅立つつもりだったから心配いらんわい、とのこと。

「ここに根を下ろすのかと思ってました」

「ワシ、こう見えて生粋の都会っ子じゃからの。田舎はたまに来るのがええんじゃ」

 ……そういうものか。

 いや、この人の経歴聞いた限りだと別に都会に未練がありそうでもないよな。

 もとより、ユーカさんの代わりに戦うための修行をしていたくらいだ。

 いつまでも安穏と過ごすつもりはない、というのを彼なりの言い方で言ったと思うべきか。

「それじゃあ僕の鎧が修理でき次第、王都に戻ろうか」

「リリーちゃん拾いにゼメカイト行かんの?」

「それは手紙で済ませようかと思いまして」

 王都にはさすがに「郵便屋」のサービスもある。

 僕らがパーティで動くよりも早くゼメカイトまで届くだろうし、リリエイラさんを捕まえるために数週間を費やすより、こちらはこちらで活動するべきだと思う。

「……リリーは呼ばない方がいいかも知れねーしな」

 ユーカさんが呟くように言う。

「え?」

「リリーは元々冒険しなきゃ生きられねえような奴じゃねーし、実際研究の方が肌に合ってるだろ。魔術師としちゃ一流だが、無理に戦わすこたーねえよ」

 そもそも魔術師の火力が活きる相手って大物とか群れとかだしな、とユーカさんは言う。

 ……まあ実際、相性はいいとは言えない、か。

 例の「謎の乱入者」は、ロゼッタさんの見立てでは邪神クラスだというが、それを捉えて倒すのに魔術が最適とは言い辛い。

 魔術は色々な使い道があるが、攻撃に使う場合は基本的には「一撃で相手を倒すか、少なくとも反撃が難しい状態にする」という前提で使う。

 そうしないと当然反撃されるし、肉体的に脆弱な魔術師がそれに耐えることは難しい。

 が、人間サイズの肉体に「邪神」と比較されるほどの力が宿るのであれば、一撃で倒すのも簡単ではない。

 大魔力で大規模破壊を起こすことはできる。しかし小さな的に無駄なくそれを叩き込むというのは魔術の苦手分野。

 ドラゴンを吹き飛ばすほどの魔術でも、人間サイズに向けて撃てば、大部分の威力は虚空に逃げてしまう。

 それでも倒せればいいが、「邪神」と称されるほどのモンスターなら望み薄だろう。

 そんな状況で、魔術師の彼女を直接参加させることのメリットはどれだけあるのかというと……うん。

「もちろん、アイツの知識や分析力は頼りになるけどな。それなら無理に合流しなくてもいい。……クリス含めて他のメンバーなら噛み合う可能性はあるが、リリーは頼らないって流れも考えてるよ」

「ふむ。まあ道理ではあるが……」

「何より」

 ユーカさんは真剣な目をして。

「戦力としてのアタシ自身を欠いたまま、無駄に全員集めたって同窓会以上の意味はねえ。あれはアタシを軸にしたパーティだった。アタシに足りないものを持ってる奴らが集まって、それで最大限に機能したからなんでもできたんだ。そうするわけにはいかない以上、他の軸を見つけて、そこにいる奴らで最善策を組み上げていくしかねえ。とにかく能力があればそれでいいって話じゃねーんだ」

「……まあのう」

 マード翁も少し悩ましい顔をしつつ同意。

 僕たち木っ端の身からすると、ユーカさんたちのような超一流の最強パーティなら、いくら軸であるユーカさんがいなくなったって総合力は充分高いだろう、と思ってしまうが……それでもやはり、お互いがいたからこそ、という場面は多かったのだろうな。

「質問」

 び、とリノが手を挙げる。

 みんなの視線が向く。


「……全体的にどういうこと?」


 さすがにユーカさんの正体について説明せずに引っ張り過ぎた。

 結局全員でユーカさんの冒険者としての功績やこうなった経緯、そしてユーカさんパーティ全員の話まで、その場で全部教えることになった。

 ……地味にアテナさんも「ほほう」という顔で聞いていた。特に僕にユーカさんが「力」を放り込んだあたり。

 この人にも適当な説明でなんとなく押し通しちゃってたな。


「つまりユーは……えーと、お酒飲みたくて嘘ついてたんじゃなく本当に24歳で最強のゴリラ女で」

「おう」

「リーダーにはその伝説の冒険者パワーが入ってて」

「全然活かせてないらしいけどね」

「ファーニィさんはそれにイタズラして殺されかけて」

「いやホントそこ説明する必要なかったと思うんですが!?」

「クロードは利用するつもりでパーティに入って」

「人聞きが悪い……」

「お爺さんはユーのお尻に興奮してると」

「前のゴリラケツよりは全然いいってだけでユーカのケツに特別な執着しとるわけではないんじゃが?」

 ……リノは大きく溜め息。

「思ったより三倍おかしい集団だった……」

「そのまとめ方だと確かに」

「いやアイン様納得しないで! 訂正してくださいよ!? 出会い以外は私すっごい良い子だったと思うんですよね!?」

「訂正しようにも事実は事実だから……特に間違った認識ではないから……」

 他の事実を教えることはできても、訂正すべき部分は今のところない。

 かなりおかしい経緯で集まった集団だというのも間違ってない。

「私に言わせれば、サーカス脱出のために突然泣きついた……という君とジェニファーもかなりおかしいと思うのだがね?」

 今のところ一番穏当な加入理由のアテナさんがリノに指摘する。

 この人は僕に剣を教えるために入ったわけだから何も……。

「ジェニファーもふらせないわよ?」

「なっ……!? それはあまりに無体ではないか!?」

 ……いや、違った。

 僕に剣を教えるのは、モフモフしたいし冒険者もやってみたい……という彼女の欲望のついでだった。

「一周回ってアーバインさんが一番まともだったかもしれない」

「女に付きまといたかっただけじゃん?」

「そうは言ってもユーやファーニィにそんなにネチネチ絡んだわけでもないし……なんにせよヒヨッ子の後輩を見守るためについてきてくれたわけだから」

 そう考えると、僕らがある程度育ったのを実感したあたりで、あの人もそろそろ潮時と思っていたのかもしれないな。

 女好きなところと多少ツメが甘いのはともかくとして、技術の出し惜しみはしないし、常に僕らの成長を優先してくれたし、すごくいい先輩だった。

 ……僕もいつか、ああいう先輩として後輩を育てられるだろうか。



 鍛冶屋に行くと、補修は終わっていた。

「いい設計だ。色々と見覚えのない形式だが、よくある部材で修理しやすいように工夫されてたおかげでなんとかなったよ。どこで買ったんだい」

「王都のドワーフ工房で……ドラセナって職人に仕立てて貰ったんです」

「ほー、ドワーフか。納得だな。ドラセナってのは初めて聞くが、いい腕してる」

 鍛冶屋の店主はしきりに褒めてくれる。

 これを彼女が聞いたら大喜びするんだろうな、と思いながら、また少し色が剥げ、あるいは一部分まるごと銀の肌が露出したドラゴンミスリルアーマーを身に着ける。

 異音はしなくなっていた。

「そんないい鎧、安くもないだろうによく買えたな。アンタ貴族にも見えないし、腕っぷしもそんなでもなさそうだが」

「……ちょっとしたコネがありまして」

 一緒に来ていたクロードが何か言いたそうにするのを目で制しつつ、僕は代金代わりの宝飾品を手渡した。

 最近では資産の持ち歩きもすっかりこれになってきた。

 雲の上だと思っていたけど、実際こうしないと重くて仕方ないんだよな、お金。

 ……お金預かってくれる商人、探そうかなあ。

 ロゼッタさんでもいいけど、今みたいな情勢だと接触するのも難しいから他を当たった方がいいかもしれないな。

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