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深夜のリダイブ1

 緑飛龍(ウインドワイバーン)ってこんな風に世界が見えてるんだなあ、と思った。

 翼をひと打ちするごとに確実に速くなる。

 際限なく加速して、夜の草原や畑、森林をザワザワと揺らす疾風になる。

 そのまま空の自由を満喫するモンスターの気分に浸りたかったが、横から聞こえてくる悲鳴が邪魔した。

『いにゃああああああああああああああ』

「二人ともなんなんだよ、その声……」

 ファーニィとクロードが、まるで捕獲された野良猫みたいな声を出していた。

 僕がボソボソと突っ込んでも絶叫が止まるはずもなく、ゴルゴールも困惑しつつそのまま飛ぶ。

「空飛ぶの初めてなんですかね」

「いや僕も初めてではあるよ」

 そういやファーニィは以前緑飛龍(ウインドワイバーン)とやった時に空にさらわれたことはあるっけ。そのせいでパニックしてるのかな。

 ちょっと悪いことしたかもしれない。

 クロードは……そのファーニィの錯乱に巻き込まれて余計に恐怖が増幅してるっぽいね。

「まあ着いたら収まると思うし、急いで」

「はい」

 めちゃくちゃ平静に話せるゴルゴール。

 彼が味方だったらすごい頼りになりそうだな……いや、ジェニファーに不満があるわけではないけど。


 すぐに見覚えのある監視塔が見えてきて、ゴルゴールに「あ、ちょっとそこで降ろして」と頼んで降ろしてもらう。

 救援に行くにしてもお役人に一言言わないと後でトラブルになるよな。あとゴルゴールで行ったの見られてたらさらになんかの緊急事態が重なったと誤解されそうだし。

「あとはそんなに遠くないからここまででいいよ。ありがとう」

「そうですか? ダンジョンまであと少しですし、ちょっと待っててもいいんですよ」

「ジェニファーで追ってきてるユーたちも置いていくわけにはいかないから。ホントありがとう。縁があったらまた」

「そうですか。ではこれで。ご武運を」

 月光の下、翼を持ったトロールが気さくに手を上げ、少し走ってから夜空に舞い上がっていく。

 背嚢(リュック)の中にクロードが書いた手紙などが入っているんだろう。

「……で、そろそろ復活してくれないかな二人とも」

「そろそろってなんですか! 降ろされて一分も経ってないですよ! なんか今夜のアイン様スパルタ過ぎませんか!?」

「うううう……夢に出そう……」

 ファーニィとクロード、二人とも四つん這いでダラダラと変な汗を流している。

 そんなに怖かったかな。

「お、おおい……」

 その時、監視塔の上から昼間の役人が恐る恐るという感じで声をかけてきた。

 ゴルゴールをモンスターの急襲だと思ったか。まあ無理もないけど。

「あ、こんばんは。すみません、昼間あのダンジョンに入った者ですけど。マキシムたち戻ってきてないんですよね?」

「マキシム……ああ、そうだ、名簿によるとそのパーティだ。…………今のはあれかい、あれも合成魔獣(キメラ)かい?」

「ええ、宿で行き会ったんです」

「……君、よくそんなに平然としていられるものだね……」

「?」

 なんでそんなに恐れてるんだろう。彼、ちょっと図体でかいだけなのになあ。

「アイン様、本当にその感覚おかしいですからね? 普通トロールに掴まれるってライオンに頭齧られるレベルの恐怖体験ですからね? 自分がいざとなったら一瞬でなます斬りにできるからって余裕ぶっこきすぎですよ」

「……そう?」

「絶対わかってない顔だ!」

 ……言われてみればトロールへの恐怖心ってあんまりないな、今の僕。

 前にゴルゴールの倍以上でかいやつをバラバラにしたおかげで、確かに心理的に恐怖対象じゃなくなってるのかもしれない。

 まあそれはそれとして。

「戻ってないっていうなら、マキシムたちの救援に行きたいんです。一応中で会ってるし、もし全滅でもされたら寝覚めが悪い」

「やめた方がいい。ちゃんと“お抱え”が来ることになっている。……それに、斡旋所からの報告にない誰かが入っていくのを見たんだよ。経験上、こういう時はいざこざになっている可能性が高いんだ」

「……誰か? 冒険者ですよね?」

「遠かったから何者かまではわからんよ。冒険者かどうかもわからん。仕事帰りの冒険者から身ぐるみを剥ぎ取るために山賊が追う……ってこともたまにある」

「そんなのを野放しにしているんですか」

「野放しと言ってくれるな。全てのダンジョンを完全に充分な戦力で守るなど、不可能に決まっているだろう。そういったトラブルはよそでもどうしようもないはずだ。それに、こうして“お抱え”も呼んでいる」

「…………」

 お上がダンジョンや冒険依頼に関する権利を握り込んでおいて、なんと雑な、とも思うけれど、どうしたら防げるのかと言われると、確かに簡単に解決できるものではないのは確かだ。

 兵隊で解決しようとしたら、とんでもない人数と練度が必要になる。現実的じゃない。

「その“お抱え”はいつ来るんです? もう入ってるんですか?」

「まだ来ていない。招集してからすぐというわけにはいかんよ。他にも調査の予定が入ることもあるからね」

「……下手したら明日になるかもしれない、ってことですか?」

「明後日の可能性もあるな」

「……待てません。あれでも何度か組んだ相手なんです。見殺しにはできない」

「……ダンジョンの中の揉め事に首を突っ込むのは、よした方がいいぞ。あそこは証拠が残らない……勝っても負けても、いずれ“リフレッシュ”されて全てが塗り潰される。その意味、冒険者なら分かるだろう?」

「……ええ」

 つまり、殺し合いがあったとしても……それは「藪の中」ということだ。

 自分が殺されたうえにその痕跡さえ消されてしまう、というのも怖いが、そういうものに関われば、たとえ帰れても「疑惑」がつきまとう。

 もしかしたら殺したのはアイツなんじゃないか。

 そう囁かれ続け、否定するための反証も長くは残らない、ということでもあるから。

 関わるだけで面倒なことになる。だからお上の印可を持ち、調査の大義名分を持つ“お抱え”のパーティに全て任せるべきだ、と役人は言っているのだ。

 ……でも、だからってここまで来て見ないふりをするのは無体じゃないか。

「助けられるなら行かないと。……すみません」

「……今どきの冒険者はこうなのかね。早死にするぞ」

「長生きしないとは、自分でも思ってますよ」

 僕はメガネを押して、監視塔を背に歩き出す。

 ……慌てて立ち上がり、僕に追従してきたクロードが、少し不思議そうな顔をしていた。

「……兄さんと、仲は悪いものだと思っていたんですが」

「別に仲良くはなかったよ。……でも、ゼメカイトではあいつが僕の目標だった」

 決して好きな相手ではない。だけど「同じ酒場の仲間」と呼べる程度には、僕は彼に仲間意識を持っていた。

 なら、助けたっていいじゃないか。

 ……ほんの少しだけ、彼を見返してやりたいという気持ちもある。

 死んだ相手に見返してもしょうがないじゃないか。

「あ、ユーちゃんたち来ましたよ」

 ダンジョン前にたどり着く頃には、道を疾走してきたジェニファーとその鞍上の二人も到着する。

「お待たせ」

「空は速ぇなー」

「ユー、リノ。……どうも誰かが後から入ったらしい。追い剥ぎ目的の山賊かもしれないって」

「げ。根性あんなー山賊」

 山賊、というと、あのロナルドがチラリと思い浮かぶ。

 まさか、こんなタイミングでカチ合うってことはないと思いたいけど。

「行こうか」

 僕は宣言し、アーバインさんを除いた五人と一頭でダンジョンに再び乗り込む。


 果たして、マキシムたちはどうして出るのが遅れたのか。あのあと奥に行ったのか、それともただ戻り道の採取に時間を使っただけなのか。

 そしてあとから入ったのは山賊か、モグリの冒険者か、それ以外か。

 トラブルは起きてしまったのか、今から起きるのか。

 まだ何もわからない。

「リノ、明かり頼む。クロード、抜剣していこう。ファーニィは索敵と退避重視で。治癒師がやられたら話にならない」

「わかったわ」

「了解です」

「いいとこ見ててくださいね!」

 ……最後にユーカさんと目を合わせ、頷き合う。

 ただ、僕の判断に異論がないかを確認するだけ。

 ユーカさんは「お前の思った通りにやれ」と、目で肯定してくれる。

 作戦開始だ。

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