油断は禁物
一応、受け身の取り方くらいは知っている。そのおかげで死なずには済んだ。
まともに頭から落ちていたら即死していたかもしれない。
おそらく10メートル以上は飛んだ末に地面をバウンドし、転がった僕は、衝撃で息を全部吐き出しつつ、それでも一応骨折などの重篤なダメージを受けることなくなんとか止まれた。
かなり運がよかったと思う。何か障害物があったらアウトだっただろう。
「っは……ゲホッ……ゲホッ……」
急激な強制呼吸で咳き込みつつ、なんとか起き上がった僕に、いつの間にかジェニファーを降りていたリノが駆け寄る。
「大丈夫、リーダー!?」
「ああ……な、なんとかね……」
これも鎧のおかげか。前の革鎧だったら背骨が危なかったかも。
後でちゃんと点検しよう。できれば街で鍛冶屋にも見てもらおう。
「それより、あれで……多頭龍は、死んだ……のか?」
「わかんない……けど」
リノに支えられつつ、いくつもの首が刎ねられ、あるいは僕の乱斬りで骨や神経を断たれて力を失ったことで凄惨な状態の多頭龍を凝視する。
一応油断なく弓を握りながらもファーニィも寄ってきた。
「マード先生も判断しかねてるっぽいですけど……」
「うん」
元々多頭龍の背には登らなかったクロードとアテナさんは衝撃波の影響をあまり受けなかったようで、軽く一、二歩下がる程度で済んでいる。
ユーカさんは僕同様に吹っ飛んだけど、あの人は「メタルマッスル」がある。落下の瞬間にそれを使ってダメージを殺すやり方は以前もやっている。心配はないだろう。
そしてマード翁は「超絶マードバスター」と称した技を叩き込んだ位置から動かず、油断なく多頭龍の体の動きを注視している。
僕たちにブレスを吐きかけようとしたのだから「本首」で間違いないはずだ。
が、モンスターに常識は通用しない。頭を吹っ飛ばしたからってそれで死ぬとは限らないし、そもそも違う個体の多頭龍同士が本当に同じ構造なのかも定かではない。
同じモンスターだと思っていたら、似てるだけの別亜種、変異種だった……という場合もあるのだ。
そういう場合は、倒したと早合点して背中を向けた瞬間にやられる、というお決まりパターン。
だから「これならもう生きてはいないだろう」というのは厳禁。じっくり様子を見る必要がある。
……果たして、それからも多頭龍が動く気配はなく。
「終わった……?」
「そのようだ」
クロードとアテナさんが、剣を下ろさずに呟き合う。
案の定、少し遠くから平然と戻ってきたユーカさんは、アテナさんに向かって。
「お前、オーバースラッシュ……“斬空”だっけ? 使えるなら首全部落としちまえ。動かなきゃ斬れるだろ。胴の方はマードがなんとかする。首さえなくなりゃ蛇の武器なんかありゃしねえ」
「あ、ああ」
「アタシがやってもいいが一発撃つのにめちゃくちゃ時間かかるからな……アインがもっと魔力ありゃいいんだけど」
「面目ない」
さっきは消費の少ない「パワーストライク」すら次の使用が躊躇われたくらいだ。もう使えない。
「アイン君はなんとかして魔力を補わなくては、今以上は難しいかものう」
マード翁は飛び降りてきながら指摘する。
……確かに長丁場にはいつも魔力切れが付きまとうんだよな。
今日はさっきの斬り進み……仮に「キリングダンス」とでも呼ぶか。あれが予想以上に重かった。
「結局オーバースラッシュ乱射に頼ることになるのが厳しくて……アテナさんが昨日やってた“破天”っていう技が、使い勝手よさそうだったんで……密かに狙ってるんですが」
「あー、あの剣伸ばす奴……」
ユーカさんは「あれかぁ……」と、あまり賛成してない顔をした。
「あれは多分消費厳しいし、そんなに持たないぞ」
「そうかなあ……アテナさん結構展開早かったし、そうでもないような……」
「アテナは前のアタシほどじゃないにしろ、かなりの使い手だ。クロードとはワケが違うぞ。……それでも『ロマン技』なんて言ってんだから察しろ」
「…………」
アテナさんに視線を向けると、若干彼女も目を逸らすような仕草をした。兜で見えないけど。
「……まあ、お察しの通りだ」
「そうなんですか……?」
「私の限界展開時間は約40秒だ。足腰の魔力強化や鎧の強化、魔導具使用まで考慮すると実戦で使えるのは半分くらいだな。……魔術師ほどではないが、魔力にはそれなりに余裕があるつもりでこれだ」
「あー……」
そりゃ、敵の数や戦闘回数が読めない時には使えないか。
あくまで僕たちが「まだ彼女を頼ってない」という状況だから披露できたんだな……。
「あれなら剣の振りから実際の攻撃までのタイムラグもないし、防御にもシームレスに入れるし……格上とも戦えそうに思えたんですが」
特に対人での「オーバースラッシュ」に関しては、このタイムラグが泣きどころになる。
器用な回避などしない普通のモンスターなら問題ないが、ロナルドのような相手には「振り抜く」→「斬撃が届く」の僅かな時間差がおそらく致命的になる。
しかし剣のリーチ自体が伸びるのなら、その隙がほとんど消える。
騎士相手には絶対に不利な「直接剣が当たる間合い」に入らず、距離を取ったまま戦えるはず。
……というプランは、あえなく潰れた。
「魔力を伸ばせればそれも現実的になるんじゃろうが」
「……でも魔力って生まれ持った差がほとんど全てと聞きますし」
そんな簡単には伸びない。常識だ。
焼け石に水程度なら、高価な薬を使うことで伸ばす方法もあるとは聞くけれど……。
なんて話をしながら、アテナさんが多頭龍の処理をするのを見る。
その斬撃にも多頭龍は無反応なので、もうきっちり死んでいるのだろう。
「……なら、それ以外で効率を追求するしかないんじゃない?」
リノも世間話のトーンで話に加わる。
「それ以外?」
「例えば剣に得意な術を補助する魔導石をつけるとか。使った魔力を回収するような魔術を覚えるとか……」
「…………」
「特にリーダーの剣って属性付与以外に効果ないみたいだし、その辺は改善の余地ってありそうな……」
「あ、あのさリノ」
僕は途中から話を聞いていない。というか、意識が止まっていた。
「魔力って、使った後に回収とかできるの……?」
「そりゃあ……一応そういう魔術もあるからね。でもリーダーは簡単な無詠唱の奴ができるだけでしょ? だから魔導具で」
「いや、僕、普通に魔力吸えるらしいんだけど……」
糸口は、思っていたのと違うところにあったらしい。




