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本格探索

 一日目の探索は軽く回って終了する。

 遺跡は宵闇の中で不気味な明るさを保つが、ベースキャンプはそこからほどほどに距離を置いている。

 僕たちも二日間歩いてきて疲労がないわけではない。せっかく充分に休める体制を用意したのだから、本格的な行動は明日から、というのが暗黙の了解だ。

「なんかよくわからない音が断続的にしますよね……」

 クロードが遺跡を振り返って言うと、ユーカさんは肩をすくめた。

「モンスター同士が争ってる音か、遺跡のなんかの作動音か……遺跡のモンスターは別にダンジョンみてーに変な縛りがあるわけじゃねーからな。場合によっちゃ共食いもするし殺し合う。外から侵入して荒らすモンスターもたまにいる。……それに全容はなかなかの規模だ。王都ほどとは言わねーが、差し渡し1キロ2キロじゃ利かねーぞ。そりゃ音も不確かになるさ」

「……そんな規模の人工物に、尽きないモンスター……恐ろしい場所ですね。まるで地獄みたいだ……」

 改めて慄くように、冷たくそびえる建造物群を見上げ、後ずさるように再び歩き出すクロード。

「……地獄か」

 ミミル教団において、悪人が死後に送られる場所。

 そこは思いつく限りの恐怖と苦痛が絶え間なく襲う場所だという。

 僕の故郷(ハルドア)はミミル教団の勢力圏ではなかったので、僕の知る「死後の世界」はそういうものではないけれど、もしもその概念に起源があるのだとしたら、それはまさに遺跡やダンジョンそのものなのだろう。

 人がただ生きることさえ許されない異界。

 理不尽に生まれ、襲い来る怪物たちのるつぼ。

 ……こんなところにあえて訪れ、その怪物からすら奪い尽くし、飯の種にしようとする僕らは、一体何なんだろうな、とふと思う。

「……“邪神殺し”か」

「ん?」

 呟いた言葉にユーカさんが反応する。

 僕は首を振って誤魔化す。

 ……「邪神」なんてものは、「人類にとって攻略不能の強者」という、一部の親玉(ボス)のその極限の強さへの畏怖から付けられた、きわめて胡乱な名に過ぎない。

 ただ、冒険者というものの在り方が。宗教的な世界観における立ち位置が。

 その言葉でピタリと嵌った気がして、僕は自分の怪しい考えに苦笑してしまう。

 世界は、そんなに単純じゃない。

 そんな風に運命を勝手に感じて、ユーカさんを、そして自分を、あまりにも飾り立てるのはバカバカしい。

 ……でも、きっと遠い昔にユーカさんがいたなら。

 その名で神話に残ったのだろうな、と、夢想するだけにしておく。


 戻ってみると、後詰冒険隊(サポートパーティ)の五人は大興奮していた。

「あっ、メガネさんたち帰ってきました!」

「おおい、大将! すげえぞ、ナオがやった!」

 チューリップとウォレンさん以外の三人もメチャクチャテンションが上がっている。

 ……もしかして。

「えーと……掘り当てちゃい……ました?」

「掘り当てちゃいました!」

 チューリップが何故か僕に抱きついて喜びを露にする。

「あっちだよ、あっち!」

「今はナオのゴーレムがお湯の誘導路を掘ってるんだ。そのままだと水浸し……お湯浸しになっちまうからな。これから浴槽をどういう形にするか話そうとしてたんだ」

「なんでセディ君が仕切るのかな? 掘ったのは私のゴーレムだし、百歩譲ってもそれ決める権利は雇い主さんと私で折半だよ」

「まあまあまあ。とにかく俺らがガヤガヤ言うくらいはいいだろ?」

「岩囲いの露天! とりあえず私はそこだけは譲らないからね」

 ……いや、本当盛り上がってるところ申し訳ないんだけど。

「夕食の用意頼めます……?」

『あっ』

 五人はようやく自分たちの仕事が僕らの生活面の支援だったことを思い出してくれた。

 いや、別に乾いた保存食齧るだけでも、いいといえばいいんだけどね。

「お風呂もう入れるの……?」

 おずおずとリノがそちらについても訊く。

「いやーまだちょっとね。源泉直下に温度調整槽作って調温魔法陣書いて、そこから引っ張る形で浴槽作って……夜なべで頑張るけど本格的に入れるのは明日の今ぐらいかな」

「別に夜なべしなくてもいいからね?」

 こちらとしては温泉掘りに来たわけでは断じてない。

 掘れたのは凄いがそこで無理しなくても、と思う。

 が、ナオさんの目は据わっている。

「こんな大当たり出したのに完成させずに帰るってそんなのある!? だいたい明日すぐエックスさん見つけるかもしれないんでしょ!? ひとっ風呂ご馳走したいじゃない!」

「え、えー……いや、はい」

「エックスさんに私自身が掘り当てた温泉に入ってもらうのは宿願だったの。本当に今回は頑張りどころなの。OK?」

「はい……」

 この人の情熱の方向性がよくわからない。



 翌朝。

 相変わらずゴーレムを働かせまくって温泉作りに励むナオさんをとりあえず放置し、残りメンバーに見張りなどを任せて快適な朝を迎える。

 仲間内で見張り番を持ち回る野営は、身体を休めることはできても神経が休まらないことが多く、完全に人に任せてゆっくりできるのは本当にありがたい。

 人数がいるというのはすごく強いんだな、と、自分たちが主たる冒険メンバーの側に立つと思い知る。

 自分がサポート側だった時には、僕みたいな素人がついていっても大した意味はないんじゃないか、とさえ思っていたものだけど。

「じゃあ、今日もよろしくお願いします」

 ウォレンさんにベースキャンプの後事を託し、改めて僕たちは遺跡に踏み込む。

 床の明かりのせいであまり夜間も足元に不自由はしないとはいえ、やはり空が明るい方が何かと探索も気が楽だ。モンスターは闇に強いものが多いことだし、明かりに死角がないとも言えない。

 何より、昨日話題にしたような飛行種モンスターに、夜の空中から攻撃を仕掛けられると避けにくい上に見失いやすい。昼間ならそれはないので安心だ。


 相変わらず遠い物音があちこちから響いてくる。

 打音、高音、金属音、重低音。

 それらの意味は近づかないとわからない。

 いくつか確認し、時々モンスターに出くわして応戦しながら、僕たちは遺跡の中央部に進出する。

「マードも遺跡のどこかに寝泊まりしてると思うんだよな」

「寝泊まりできるもんなの?」

敵掃除(クリアリング)をきちっとすれば、例えば特定の屋内を安全地帯にすることはできるぜ。侵入防止には瓦礫でも使えばいいし」

「……普通は一人では難しそうだ」

 マード翁ならマッチョフォームでいくらでも重いものも動かせるだろうけど。

「あいつがコソコソ隠れ歩くような器用なことするとも思えないし……戦闘跡が多いところから探れば見つかると思うんだけど」

「ファーニィ。エルフの知覚でなんかそういうのわからない?」

「大雑把な感じですねー。まあなんとか探してみますけど」

 ファーニィは近くの壁面に両手をつき、何らかの呪文を唱えたと思うと、「ほっ」と掛け声をかけてロッククライミングのように壁面に両手両足を貼り付けて登り始める。

「すごいなあれ……」

「虫みてーだな」

 貼り付けるのは魔術にしても、体を持ち上げていく手足の力は必要だ。

 ある意味僕よりその辺のバランスいいかもしれない。

 やがて建物の屋上に飛び乗ると、ファーニィは目と耳で周囲を見渡す。

 ……そして。

「……あっちです!」

 その高みから、ある方向を指し示した。

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