第7話 嘆きの灯台-7 突入
デアネミー刑事の潜伏先は市庁舎に在る。
やけに自信満々に言い切ったピエッタに従い、薄暗い夜の街道で車両を転がしている。サンベイル市は整備された町だけあり舗装された道路網が充実している。外周部にあたる南部以外でむき出しの地面の道を見ることは珍しい。
車両は一座から支給された物で、最大四人が乗れる荒地に強いタイプの車両だ。例に漏れず戦闘を意識して造られているので銃器を収納するためのスペースが広くそのため一般車両より一回り大きい。目立つしゴツイので人目がある中ではあまり乗り回したくない。一瞬シーリィ女史とドライブデートなどと他愛も無い妄想が脳裏を過ぎったが、こんな車両では雰囲気が台無しだろう。
かつて述べたようにサンベイル市は拡大拡張して巨大化した都市だ。車両の無い時代に造られた区画とその後の区画では想定が異なり、何に困ると言われれば止める場所に困るのだ。そのため、個人が所有する車が通行することは珍しく、公共の乗り合い車両や運送業者の車両が主な利用主となる。
とにかく、町中でひとりで生活する分には全く用の無い代物だった。
「ふうん? なるほど?」
変装用の装備を整え車両にて市庁舎を目指す道すがら、これから鉄火場だというのにいつも通り紫色の紳士服姿で助手席に座るピエッタが唐突に呟いた。
「なんだか物凄い所に出くわすみたいだよ、僕たち」
ニコニコと笑みを浮かべながら道行く先を見つめそういう嘯く。
運転している俺は言うまでも無く前方に注意を払っているわけだが、目に映るのは人気の少ない道路だけだ。
「というと?」
分からない時は聞く。社会人の基本行動は意外にもこの道化野郎にも通用した。
「手の者から連絡があってね。今、件のデアネミー刑事に逮捕状が出ているみたいだよ。思ったよりも進展が早いね? 協会から情報提供でもあったかな。居場所も特定されているね。サンベイル市庁舎……フフフ、さすがにその先までは知らないみたいだけど。どちらにせよ急いだほうがいいね? 先を越されるのはあまりよくないから」
連絡って今車両内だぞ。いつそんなものがあったんだ。
「その顔はどうしてって感じかな? まっ、企業秘密ってところかな」
何故分かる。今は面当てしているから顔は隠れているというのに。
市庁舎に近づくにつれ異様な物々しさが感じられるようになってきた。門扉は開け放たれているので敷地内に直接乗り入れる。軽い重力感の後停車した車両を飛び降り庁舎の様子を伺う。
あれは新庁舎の方だろう。建物の内部から発砲音が連続しており、入り口でも銃撃戦があったのか、突入したと思しき警察官が地面に蹲って呻いている。
「行きます」
とにかく内部へ入らなければ始まらない。ライフルを肩にかけなおし一声かけて駆け出すと少し後ろをピエッタが追走した。こうしているといつかの美術館を思い出す。まさかまたモーデウスみたいな野郎に出くわしたりしないよな。
「地下に向かって」
ピエッタの指示に従い地下を目指す。この辺は清掃でもあんまり寄らないから馴染みが薄い。
物陰に隠れながら階下を目指す道すがら、奇妙な光景を目にする。
「止めろ! 俺たちは市警だ! 敵じゃない!」
「市庁舎に侵入した者を排除しろとの命令だ! 大人しく出て行け! さもなくば撃つ!」
「クソッ、あいつら突然どうしちまったんだ!?」
警官同士が遮蔽物に身を隠し銃撃戦をしている。人数は突入側の方が多いようだが顔の見知った相手に衝撃弾とはいえ銃を向けることに抵抗がある様子。一方便宜上防衛側と呼ぶが、防衛側にはそういった躊躇は見られない。
その様子を見たピエッタは顎に手を当てながら、
「うーん、これはどうも使った……というより事前に使っておいた人たちに対して市庁舎に入ろうとした人間を攻撃させている感じかな?」
と推察を口にした。
"尾薬"の基本性能は投与した相手に特定の術式を浴びせることにより暗示をかける、といった物だと説明を受けた。つまりスイッチのようなものを暗示で作り、それを起点に命令に従せているのだろう。
だとすれば"尾薬"はより驚異的な薬物となる。事前に仕込みさえすれば、ありとあらゆる組織を崩壊させることが可能ではないか。
「そのような事が可能なのですか?」
「"尾薬"の暗示は強いからね。短期的な摂取でも一月は残るよ。後は発信の魔術を使って呼び起こすだけかな。ああ経口での摂取はできないから安心してね。血管に直接打ち込まない限り効果は現れないよ」
どこに安心できる要素があるというのか。それでは戦闘中でも針を打ち込まれれば終わりじゃないか。
「フフフ、そんなに心配しないでも大丈夫さ。"尾薬"には対抗薬……とも少し違うんだけど、暗示にかける効果を打ち消す薬があるんだ。"尾薬"が身体に回るまで、そうだなぁ、大人なら一分かな? その間に摂取すれば間に合うよ。君にも渡しておこう」
そういうものがあるなら早く言え。
いつの間にか取り出されていた薬液入り無針注射器を受け取り、サイドパックに詰め込んでおく。
「さて心配事はもうなくなったかな? それじゃあ行こう」
銃撃の間隙を突き廊下を横切る。両陣営が何か喚いていた気がしたが無視して階段へ飛び込む。
「空調機械室を目指して。見張りがいるはずだから手早く処理しよう」
空調機械室とは施設の空調を司る大本の機械が収められている場所だ。動いている限りゴウンゴウン物凄い音がするので大抵の建物で防音に優れ隔離された場所に設置される。市庁舎の空調機械室も地下二階にある。
しかしあんなところに刑事がいるのか?
「本命はその奥さ」
疑問を察知したのかピエッタはそう付け加えた。
益々疑問符が浮かぶが今はおいておく。曲がり角を折れると正面にライフルを持った警官が二人。突然現れた俺たちに動揺し慌てて銃を構えようとしていた。
「任せて」
そう言って翳されたピエッタの指先に空間が歪む程の赤い紋様が浮かぶ。
「君は見えない」
パチン、と乾いた音を立てて指が鳴ると共に警官達の様子が激変した。
「な、なんだ!? 目が! 目が見えない!」
「わぁ!? ど、どうなってんだぁ!?」
「視界を閉ざしたよ。気絶で済ませてあげてね?」
お優しい事だ。雇い主の依頼では断る事が出来ない。ライフルのトリガーから指を離し、顔に手を当て珍妙な踊りを踊る警官等に銃底を叩きつけた。一発、二発と。ピクピクしているから多分生きているだろう。
端に片付け扉を開く。照明はついていない。真っ暗だがこちとら無駄に高機能な面当てを装備していない。暗闇を察知した面当てが自動で補正し無機質なぼんやりとした像を映し出す。敵影は無いのでスイッチを探して明かりを点ける。
「奥に扉がもう一つある。そこが一先ずの目的地さ」
唸る大型機器の向こう側に入ってきたものと同じ両開きの大きな扉があった。当然鍵は閉められている。
「鍵は閉まらないはい、開いたよ」
カチャリ、と小気味良い音を立てて錠前が回る。
錠ごと銃でこじ開けようと思ったのだが、その前にピエッタが怪しげな魔術で開錠してしまった。しかし便利そうだな。
顔を見るといつものニヤケ顔……をさらに歪めてニコニコ笑っている。
無言で突入すると背後で肩をすくめた気配がした。
「これは……」
それは俺かピエッタか、どちらの声だったのか。
扉の向こう側は全く別の空間だった。
さっきまではコンクリートで囲まれていた地下空間だったはずだ。しかし扉を抜けた向こう側は石造りの広い廊下であった。所々持ち込まれたと思しきランプが設置されており、それらには機械室から伸びる電線が接続されていた。
様相からして遺跡のようだが、明らかに人の手が入った空間だと分かる。
「……なるほど。道理で見つからない筈だ。元々"入り口"なんて無かったんだね」
等とピエッタは意味深な言葉を呟いたかと思うと、左右に伸びる廊下の左側を示し、
「ヤカ君。刑事はこの先だよ。"尾薬"の反応が感じられる。刑事の処分は任せるけれど、なるべく殺して欲しいかな? "尾薬"について知られるのは余りよろしく無いからね」
「貴方は?」
「僕は調べ物が出来た。僕にしてはこれでも慌てている心算なんだけどね?」
この空間はピエッタにとっても想定外だったと。まあいい深入りしても俺に得は無い。目の前の目標から順番に片付けるべきだ。
「了解しました。お気を付けて」
「フフフ、ありがとう。君こそ気をつけてね。君が捕まって正体がバレてしまっては"計画"に支障が出てしまうのだから。彼女のためにも、ね?」
「優先順位は間違いません。緊急時は離脱を優先します」
「ん。任せたよ。じゃあね」
滑るように極小の足音でピエッタは廊下の先に消えた。
さて、こっちもこっちで進むとしよう。指示された方向へ足を進める。
道なりに突き当りを右に一度、左に一度曲がったところで、石造りの場にそぐわない鉄製両開きの扉に行き着いた。
如何にもな部屋だ。壁際に張り付きドアノブに手を伸ばす。鍵は無い。そのまま扉だけを押し放ち数瞬待機。反応は無い。待っていても仕方が無い。警戒しつつ突入する。
「おやおや。嗅ぎ回っている連中の顔でも拝んでおこうと待っていたんですが、なるほどなるほど。あまり期待はしていませんでしたが、これは待っていた甲斐がありましたねえー?」
ま、顔は見えないみたいですけど。
"組織"の潜入任務にかかってからというもの怪しい野郎の在庫は事足りていた訳だが、またしても不良在庫が一つ増えたようだ。
何かを作ろうとして何も作らなかったのか資材置き場として予定されていたのかは不明だが、四角い室内のそこかしこには何らかの建材や資材が寝かせられている。それでも広さを感じるこの部屋の四方は20mほどはあるだろう。
そんな部屋の中央。褐色肌で糸目の男がおどけた様子で両手を広げていた。
間延びした口調とは裏腹に油断無い瞳でこちらを注視している。
待ってたみたいだし敵だろう。ライフルを構え正中線沿いに撃つ。額喉胸鳩尾。
「やれやれ? 中々せっかちなお人のようだ。こういう戦闘に直情的な人はあれですね、南部の傭兵さんでしょうかね? 彼らはいつも人の話を聞かないので困った者ですよ。貴方もそう思いませんか?」
ペラペラと喋っているが動きは機敏だ。正中への射撃を身体を縦にして回避、水平射撃を横転、そのまま低姿勢で資材の影へ飛び込んだ。
弾倉を空にする心算で連射。物陰に釘付けにする。その間に少し考える。
どうも、また面倒な奴を引いたらしい。この距離で銃弾を避けるとなると相当な使い手だ。このまま無視して対象の息の根を止めてしまいたいところだが、奥に見える扉まではやはり20m。無事に通してくれるとは到底考えられない。
「おや、弾切れですか? 手持ちの弾丸を撃ちつくすまでこのままでも良いですよ?」
言葉とは裏腹に戦意が高まる。
資材越し、来る、何か――咄嗟に横に跳ぶ。
音程の高い通過音。
直前まで立っていた位置に何かが振るわれた。
「ほーう? よく避けましたね。見えている、なんて事は無いと思うのですが」
そっちも銃弾避けてる癖によく言う。
正体を見極めるため資材を乗り越えてこちらに来た男の動きを注視する。
両腕が交差するように振るわれた。
予想される攻撃。魔術、衝撃波、いや術式が展開されなかった。もっと単純な物理的要素――
予感に従い地面に伏せる。頭上を何かが通過した。
「また避けた。やりますねえ。雑兵程度ならこれで済むんですが。貴方はそうでは無いようだ」
理解した。奴の武器は糸状、ないし紐状の鋭利な刃物、或いはそのもの。実体はなんでもいい。とにかく拳か指先を起点にし、細くて視認出来ず物凄く素早くて触ると輪切りということだけ分かればいい。
方針は決定した。ライフルを落としつつ、サイドパックより組み立て式ハルバードを抜きつつ逆手で投げる。脛に仕込んでいるがこいつは本当に便利だ。
「む」
男の注意が投擲に向いた瞬間距離を詰める。
物を全力で投げて次の瞬間に走り出す、という動きはかなり難しい。
難しいが、難しいだけだ。訓練すれば必ず出来るようになるし、事実として俺は出来ている。
「術式7番解放」
脳裏に描いた魔術の術理はこの世ならざる力――魔力を消費し顕現する。
左足の魔導器から魔術の胎動を感じる。選んだ魔術は光学迷彩。劇場でも目にしたあの水面のような滲みを残す不完全な透明化の魔術だ。しかし、一度目を離した対象が突然背景に溶け込んだらどうだろうか。しかもそれが高速で移動していたらどうだろうか。見失うのではないか?
男はハルバードを体捌きでかわすと、両腕を交差させ振るった。
見失った場合の行動は大体の場合、その場で待つか、勘に従って怪しいと思しき地点を範囲で薙ぎ払うかだ。男は後者を選択した。直前俺が地面に伏せて攻撃を避けたからか、攻撃は地面を薙ぎ払うように繰り出された。
俺は踏み切って跳んでいる。足元を通り過ぎる死の旋風を乗り越え、渾身の飛び蹴りを放つ。
「ガッ――!?」
靴底に確かな感触。着地。
吹き飛んだ男はしかしすぐさま起き上がり右腕を大きく振るった。
咄嗟に後ろへ飛び退く。首筋に鋭い痛み。
手で触って確認するが首はまだ繋がっている。浅く切られただけらしい。
「ぬ……ふぅ……鼻も鍛えておいてよかったですよ。でなければ潰れている所でしたねえ……」
糸目の瞼が見開かれ、炯々と輝く金の瞳が俺を見ていた。
「ンフフフ……火が点いてしまいますよ。こんな事されちゃあねえ。むっ」
後方、扉の向こうの廊下から足音。
「どうやら今宵はここまでのようですね。私はもう一仕事ありますので、彼らはそちらで片付けて置いてくださいね」
再び見えているのかいないのかわからないような糸目に戻った男が言う。
何を勝手にごちゃごちゃと言っているのか。交戦した以上お前も対象も抹殺だ。第一この状況で俺が素直に逃がすとでも思っているのだろうか。
足音が近づく。
矢庭に、男が背を向け扉へ走り出した。俺が入ってきた扉ではない、奥側の目指していた扉へだ。
ライフルはさっき自ら落とした。投擲は間に合わない。魔術は殺傷能力のある物を展開する時間が足りない。不恰好だが走って追いかけるしか無さそうだ。
そう決断し一歩を踏み出した時だった。
「サンベイル市警察代行だッ! 緊急時の逮捕権行使によりこの場の人間を拘束するッ! ご同行願おうッ!」
銃声が一発。頭の横を何かが通り抜けた。威嚇か。その気ならば今頃俺の頭はザクロのように弾けていただろう。少々甘く考えすぎた。
その間も糸目の男はわき目も振らず扉の向うへ消えた。中途半端な位置にいた俺は動くに動けなくなってしまった。
ゆっくりと振り返る。
ああ、なるほどね。
「狩人協会員アース・アクライトだ!」
「同じくマリアベル・ソフラン」
「エリク・ベンダ」
市警は狩人協会員に援助要請を出していたわけだな。正しい判断だ。
そして思い出した。劇場での既視感、あれは花怪盗事件で見た顔だったからか。
なるほどなるほど。
さて、ややっこしくなってきた。
皆大好き糸使い
戦闘が苦手ながらもがんばった
どこまで書けば伝わってどこまで書くとしつこいのかまだ見極めがついてないので試行錯誤してます。
RPGあるある:誤解される敵の敵だけどやっぱり敵だから誤解じゃない
今後は19時更新でやっていきたいと思います。
文字量はもう少し少なくなる予定です。4000字前後。




