現地温泉にて
結局妥協案として、男衆みんなで入ることになった。
これならナオさんも乱入できないのでマード翁も安心。
「随分広く作ったもんじゃのう。こんなとこの温泉なんてそうそう維持作業にも来れんじゃろうに」
マード翁がそう言うくらいに広い。
超モリモリになったマード翁に僕、クロード、そして後詰の方のウォレンさんにセドリックさん、さらにはジェニファーまで一度に浴槽に入ってまだ余裕がある。
「『使い捨て』だからこそ夢の風呂にするんじゃねえか。掃除まで考えたらこんなデケェ風呂はもってのほかだが、あとは放置と割り切れば好きなように凝れるってもんだ。建材や労働力はナオの魔術とゴーレムだしな」
と、渋い中年冒険者ウォレンさんが上機嫌に答える。
彼とマード翁はどうも他とはまた違う関係性を感じる。
「ウォレンさんってマードさんとは知り合って長いんですか」
「おうよ。……この爺さんが『邪神殺し』の一行に加わる前に、多少組んだり組まなかったり、って感じだ」
「待ってくれウォレン。この人あの『邪神殺し』のパーティのマードだってのか?」
セドリックさんが少し愕然とした顔をする。
「それはさすがに気づけよ。知ってりゃ一目瞭然だろう。こんなトンデモ治癒師がそうそういてたまるか」
「いや、アンタがそんな有名人と知り合いだなんて思わなかったんだ」
「お前さあ……まあ確かに俺自身はパッとしねえけどな」
苦笑するウォレンさん。
「安定感はあるがのう。イマイチ華がねーんじゃよなウォレンは。能力的にも性格的にも」
「それで長年生き抜いてきたからな。今さら変われんさ」
バシャッと熱めのお湯で顔を洗うウォレンさん。いちいち所作に渋みがある。
「しかしそれにしたってどうなんだ? マード爺さんがあれだけ奇跡起こしまくってるのにあのマードだと気づかないなんてあるか?」
「何か起きるのは俺がいない時ばかりなんだ。チューリップやブラッドリーが突然治ったっていうのも見ていないし、山賊騒ぎの時も俺が山の集落で泊まり込み湯治してた時だった」
「……お前ホント間が悪いんだなセディ」
どうやらセドリックさんはそういう妙な悪運の持ち主らしい。いいんだか悪いんだか。
「それにしても、不思議です」
輪には加わりつつも、上流階級出身なせいか、微妙に空気に馴染み切れない感のあるクロードは、それでも果敢に話に入ってきた。
「アテナさんやユーカさんから聞いた話では、マードさんは随分な悪徳冒険者という印象を受けたのですが、こうして接してみるとそんな感じは全く受けません。何故そんな風評が……」
「ユーカまで適当抜かしとるのか。……まあユーカじゃから仕方ないか。悪徳ちゅーのはあれか、金に汚いとか女好きとかその辺か」
「……はい」
「そりゃ宗教やっとった時分は金なんてロクに取らずに朝から晩まで治癒しとったからの。そこから急に金取り始めたら、タダのつもりで来た客はキレるわな」
「……どうして急に、そういう……」
「ワシなー、生まれた時から宗教系の施設で育ってなー。物心ついた時にはちんちんもがれとったんじゃよ」
突然マード翁はエグい話を始めた。
思わず全員がマード翁の股間を見てしまう。ジェニファーも見た。
ちゃんとついている。
「ちんちんついとると頭が悪くなるし女に惑わされるし気も荒くなるから、ちゅーてな。ワシと同じような奴何人もおった。特別な使命がある選ばれたなんちゃらじゃて、そこらのアホな奴らとは違う人生を歩むためにそうしたんじゃ、って言い聞かされてのう」
「は、はあ……」
少し引いた顔をするクロード。
まあ、うん。僕もちょっと引いてる。
そういう……そういう育てられ方をする子供というのが有り得るのか、という。
「まあ、そういうもんと思っとった。特にワシは治癒術の新しい発動法なんか見つけちゃったりする天才じゃからの。そういう凄さが芽を出せば出すほど、ちんちんもがれたのが正しい処置で、ちゃんと効果を発揮した……と勘違いするわけじゃの。……その裏でまともな人間としての色々なものを奪われとったわけじゃがな」
翁はひどく遠い目をした。
「じゃがの。そうして得意になっとったところにあの大聖女のばーさんが、ワシと同等以上の治癒術を独自に編み出して使いこなしとった……となると、色々話が崩れるんじゃよ」
「……大聖女アドリア……」
「別にあのばーさんは人に道を敷かれてそこに到達したわけではなかった。単なる信念、執念じゃった。……他人の欲目で尊厳を奪われ、大義を押し付けられ、都合のいい道具になって生きるような『特別さ』を、本当にテメェはいまわの際に誇るのかい? と、まるで海賊の親分みてーな顔で言ってきたんじゃ。とんでもねえババアじゃった」
「……え、そんな口調で喋ったんですか大聖女アドリアって」
「若い頃は清楚だったらしいがのう。ババアになる頃にはもう豪傑じゃったぞい」
それはともかく、と。
「その時は真面目キャラじゃったからなんとも答えられんかったがのう。……あのばーさんが死んでしばらくして、ふと思いついてちんちん再生してみたんじゃ。それでその時、もうええじゃろ、と思ったんじゃな」
腕組みをしたマッチョ老人は、湯けむりの中で遠い思い出を見つめ、眩しそうに、寂しそうに。
「損を飲み込んで真面目に生きとりゃ、周りはつけあがって勝手をするもんじゃ。腐った奴は見飽きておった。ちょっとした擦り傷を跡もなく治したいから、とワシに治癒させる金持ちがおる一方で、本当にその身を人のために張っとる奴らは遠くにおる。ワシを客寄せにした連中は金貨を寝床の飾りにして悦に入り、人を救う教えなんぞ忘れちまっとる。……そんな奴らの中でこのまま老いて、死ぬときに人生で何をしたと誇るのか。そう思った時に、まあとりあえず楽しく生きてみたくなったんじゃな」
「……な、なるほど……」
「ちんちん使ってみたくもなったし美味いものも食いたくなった。同じ助けるなら自分で助ける相手を選んで助けたくもなった。公平無私なんて言ったところで、結局なんとかできるのは手の届く場所だけじゃ。人間は時間も限られとる。他人の都合なんか気にするのはやめた。好きなところに行って心のままに手を出すことこそが、人生を誇って死ぬための唯一の道じゃと悟った」
そして旅立ち、今に至るわけじゃ、とマード翁は締めた。
「そんなワシの一念発起が気に食わん奴はいくらでもおるじゃろうな。金勘定なんか全部人任せじゃったから、値付けを始めた当初は治癒術に相当高値をつけたりもしたもんじゃ。その辺に尾ひれがついたんじゃろ」
「……アンタも随分苦労してんだなあ」
ウォレンさんがしみじみと言う。
そしてクロードは改めてマード翁に向き直り、謝罪。
「知らなかったとはいえ、侮辱するようなことを口にしてしまい、申し訳ありません」
「いや、まあ勘違いと言い切るものでもないがの。今でも気に入らん奴からは容赦なく治療費取るしのう。今言ったのはイメチェンしてのびのびやるに至った経緯でしかない」
マード翁がそう言ったところで、ガタタ、と雑な仕切りが開く音がした。
「話は聞かせてもらった。そういうことなら私も謝罪せねばな」
えっ、と思って振り向くと、そこには堂々と裸身を晒したアテナさんの姿。
「むほっ」
「う、うわっ!? なんだなんだ」
「ホント誰だあの女!?」
アテナさんの顔を知らないマード翁、ウォレンさん、セドリックさんが混乱している。
顔だけじゃなく色々晒しすぎだ。
「女性陣は後のはずでしょう!?」
「はっはっはっ、まあそう固いことを言うな。女子は多いんだ。数を均すには一人ぐらい先に入る必要がある」
「恥ずかしくないんですか」
「恥じるような体のつもりはないが?」
ユーカさんみたいな田舎の家族的性別意識欠如ではなく、明らかになんか違う方向に突き抜けているアテナさん。
「むしろ押し倒せるものなら押し倒すがいい。私より強い男なら納得して身を委ねようじゃないか。挑戦はいつでも受け付けよう」
「勝手に入ってきて婚活しないでくれません?」
今の筋肉怪人のマード翁が本当に挑戦し始めたらどうするんだ、と思ったがマード翁にその気はなさそうだった。
ひたすら嬉しそうな目でアテナさんを眺めて髭を撫で続けている。
「挑まないでくださいよ。挑むなら街に戻ってからにしてくださいよ」
「いや、ワシえっちなことは専門職に頼む主義での。ただしこういうサービスは歓迎じゃ」
「いろんな意味で尊敬しづらいんですが!」
「ほほほ。しかし美人だしええ身体じゃのう……!」
僕は注視する勇気はありません。




