老治癒師の決意
「サーペントの肉は栄養満点なんじゃよ」
積んであった巨大サーペントの死骸の横腹を素手で強引に引き裂き、適当にひと塊むしって齧るマード翁。
生肉のまま。
全裸なこともあって未開の蛮族感がすごい。
「素人にはオススメしがたい味じゃがの」
「お腹壊さないんですか……」
「ちょっとしたコツがあるんじゃ。ヒントはお腹に治癒術」
「それはコツじゃなくて単なる力押しっていうんだバカ」
ユーカさんは呆れ果てた顔で老人の奇行を眺める。
「てかお前、食うものも持たずに遺跡ウロウロしてんのかよ」
「最初は持ってたんじゃがのう。激闘しとるうちに燃えたり溶けたり」
「普通はその時点で帰るだろ。なに野生化してんだ」
「お腹減ったんじゃもん。食うもの他になかったんじゃもん。テンタクラーは変な汁出てマズそうじゃし。アーマーゴブリンは可食部なさそうじゃし」
「いやそれなら一回食って急場凌いだらすぐに帰れよ?」
「やめ時が見つからなくなっちまってのう」
……この人、本当に迎えに来なかったらここに定住してしまっていたかもしれない。
放置しなくてよかった。
「んで、なんでアタシの代わりなんて目指してんだ。前衛なら他に雇えばいいだろ」
「そういう話ではないんじゃよ」
ライトゴーレムの胴体を椅子代わりに、生肉をむしむしと齧りつつ、マード翁は溜め息をつく。
「お前さん、しばらく前に王都で水竜が出たっちゅうの知っとるじゃろ。……お前さん方がちょうど王都に着いたころじゃと思うから、ひょっとすると……」
「あー……やったのはアタシだ」
「やっぱりか。フルプレじゃと大物は取り逃がすからのう。お前さんかアイン君か、どっちかの仕業じゃねえかと思っとったが」
「それがどうしたんだよ」
「……だからじゃよ」
溜め息。
「そういうのが出た時に、そんなちっこくなったお前さんに、それでも期待しちまう……期待せざるを得ないっちゅうのは、おかしいと思わんか。ワシらは西大陸最強のパーティとすら言われたのに、お前さん以外の奴では結局、『最大級』の脅威相手には力が足りん」
「……いや、そんなことねーだろ。確かにフルプレはアレだしアーバインじゃ火力足りねーけど、リリーやクリスなら……」
「確かに単独討伐もできなくはない。……魔力が足りればな。ドラゴン級は急所すら再生するから、二三発ブッ飛ばしたくらいじゃ死なん。結局、そうなるじゃろ」
「…………」
ああ、そうか。
クリス君の超火力を見て「これなら水竜にも通じる」と思ったし、それなら勝てるだろう、とさえ思ったけど。
通じるのなんて大前提だ。
致命傷すら再生する化け物相手には、それを何発も何発も叩き込む必要がある。
そういう相手だったじゃないか。
「……結局、ワシらはユーカに期待しとる。ユーカでなけりゃ、そんなことはできんと考えちまっとる。……おかしいじゃろ、そんなん。それじゃいつまでもユーカは下りられん」
拳を握る。
冗談のような筋肉に鎧われた老人の右腕が、その拳に込められた想いを証明するように膨張する。
「たった一人の小娘に、そんなに頼っておっては誰も幸せになれん。ユーカはただの冒険者じゃ。いつだってなれて、いつだってやめていい冒険者なんじゃ。そんな希望……希望なんて名前で飾った重圧、おっかぶせちゃならん。……誰でもなくユーカがやらなきゃいかんことなんて、あっちゃならん。ユーカの代わりになれる者が必要なんじゃ」
「……だからってお前みてーなジジイが……しかもお前、治癒師だろうが」
「ジジイだからこそじゃろ。……ワシは人生折り返しを過ぎた。それだけ人生、楽しんだ。なんも楽しいことを知る暇もなく血まみれで戦う幼子よりは納得して死ねる。……誰かがやらねばならん事なら、子供にやらせちゃいかんじゃろ。年寄りにできることなら、年寄りこそがやらねばならんじゃろ。治癒師も戦士もありゃあせん」
それが必要であるならば、治癒師は後方で仲間に守られるもの……という常識なんて、置き去りにしてみせる。
老治癒師の言葉には、そんな強い決意が宿る。
が。
「……いやお前、七十だろ。七十で『折り返しを過ぎた』って何年生きるつもりだよ」
「いや、反応すべきはそこじゃないよユー……」
ユーカさんには別に響いてなさそうだった。
そしてファーニィは関係ないショックを受けた顔。
「140年ぐらいは別に生きたってよくない!? 人間ってそんなに寿命短いの!?」
「そうじゃそうじゃ。あと70年ぐらい生きたってよかろう」
「ていうかマード先生普通に死にそうにないですよね。衰えた端からめちゃくちゃ治癒しそうですよね?」
「それがなぜか毛根だけは蘇ってくれんのじゃよな……」
「人間ってなんで髪の毛生えなくなるんですかね」
「不思議じゃよなー」
緊張感というか悲壮感をもう少し持続してほしい。
「それで何の用じゃ。あとこの子らなんじゃ」
「こいつらはアインの新しい仲間だ。ライオンも。あとこっちのフルプレみたいなのは中身は美人だぞ」
「マジか」
「それと用は他でもねえ。まさにヤバい奴がデルトールに出た。ロゼッタの見立てでは邪神に匹敵するらしい」
「ほお。……それでお前さんらにお呼びがかかったのか」
「いや、乱戦に巻き込まれてクリスの今のパーティメンバーが殺られたらしい。アーバインはそれ聞いてすっ飛んで行った。上手くいったら抑えてると思うが……」
「あー……クリス坊やじゃからのう……間に合うとよいが」
あごひげをさする全裸マッチョ老人。
そして、ようやく目を覚ましたリノが、さっきよりだいぶ近くにいる彼を見て悲鳴を上げる。
「きゃああああああ!? は、早く前隠してよーっ!?」
「隠す服もないんじゃよなあ」
「しゃーねー。アタシのケープ腰に巻くか?」
「それはやめて。さすがに汚いからやめて」
「替えはあるし洗えば済むんだからいいじゃんか」
苦言を呈する僕に口を尖らせるユーカさん。
……結局、他が僕含め鎧三名とファーニィ・リノなので余計な余り布がなく、ユーカさんのケープを腰巻きにしてマード翁は僕たちのキャンプに帰ることになった。
……後で念入りに洗おう。いくらマードさんとはいえ、男のアレに直でつけた布をまた美少女の肩に巻くのはなんか許されない気がする。




