多頭龍
多頭龍。
その悪名は冒険者ならずとも耳にする。英雄譚の悪役の定番だ。
つまるところ、「英雄」と呼ばれる人々の活躍に相応しい強さということでもあり……僕らのような未だ弱点だらけの二流どころが「狩れる相手」と見なすには厳しい。
そう、僕らは贔屓目に見ても二流。
マード翁という特級の治癒術師を戦力に数えてなお、だ。
未だ冒険というものに慣れていない面子が半分を占め、リーダーの僕も戦線維持能力が低く、対応力が高いとは言い難い。
ファーニィやリノ、ユーカさんは戦力として素直に数えるには不安要素が強く、クロードなど人間スケール以上の大物と対戦した経験が片手で数えられるほどしかない。
アテナさんは言わずもがな、その戦闘性能を語るにはいろいろな意味で早すぎる。
この状況でじっくり作戦展開し、役割分担して挑むなんてのは無理がある。
「速攻しかない」
「……勝負を急ぐなと言いてえが、攻撃偏重のお前としちゃその結論しかねーよな」
「ユーに作戦があれば、できる範囲で聞くけど」
「……まともに接敵したら、いくらマードがいても一人か二人は手遅れになるだろーな。全員、アインの斬り込みをサポートだ。無理そうならアインの救助はマードに任せて全員離脱。ここで死んでも歌にもならねーぞ」
ユーカさんのお墨付きを得た。
……多頭龍の首はとりあえず見た感じ六本。
一本一本がマード翁を襲った大蛇と同じくらいに太く大きい。
ちょっと気が遠くなるが……それらの口にさえダメージを入れられれば、ひとまずそれ以外の攻撃力はない。
両手両足、牙、尻尾がすべて武器の一般的四足モンスターを思えば、そんなに危険度は変わらない。
と、自分を落ち着かせる。
いや、まあ、欺瞞だとは薄々分かってるけど。
「よし……それじゃ、フォローよろしく!!」
ダッと駆け出す。
左手で剣を握りつつ、右手に魔力をなんとなく溜め、敵の出方を見ながら距離を縮める。
相対距離40メートル。
30メートル。
20メートル。
ここらが、「オーバースラッシュ」の間合い。やや不確実だが当てれば斬れる距離。
片手持ちだが、振れる。
右手は魔力をスタンバイしたまま、多頭龍に「オーバースラッシュ」を二、三度放つ。
これで首ひとつでも動かなくなったら儲けものなんだけど……と思っていると、予想外に首が活発にうねった。
一本でも人の胴より太い首が、狂ったように激しく動くさまは恐ろしく、足が鈍る。
そして「オーバースラッシュ」は、その首のドタバタにもみ消されるように飲み込まれる。
いや、消されたわけじゃない。
いくつかの首の中腹に出血が見られるが、無防備に受けて一本まるごと切り落とされる事態を防いだのだ。
「……そういう凌ぎ方かぁ」
斬れはするが、斬り進める厚さ硬さは限界がある。
そうであるなら、まともに輪切りを待つ義理はない。
いや、どんな攻撃であるにしろ、激しく動けばある程度はベクトルを逸らすことはできるのだ。
それは多頭龍にしてみれば「オーバースラッシュ」に限らず汎用性の高い、当然の防御方法なのだろう。
そして、その動きをする首たちの裏から、僕に狙いをつけていた首が、ある。
口を大きく開き、僕をまっすぐ狙ってくる。
「……来ると思ってはいたよ、っ!」
射線がまっすぐユーカさんたちにいかないように動く。
何かの息吹。何であっても、直撃していいものじゃないはずだ。
空けていた右手を腰溜めに構え、タイミングを計り……。
その首が暴れ役の首を乗り越えるように伸びて、何かを吐きつけてくる。
そこに。
「!!」
ドドッ、ドォンッ!!
指パッチンを連射する。
息吹が炎や氷ならともかく、酸や毒なら「ゲイルディバイダー」で切り裂きながら突っ込むのはリスクが高い。剣を魔力で満たしても裂き切れず、僕が耐えきれない可能性がある。
なので、「ハイパースナップ」の衝撃波で逸らす作戦に出る。
それほどの物理衝撃力が出せるかは自信がなかったので、ある程度逸らせれば直撃だけは避けられる、という角度に横っ飛びしながらの三連射だ。
……思った通り、完全に跳ね返すには至らなかったが、音圧で吐き出された「何か」は僕にギリギリかからない軌道で壁に当たって広がる。
最悪な刺激臭が漂う。
「っ……こりゃ、あんまり息も吸い込まない方がよさそうか……!」
転がりながら顔をしかめ、立ち上がる。
その僕に、多頭龍は器用に首を足のように使って気持ち悪い速さで迫ってくる。
一本でも二本でも落とせればいい。そう思っているのに目まぐるしくうねり広がり、詰め寄ってくる複数の首の迫力に手が鈍る。
が。
「“斬空”!!」
ザン、と首が一つ、飛んだ。
横目で確認すると、アテナさんが僕の背後にいた。
「昨日のじゃないんですか!?」
「“破天”は乱発できん! この状況では出せん!」
もう一発「斬空」……「オーバースラッシュ」を飛ばし、牽制してくれる。
さすがに一発一発の間隔はそれなりだが、威力は充分。
運よく首を斬れたのは最初だけだったが、それでも多頭龍に暴れ防御を誘発し、攻撃を鈍らせることには成功している。
……つくづく、僕はこの人を侮ってたんだな。
騎士団で教官役をやるほどの人が、あの一発芸しかないはずないじゃないか。
「……アインさん、あとは私たちが防ぎます!」
「クロード!」
「ブレスはそう短時間で乱射できないはずです! 物理攻撃なら、騎士鎧の私たちの方が……!」
クロードも果敢に僕の隣に踏み出してくる。
それを多頭龍の首が次々に食おうとするが、クロードは巧みに剣で鼻面を叩き斬り、牙を受け止め、噛み付きを受けないことに専念する。
「アインさんは大技を!」
とはいえ、クロードとアテナさんとて初対戦のモンスター。そういつまでも凌げない。
暴れ回りながら食らいつこうと狙ってくる多数の蛇頭。それに対して、僕はどんな技を放てばいいのか。
「オーバースプラッシュ」? 「ゲイルディバイダー」? それても再び「ハイパースナップ」?
……くそっ、絞れない……!
「まったく、無茶するもんじゃの!」
「アイン、ビビるな! こういう奴には勢い負けしちゃ駄目なんだよ!」
そこに、マード翁とユーカさんも飛び込んでくる。
勢いよく牙を広げてフックの軌道で飛んできた首をマード翁が体で受け止め、その肩に乗っていたユーカさんがナイフで目を斬りつけつつ首を伝って走る。
そのまま根元まで走る気か。
無茶だ。
いくらマード翁が抑えているとはいえ、他の首も自在に暴れまわる中で……。
「ええいっ!」
僕は考えるのをやめる。クロードとアテナさんを押しのけ、暴れ狂う首の数々に向かって、魔力を込めた剣を振り回しながら突進する。
そこで、アテナさんとここしばらく続けていた稽古の動きが自然と出る。
幾度も練習させられた、風霊の「かっこいい構え」。
それを連続させて、斬る。
斬る。
次々に迫り来る巨体の重撃を斬り裂きながら、前に進む。
……繋がる!
「さすが、騎士団の剣法……!」
振り切った後に、どちらに敵が残るか。どちらに選択肢があるか。
練習の時にはピンと来なかった。だが、実際に斬り進むとわかる。
これは、極めて実戦的に研ぎ澄まされた「殺しの舞踏」だ。
振るった剣が確実に敵を捉えているならば、全ての動きが一瞬前の隙を補い、一瞬後への道筋を生む。
そして僕は、あえて「オーバースラッシュ」の射程を縮める代わりに射角を広げて、その剣舞の確実性を担保する。
射程が数メートルの短距離でいいなら、剣を大きく振った広い角度に、そのまま斬撃を広げることもできる。前に確かめたことだ。
数種類の風霊の構えを次々に繋ぎながら、僕はユーカさんを追って驀進する。
「……まさか、もうモノにしたのか……!?」
アテナさんが呻くように言うのが、聞こえた。
返事する暇はない。
血しぶきの中でいくつかの首が力を失う。
それを踏み越えて僕はユーカさんに追いつき、残りの首と対峙する。
「無茶苦茶すんなーお前」
「ユーほどじゃない」
「アタシはちゃんと首の生え方確認してから乗ってんだよ。構造的にこの首より上を狙える首ないやつだよ。全然無茶じゃねーよ」
「……そうなの?」
「アタシが何匹多頭龍殺ってると思ってんだ?」
「何匹?」
「……数えてねー」
「ダメじゃん」
多頭龍の血にまみれて視野が随分狭くなってしまったメガネをなんとか袖で拭いて、僕は残りの首を見下ろす。
直接噛み付くことはできなくても、僕たちを見ることのできる首はあるらしい。
他の首と見分けのつかない首が、ギギギ、と窮屈そうに僕たちを見る。
「……あれが本首だな」
「どういうこと?」
「多頭龍の頭は一本以外は偽首なんだ。脳ミソもついてないし呼吸もしてねえ。それっぽく見えるだけだ」
「そういうの早く教えて欲しい。つまりブレスもあいつだけ?」
「説明する暇あったかよ。どうせ全部牙は毒だぞ。無視していいもんじゃねーし」
「……なるほど」
でもまあ、つまり。
「……あいつが残ってて、こっちを見てるってことは……ブレスは使えるってことだよね」
「まあそうなるな」
「……やばいじゃん!」
僕は剣を振り上げる。一刻も早く輪切りにしないと。
おそらくこいつのブレスは強酸だ。かかって即死亡ではないかもしれないが、あの日の多頭龍と同じなら、フルプレさんの最高級全身鎧もボロボロになるほどのものだろう。
しかも魔力を宿して強度を上げても、だ。
ドラセナ謹製のドラゴンミスリルアーマーも、直撃してしまえばもう役に立たないだろう。おそらく剣も。
もちろんユーカさんもただでは済まない。
マード翁ならそれでもなんとかしてくれそうだが、さすがに許容できない。
が、もうブレスの姿勢に入っている。
ユーカさんもナイフで斬りつけているが“邪神殺し”発動はさすがに遠いし、僕の一撃もきちんとブレスを止められるだろうか。
……と。
「ガウウウ!!」
遠くからすごい勢いで走ってきたジェニファーが、本首の下からゴリラナックルでアッパーカット。
僕たちに向かって吐かれそうだった強酸ブレスは、上に向かって打ちあがる。
……え、あれ、ほっといたらジェニファーにかかるんじゃ……。
「渾身!! ウインドダンス!!」
ファーニィがそこに暴風を起こす。
真上に飛んで行った強酸の塊は、そのまま風に吹かれて通路の側壁の向こうに運ばれて行った。
「……どーですかアイン様!! ナイスアシスト私!!」
「た、助かった!」
結構離れているが、いい仕事をしてくれたファーニィに感謝を叫び、僕は改めて剣を構え。
「……悪いが、死んでもらう!!」
本首の根元に「パワーストライク」を叩きつける。
……さすがに多頭龍の急所、一撃では斬り切れない。
もう一度……。
「っ……!?」
くらりとくる。魔力が少なくなっている。
やばい。放出し過ぎると気絶する感触だ。
「締まらねえなー」
「ユー……!」
「だが、ここまでできたなら上出来。……ほら、最後の見せ場が残ったぞマード」
「おうさ!」
筋肉老人が大ジャンプして、僕の付けた傷に両手を上から振り下ろしながら、着地。
いや、着弾。
「超絶! マードバスター!!」
「オリジナリティ!!」
ユーカさんの叫びと同時に、僕とユーカさんと多頭龍の本首が、マード翁の手元で炸裂した衝撃波で吹っ飛ぶ。
あ、やばい。
僕、着地できるかな。
……そ、即死じゃないなら……多分、マード翁が助けてくれるから平気!
と、自分を励ましながら、僕はかなりの飛距離を吹っ飛んで落ちた。




