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風霊騎士の剣

「じゃあ、とりあえず……剣術は何年やってるんだい」

 アテナさんは兜を被り直しながら僕に問う。

 僕は若干目を泳がせつつ。

「……一か月くらい……ですかね」

「…………」

「ああ、いえ、ただ剣を振るだけなら一年ぐらいはやってるんですが、きちんと教えてもらった期間が合計でそんなもんなんで」

「……一か月……それであのラングラフと渡り合い、水竜(アクアドラゴン)に斬りかかったのか……」

「あ、その時点だと三日か四日ぐらいです。教わった期間」

 アーバインさんに初めてまともな剣術指南を受けただけの時期だ。

「……どの時点?」

「両方」

 時期はちょっとずれるけど、実際のところロナルドに殺されかけてから王都での水竜(アクアドラゴン)戦までの間は、メガネがなくて足元もおぼつかないままの時期だったので、ロクに練習できてない。

「……冗談としか思えんな」

「僕もそう思いますけどね……」

 本当、よく死ななかったよね。

 まあ死んだら死んだで別にいいかな、みたいな気持ちが常にあるからできたってところはあるけど。

「剣の素振り一年というのも、最初に誰か師匠がついたというわけではなく……?」

 おそるおそるという感じでミリィさんも聞いてくる。

「単に冒険者としての初仕事で最後まで腕が持たなかったんで、ちゃんとやれるように振って練習してただけです……姿勢から全然なってなかったらしくて、最近怒られました」

 ユーカさんに、と言いそうになるが一応こらえる。既に公然の秘密な気がするけど、一応ね。

 ……で、答えを聞いてミリィさんとアテナさんは顔を見合わせ、なんともいえない空気。

 はい。出直してこいって言いたくなるのはわかります。

 でもそんな地道に時間かけてもいられないので、そこを何とか。

「……剣はほぼ素人。それでいて“斬空”などの秘剣は雑に使い放題……なんとも極端だが、ラングラフが期待するのもわかるな」

「こんなおかしな適性で堂々と戦っている人を見るのは王子以来ですね……」

「さすがにそれは言い過ぎじゃないですかね」

 僕は恐らく魔術師適性が高めの戦士ってだけだから、あの壮大過ぎる魔力で防具強化ばかり得意……という謎の尖りっぷりを見せるフルプレさんよりはマシだと思う。

「よし、私から相手させてもらおうか。いいなスイフト団長」

「あなたは素人向けではないとさっきも言ったはず」

「ははは、まあそう言わず。だいたい私は手加減ができないのではなく、必要のない相手にはしないだけだ。素人には優しく教えるさ」

「どうだか。あなたに教わって音を上げずにいる団員は、美女に虐げられたい変態ばかりだと聞きますが」

「奴らが聞いたら喜ぶよ」

 ……風霊騎士団、こわい。


 そんな押し問答がしばらく続いたものの、ミリィさんは自分の団の訓練指導もしなくてはならず、結局アテナさんと対峙することになった。

「風霊の剣は恰好ばかり……などと言われがちだが、私が思うに、それは使い手がなっていない場合でね。恰好の良さを強さに転化できていないからそう言われるんだ。……構えが洗練された剣というのは、つまるところ守りに優れた剣と言えると思う」

「は、はぁ」

「まあ、論より証拠だ。好きに打ってきたまえ」

「そもそも僕が一撃も入れられないとしても、それは何の証拠にもならないような……」

 だってマキシムにもクロードにもさっぱり歯が立たない。

 他団の団長たるミリィさんをして「強い」と言わしめるアテナさんが、おそらく見習いのままのマキシムやクロードに劣るということはまずないだろう。

「私が教えたいのは構えの重要性だよ。つまり、こんな構えをしている相手をどう攻める、という思考であり……逆にどういう構えをすれば相手の攻撃をどう絞ってやれるか、という、動き出す前の駆け引きだ」

「???」

 あまり何段階も先まで一気に言わないでほしい。

 それなりにやっている人ならスッとイメージできるんだろうけど、僕はユーカさんのダイレクト指導でなんとか身になる程度なんです。

 ……という無言の訴えをアテナさんは兜の奥で察したようで、ビシッとポーズをキメながら説明を噛み砕いてくれる。

「簡単に言えば、恰好よく構えをキメることで相手は自由に動けなくなる。自分のペースになるということさ」

 え、えー……?

「逆に相手が恰好よく構えてきたらどうするんです」

「こちらも新たな構えで対抗するに決まっている。風霊の剣には素晴らしい構えがたくさんある」

 じゃあ相手が動くまで延々ポーズキメ合うのかな。

 何だろう、その戦い。

「打ち合いはその後さ。いや、初心者の君には違う言い方がいいかな。風霊の剣にとって、打ち合うというのは途中経過であり、すぐに終わらせるべき処理でしかない。自分が打たれずに次の構えを取ることこそが最も重要なことであり、最速で目指すべきことだ」

「……えっ、つまり……」

「戦いというのは恰好いい構えを繰り返しキメる過程のことであって、相手はその途中で倒れてしまうだけなのさ。それが風霊の剣の理想だ。……そして騎士の剣とは、すべからくそうあるべきであると私は考える」

 なんだそれ。

「……そりゃ恰好ばかりって言われるでしょう」

「まあ、この理屈だけを聞けばそうなる。だが、技芸とはそういうものだろう。ただ倒すことだけなら獣でもできる。騎士らしく戦い、騎士らしく己を律する。武を奉じながら武に溺れず、他者ではなく己の中に到達点を見出す……その絶え間ない研鑽こそが、騎士のあるべき姿だろう? 風霊の剣はそれを体現しているのさ」

「……な、なるほど」

 まあ……確かに実用性一辺倒だと騎士というイメージには反する……かもしれない。

「でもそういう理念だったら、それこそ大型モンスターにできることなんてないんじゃ……」

「あくまで根本理念としては、ということさ。もちろん得意ではないが、モンスターとはまるで戦えないというわけじゃない。……ただ、まあ、火霊や水霊、地霊に比べて、そういうことに団として積極的でないことは認めざるを得ないね」

 私は戦えと言われればやぶさかでもないんだがねえ、と首を振るアテナさん。

「まあ、そういうのは君たち冒険者の領分だし、官がやるにせよ専門の部隊や魔術師たちに任せてしまえという声もある。……それに君がわざわざここまで来て知りたいのは、怪物退治の作法じゃないだろう?」

 アテナさんがポーズをキメながら一歩踏み出す。

 殺気。体が勝手に反応する。

 遠くで見ている分にはわからないが、その構えを正面に捉えると、本能でわからされる。

 この構えは、次の瞬間に僕の首を取れる構えだ。

 そして、僕はそれに抗うには先手で打ちかかるしかない。

 だがどうやって?

 まっすぐ行く?

 下段を狙う?

 剣を払いながら懐に入る?

 身を屈めてすれ違いざまに打ちに行く?

「っ……!!」

 動きの選択肢が、全て分が悪い。

 どう動いても「それをやる前にアテナさんの剣が入る」という結末が見えてしまう。

 たまらず、僕は抜き打ちの「オーバースラッシュ」を放ってしまう。

 ……一瞬置いて、これは稽古だ、それはやりすぎだ、と理解したが。

「ほっ!!」

 アテナさんは重い鎧をものともせずに「オーバースラッシュ」を跳んでかわしていた。

 華麗に一回転して着地。

「危ない危ない。さっき見ていなかったらまともにもらうところだった」

「す、すみません!」

「いや、私の構えや間合いに対する鋭敏な感覚といい、安易に飛び込んでこなかったことといい、なかなかセンスはあるじゃないか。あまりトロいようなら叩き込もうと思っていたが、やはり日ごろ命のやり取りをしているおかげかな」

「かもしれません」

 相手が「叩き込む」と意気込む瞬間は、何度も叩き込まれる側になれば本能的に感じられるものだ。

 そういう意味では、骨が砕ける程度の打撃を何度も貰ったゴブリンとの死闘の日々も、無駄ではなかったかもしれない。

「だが次はそれはナシで頼むよ。貰う気はないが、君の望む『剣の稽古』としては捗らないからな」

「はい……」

 改めて構える。

 少しでも、この人の強さを吸収しなきゃ。騎士との戦いに慣れなきゃ。


 …………。


 存分に転がされ、ミリィさんが部下の治療用に連れて来ていた治癒師に治してもらう間、アテナさんはジェニファーのたてがみを嬉しそうにモフモフと楽しんでいた。

 ジェニファーは、時々毛がアテナさんの鎧の隙間に引っかかったりしてちょっと迷惑そうだったが、大人しくしていた。

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