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鎧の修理と千里眼

「綺麗過ぎて味気ないくらいだよ。アンタ本当にあの迷宮の街(デルトール)で暴れてきたんかね?」

 僕が改めてドワーフ工房に点検を頼みに行くと、鎧をあちこち外したり揺すったりして検分したドラセナは肩をすくめてそう言った。

「多少の塗装剥げはあるけど、こんなの転んだって言われりゃ『そうか』って納得する程度だ。まさかデルトールくんだりまで行って、昼寝して帰ってきたわけじゃないだろうね?」

「一応それなり以上に稼いできたんだけどな……まあ味方が充実してたおかげで、ほぼ敵は一瞬で片付いちゃう状態だったけど」

「腐ってもダンジョンだろうに、よくそんなこと真顔で言えるわ……」

「……僕も今自分でちょっとそれ思った」

 ダンジョンと言えばモンスターの巣窟。壁貼りの初心者にとっては死なずに出てこれるだけでも御の字だ。

 そんなものに毎日潜って稼ぎ、しかも「一瞬で勝っていたから鎧に傷がつくことすらなかった」なんて。

 いかにも見栄っ張りの臆病者が言いそうなホラにしか聞こえない。

 が、実際そこに嘘はない。

 クロードにジェニファー、アーバインさんにファーニィ……まあリノとユーカさんは数えないにしても、僕の周囲を固めるパーティは、生半可なモンスターなんて近づかせることすら稀だ。

 そして僕の攻撃力は、その気になればほとんどのモンスターに一撃必殺。

 一番危うかったのが最初のマキシムパーティ救援騒ぎの時で、それ以降はじっくりとマキシムやクリス君に指導してもらったということもあり、ジェニファーやクロードにペース調整しながら敵を譲る余裕までできていた。

 毎回同じダンジョンというわけではなかったため、もちろん不意に想定外のモンスターに出会うこともあったが、それとてアーバインさんの知覚と知識、そしてジェニファーの威嚇力の前では完全な奇襲は不可能だ。

 ロマンのない環境で「金稼ぎのため」と割り切っていたこともプラスに働き、深追いして親玉(ボス)をつつくようなヘマもやらなかった。

 何もかも安定していた日々で、武具に負担なんてかかりようがない。

「こんなに冒険が思い通りにできるものなのかって驚くぐらいだったよ。……まだまだ、一流を名乗るには不足があるんだけど」

「慢心しないのはいいことだけど、ちょっと現実味がなくてどう受け止めたらいいやら。さすがあの水竜(アクアドラゴン)を倒した冒険者、といえばいいんだろうかね」

 とにかく、今のところは手をかける場所なんかないよ、と鎧を組み立て直して僕に返却するドラセナ。

「色の塗り直しってんなら重ね塗りだ。何日か貰うけど。こんな角っこの色をそうまで気にしないだろ?」

「まあね……これぐらいならむしろ風格だと思う」

 金物の使い込みによる塗装剥がれは、まっさらな新品よりむしろ強そうに見える。

 僕はそういうこなれた雰囲気に憧れを抱いているところもあるので、新品同様に塗装し直されたらちょっと残念に思う。

 ……案の定、ドラセナはそういう感覚をよく理解してくれるようだった。

「そうそう! 男らしさっていうかな、ボロっちくない程度ならむしろ多少傷や汚れがある方がモノとしての説得力が出るよなー! まあ職人としては客に押し付けるわけにもいかないんだけどさ!」

行進(パレード)とかする騎士なら隅々まで綺麗な方がいいと思うけどね。僕たちはそういうもんでもないし、歴戦の生存力が見て取れる恰好の方がそれらしい感じ出るよね」

「いいねー! わかってるねーアンタ! やっぱ気が合うな!」

 ドラセナは凄く嬉しそう。

 冒険者ならだいたい同じような感覚だと思うけど、ここほとんど騎士団の御用達みたいな感じだし、なかなか分かってもらえないのかな。

 ……そしてそんなドラセナの談笑を、奥の休憩室の壁の裏から、爺さんドワーフたちが皆して覗いているのがなんか不気味だ。今まではだいたい僕が来てもトンテンカンテンと手を休めなかったのに。

「ところでアンタ、鎧の宣伝はしてくれたかい? ちゃんと『王都のドラセナ印のドラゴンミスリルアーマー』って」

「さすがにそんな風に言うチャンスはなかったかな……」

「ちゃんと宣伝してくれよー! まあいいけどさ!」

 化粧っ気のないドワーフ娘だけど、確かに可愛い子ではあるよなあ、と思う。

 思うけど心配し過ぎじゃないだろうか。普通異種族同士はそんな惚れた腫れたってならないだろう。

 そう思いながらメガネを押しかけて、アーバインさんの顔を思い出す。

 ……なるな。別に異種族だから安心しろとは言えないな。

 というか、あの人ドワーフの女の子の「味」とかまで寸評してたよな。普通ドワーフとは仲悪いものじゃないかエルフって。

 ……本当に異種族だからって油断ならないな、うん。

「また何かあったら来るよ。……今度はきっとこの鎧に命預ける戦いになるし」

「え、もっと強い奴と戦うわけかい? もう?」

「ああ。それも剣術巧者だから、きっと一筋縄ではいかないだろうね」

 ドラセナは一転して心配そうな顔になる。

「それならもっと防具増やさないと。重いの嫌だとか言ってる場合じゃないよ!?」

「そうは言っても、時間も限られてる。……また今度ね」

「あ、おいっ!」

 ドラセナはまだ何か言おうとしていたが、あえて僕は手早く打ち切って工房を出る。

 鎧をうまく活かせていないのがなんか申し訳なくも感じたし、爺さんたちもちょっと怖いし。

 ……次に来る時は、もっと堂々と「強くなった」と言えるようになりたいな、とも思う。

 金ができたのはいいが、強くなれたかどうかは未だに定かじゃない。前より強くなったと、そうはっきり言えるようになってから、一流の仕事を頼みたい、と思うのだ。

 それならあの爺さんたちも納得するだろうし。



 宿に帰ると、ロゼッタさんが来ていた。

 いつも静かな人だが、今日は疲れたような雰囲気が漂っている。

「ロゼッタさん。……どうしたの?」

「アイン様。……私の眼による情報をお伝えしようと思いまして。少し、無理をして急いできました」 

「……例の謎の騎士?」

「はい」

 ロゼッタさんはしばらく黙り、心の準備をするように時間を置いて。


「モンスターです」

「モンスター……?」

「不思議な話でもないはずです。人型のモンスターは多いのですから。……ただ、強さの桁が違う。祖父とクリス様だけでは、苦しいでしょう。不用意に挑まぬよう、合流する頃には私もデルトールにいなくては」

「……どういうモンスターだ。なんであんなところにいやがった?」

 ユーカさんがロゼッタさんに真剣な顔で問い詰める。

 ロゼッタさんは、その視線を、見えないはずの二つの眼で受け止めて。


親玉(ボス)です。おそらくデルトール近辺のダンジョンのひとつの……きっと誰も手出しをしなかった、親玉(ボス)

「……そんな強いのがいたのか? いや、親玉(ボス)のくせに外に!?」

「ええ。……私の見立てでは、『邪神』と呼ばれてもおかしくないクラスのものです」

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