温泉街に戻る
僕たちが上がると女子が揉めていた。
「何? どうしたの?」
……と、声をかけると、ユーカさんは肩をすくめ。
「マードの背中流したい奴が二人いるんで、女子の番までマードを入れておきたいって言い出してな……」
「なんでそんな……」
と思って顔ぶれをよく見れば、混浴賛成派がもちろんチューリップ嬢とナオさん、反対派はリノとキティさん。
ユーカさんはどうでもよさげな顔。……まあ川風呂の時なんか自主的に乱入してきたくらいだしな。
「エックスさんは何日もの荒行で疲れてるんですからいたわらないと!」
「うん。お酌もしよう」
「いくらおじいさんだからってそれはなくない!?」
「いやいや普通にヒくわ。誘惑するにしてもストレートが過ぎるでしょあんたたち」
そして誘惑に一家言ありげなファーニィはというと、まったくもってスンッとした顔で、僕らの入浴中にその辺で採ったと思われる山菜を下処理中。
「……あの議論加わらないんだ」
「温泉とか入りたくないんで私もう水浴びで済ましちゃいましたし。アイン様相手ならまだしもマード先生への誘惑とかどうでもいいですし」
「……あー」
そういえばお湯ダメなんだっけ。
で、当事者のマード翁は。
「そういやアイン君、ファーニィちゃんとどこまでいったん? そろそろチューぐらいしとる?」
「してませんしその予定もありませんが」
「なんでじゃ。めちゃくちゃ脈あるじゃねえの」
「一応仲間としては頼りにしなくもないですけどね」
初対面の時に剣盗んでユーカさんを昏倒させるという暴挙は忘れがたく、それ以降の露骨な媚びっぷりもどうも信用ならない。特にそこから僕の見解が変わるようなことはなかった。
……まあ冒険者として認めて以降、あからさまな背信をしたわけでもないから、強引に追い出すのもおかしな話。
ファインプレーも多くあったが、それは僕への好意がどうという話でもないと思う。
僕たちの冒険についてくるメリットは依然として多く、その天秤がひっくり返ったら急にいなくなってもおかしくないな、と思っている。
……まあ、そういう警戒感を直接口には出さないけど。
「さすがにそろそろ信用してくれてもよくありません!?」
「楽しそうに生きてるなあとは思うけど、個人として君にそこまで深入りしたくはない」
「これですよ! すっごい純朴な雰囲気出しといてこれですよ! どう思いますマード先生!?」
「……なんか君らはそれでええ気もしてきた」
「よくないですよ!? 冒険! 栄光! ロマンス! の英雄譚基本セットを何と心得てます!?」
それを全部君とやる必然性もあんまりないと思うんだ。
「っていうかマード先生、なに他人事みたいな顔でこっち来てるんですか」
「ワシあの子らと混浴するの? 地獄じゃない? そもそもワシ充分浸かってきたんじゃけど。もうメシ食って寝たいんじゃけど」
「私にそれを言っても仕方ないじゃないですか」
「アイン君、干し肉と酒だけもらってええかのう」
「……どうぞ」
食材樽を漁って渡した。
この調子だと夕食は遅くなりそうだし。
結局女子の議論がどうなったのかは僕も知らないが、マード翁はそのまま大いびきをかいて寝てしまったので無意味に終わったのは間違いないだろう。
……いや本当、こういうのは街で落ち着いてる時に個人同士でやって欲しい。
冒険中にそういうのが進展しようと破綻しようといい事は何もないと思うんだ。
数日後。
帰路には特に何事もなく(やはり野生動物がちょろちょろと出たが、マード翁まで加わったら「食材が向こうから歩いてきただけ」扱いだった)無事にメルタの街に帰還する。
「お疲れさん。そんじゃみんなで宴会でもするかの」
「その前に鎧の修繕と稽古しなきゃなんで」
「真面目じゃのう。街に帰った日ぐらい羽根伸ばすもんじゃろう普通」
「油断してるといつロナルドの時みたいな緊急事態が起こるかわからないですから」
「トラウマになっとるのう」
どうも多頭龍の上からぶっ飛ばされて以降、動くと鎧から今まで鳴らなかった異音がするようになっていたので、帰りは脱いでナオさんの荷車ゴーレムに乗せてきた。
それを鍛冶屋に見せに行く。
それが済んだらアテナさんの指導による稽古をこなし、宴会するとしてもそれからだ。
あ、ジェニファーを宴会に入れるわけにはいかないから、彼用のご褒美肉も肉屋に頼みにいかないと。
後詰冒険隊への報酬の後金は酒場に預けてあるからいいとして。
明日には町を出て王都に行く……行けるかな?
マード翁はここに腰を落ち着けているわけだし、さすがに急に引き払うのは難しいかもしれないな。
「リーダー!」
「うん?」
色々考えながら荷車ゴーレムから荷下ろししていると、リノが声をかけてきた。
「この前の話なんだけど」
「この前って?」
「あの『フォースアブソーブ』を応用するとかって」
「ああ……そういや」
キャンプに帰ってからその話をするつもりだったのに、温泉でどうのこうのと騒いだせいで忘れてしまっていた。
「あれなんだけど……いくつか考えがあるから話していい?」
「ちょ、ちょっと待って。ユーカさんとかアテナさん交えて話そう。マードさんも」
マード翁はともかく、ユーカさんたちは荷降ろしを男連中に任せて宿探しに行ってしまった。
魔力問題は僕だけが聞いても話がわからない可能性が高い。そして、実用面に関しても魔力剣技の先達であるアテナさんがいてくれた方が話が進むだろう。
というわけで慌てて作業を終え、彼女らを再び捕まえに行く。
「まずリーダーの『魔力吸収』なんだけど。例えばそのへんの空間の魔力を普通に吸えるんだったら、欠乏するのはおかしいのよね。息が詰まったら当然本能的に吸おうとするでしょ? 魔力だって足りなくなったら、身体が勝手に吸おうとするはずだし」
「うん、まあ……そうなのかな」
「『フォースアブソーブ』は、発動すれば空間でも他人でも任意の物から魔力を吸い取るけど。多分リーダーのそれって何か吸うのに条件があるんだと思うの。まずそれを調べないと」
「う、うん」
リノの仮説を聞き、まずは剣への魔力注入と、それの回収をやってみせる。
「じゃあ、これでやってみて」
「これ?」
リノが渡してきたのは、ステッキ。
リノが重量物浮遊などの魔術を発動する時に使っている物だ。
何の気なく込めようとして……入らない。
「?」
「もう私の魔力入ってるんだけど、それ吸える?」
「……えーと」
やってできなくはない……と思う。
他人の魔力が入ってるものを使う。水竜戦でユーカさんに魔力をたっぷり込めた剣を渡して使わせたこともあるのだから、無理ではない、はずだ。
「それができるなら、最低限、魔力欠乏の緊急回避はできるってことになるわ」
「……あ、そうか」
仲間からの受け渡し。
その発想はなかった。




