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再びの双子姫

 一般客も往来する港の桟橋に、場違いなドレスを着た美少女ふたり。

 めちゃくちゃ目立っている。

 まあ目立っているのは、お供として同行してきたのであろう、水霊騎士団長ミリィさんとその他幾人か騎士たちの、華麗ながらもいかめしい鎧姿のせいもあるけれど。

「マリス」

「お手紙ありがとうクロード。おかげであなたともアイン様たちとも、そう離れていたような気がしませんわ♥」

「う、うん……あ、いえ、恐縮にございます」

 途中まで幼馴染との砕けた語り合いの口調だったものの、ミリィさんや周囲の目を気にして慌てて居住まいを正すクロード。

 挨拶程度に彼に微笑みかけ、そして場違いな双子姫は僕にまとわりつく。

「少したくましくなられたかしら♥ 新しい鎧がすっかり身に馴染んで、ご立派な佇まいですわ♥」

「実り多き遠征といえるのではないかしら♥」

「……ええ、まあ……色々とありまして」

 僕はメガネを押して二人のペースに乗せられないよう、ほどほどに礼を失しない態度を心掛ける。

 正直、僕がこの双子姫と直接対するのは避けたいんだけどな。外国人の上に下層階級の孤児には、礼儀もわからないし含みも読めない。

 できればクロードかユーカさんにうまく割り込んでほしいんだけど……あ、駄目だ。ユーカさんは「めんどくせー」という顔でファーニィやリノと同じ距離感から動こうとしない。クロードはミリィさんに声をかけられて騎士団モードだ。強引に割り込んでくれる雰囲気じゃなくなっている。

 僕は腹をくくった。

 なんとか凌ごう。

「我々の到着を待たれていたということは、デルトールの事件もお耳に入っていると考えてよいのでしょうか」

「ええ、一通りは」

「厄介なことになっているようですわね」

 双子姫は揃って芝居がかった憂い顔。

 ……情報収集できてるんなら、あらかじめ戦力を回しておくとかしてくれても良かったんじゃないかと思うんだけど。

「誤解なきよう申し上げておきますが、私たちは所詮王家の末端。王のもと一丸となるべき権力筋といえども、なかなかそうはいかないのが現実です」

「私たちが気にかけていることを、他の者も同等の興味を持って注視しているとは限りませんわ。よしんばそうだとしても、大義なくば腰が重いのはご想像に難くないはず」

「……は、はあ」

 読んだように弁解してきた。

 そんなに露骨な顔してしまったかな。

「今となってはさすがに兄も息巻いております。そのような者に好きにさせておいては国が治まらぬと」

「……クロードの言うには、あれこそロナルドに違いないと」

「可能性は少なくありませんが。……断定は早計ですわ」

「ご油断めされない方がよろしいかと♥」

 ……うぅ。

 言われてみればまあ確かに、全部憶測ではあるんだよな。

 そもそも僕たちは世間のことをよく知らなさ過ぎるのかもしれない。……アーバインさんも抜けたから、揃いも揃って見事に世間知らずばっかりだ。

「ロナルド・ラングラフかどうかは、我が団の者に確かめに行かせております。状況証拠で充分に特定できるでしょう」

 ミリィさんも話に入ってきた。

「それと同時に、足取りも探らせているのですが……以前現れたというメルタからデルトールまでの間に、彼と思われる目撃証言が少ないのが気になっています」

「そうなんですか?」

「無論、彼が鎧を隠し、変装した……あるいは人里を避けて移動した可能性もあるのですが。どうも彼の人物像には合いません。隠れ進むことに神経を使いながら、いざ戦場ではそうまで派手に暴れるものか……」

「……別人?」

「あくまでそう思える材料もある、という程度ですが」

 ミリィさんにそう言われると急に気味が悪く思えてくるな。

 だいたいロナルドは山賊をしていてすら顔を隠していなかった。戦場という、戦いを求める上で名高さが有利に働く場所で顔を隠す必要があるだろうか。

 ……いや、それだって本人的には何かしら意味があるかもしれないし。たとえば戦争では兜を被ることにしてる、とか。

 なんか何もわからなくなってきちゃったぞ……?

「うーん……」

「ふふっ。なんにしろ、我々とて手をこまねいているだけではない、ということですわ♥」

「今は兄もデルトールに出る準備をしております。しばらく王都でゆっくりされてはいかがかしら♥」

 双子姫にそう言われると、そうした方がいいのかな、と思えてくる。


 とりあえずその日は王都に宿を取る。

 前と違ってコソコソする必要もないし、ジェニファーに至っては双子姫側で便宜を図り、宿の近くに馬小屋を丸ごと一つ確保してくれた。

 どうもサンデルコーナー本家にも何かしら口をきいてくれるというので、リノは本家からの追っ手にビクビクしなくてよくなりそうだ。

 ……やっぱり味方につけると強いな、王家。見返り要求が怖いけど。

「はー、いいベッド最高ー」

 ユーカさんは宿屋のベッドに思い切りダイブしてフカフカ具合を確かめている。

 デルトールからずっと野営旅だったし、マイロンでも宿泊しなかったので久々のちゃんとした宿なのだった。

 アーバインさんの野営スキルと、ジェニファーの眼に頼らない周辺警戒能力のおかげで野営自体はすこぶる快適だったものの、それでもベッドでゆっくり寝られることは、旅の最中はとても嬉しいものだ。

 一通りゴロゴロとベッドの感触を楽しむユーカさんを眺めた後。

「いつまで泊まろうか」

「あ?」

「デルトールのはロナルドじゃない可能性が出てきたし……もしかしたら双子姫や水霊騎士団の情報収集力を頼って、しばらく落ち着いておいた方がいいのかなって」

「別にロナルドじゃなくても変わんなくねえか」

「え?」

「全然別の奴だとして、それはそれでやべえ奴なのは変わんねえだろ。あんまり急いだって仕方なくはあるけど、マード探して連れて行くことの意義は変わらねーと思うぜ」

「…………」

 そ、そう言われればそうだ。

 ロナルドかどうかを第一に見過ぎて思考が迷子になっていた。

 その戦いでの怪我人は治癒師が癒しただろうとはいえ、そんな大被害を出す剣士なら手足を斬り飛ばされている騎士や冒険者も多いだろう。

 マード翁でなければ、そういう怪我人は救えない。連れて行く意味は大いにあるのだ。

 ……そして、アーバインさんやクリス君がそいつと戦うのであれば、凄腕の治癒師の助力はとてつもないアドバンテージになるはず。

 僕たちが直接手伝いに行っても意味がない。マード翁に頼ろう、というのはそういうことのはずだった。

「どうもあの双子に会うと冷静じゃなくなるな……」

「仕方ねーけどな。ありゃ人を惑わすプロだ」

「まあ、人聞きの悪い♥」

 ビクッとして声の方を見ると、既に別れたはずの双子姫……の、どっちか片方がそこにいた。

「二人じゃねーのか……いや、お供連れてねーのか」

 ユーカさんの呟きに、微笑みを返し。

「お話がありますの」

 ……どっちかわからない彼女は、スッと表情を消した。

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