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第20話 嘆きの灯台-20 子犬と博士

 サンベイル市内への外部武力集団の受け入れは概ね好意的に受け止められたまま一週間が経過した。

 ゴールドス氏発表によるところ、武力集団は傭兵団『紅』という名称であり、大陸南部で活躍しているのだという。主に魔獣退治を請け負う業者であるとは繰り返し強調された点で、これらのカバーストーリーのため市内へ潜入する前から魔獣退治に明け暮れていたとはDの言だ。


 ゴールドス氏の提唱する緊急事態への迅速な対応は今のところ効果的に運用されている。市内に出現した魔獣は彼ら『紅』によって撃滅され、目に見えてその被害を抑えていた。目論見どおり警察機関で対応できない事態に対する戦力の示威行動となった。


 先にも伝えたように、市民は概ね『紅』を好意的に受け止めている。

 顔の見えない怪しさよりも、今そこで起きている問題を解決してくれる存在のありがたみを優先した。

 否定的な意見は生活の安全を脅かされたことによって感情が極端になっている可能性を指摘する。外部から武装勢力を招き入れるのは治安の悪化を招くと強く主張した。なまじ直近に連続強盗事件は劇場襲撃事件などの凶悪犯罪が起きていたため、この声にも説得力はあった。

 しかしそもそも市内で暮らす大陸人は本能的に魔獣の脅威に敏感だ。先はどうあれ、市民は今この瞬間の脅威を解決する手段を欲していた。それが市内になく、本来有事の際に対応する協会員も間に合わないのなら、傭兵を用いるのもやぶさかではないのではないか。こうした論調の前には否定的な意見を出す市民も黙らざるを得ない。命あっての物種なのだから。


 そんな世間のやりとりを新聞越しに感じながら、自室の床に目を落とす。


「ふむふむ? 生きている幼生体を扱うのは初めてだが、これで中々見所があるではないか。ハラマキ十二世。今度はこれを取って来るのだ」


 白い子犬。シーリィ女史が拾ったという捨て犬は、獣医の見立てでは生後2ヶ月に満たない年齢なのだそうだ。恐らく離乳食の段階で飼い切れなくなり捨てたのではないか、そんな推察もしていた。

 そんな子犬をあやしているのはマル・イーノ博士ことブルーマン博士。いつも通りのワハハでフハハの飄々とした態度だが、どこか楽し気に見えた。子犬は博士が放り投げたゴムボールを追いかけてちょこちょこと部屋の中を駆け回る。

 ちなみに子犬の名前はハラマキ十二世ではなく、特に決まっていない。

 意外と賢い性質の犬だったようで、トイレの躾には苦労しなかった。


「うーむヤカ君。動物はよい物だ。こう、想像力を掻き立てられるな! 今度自立型魔導機械犬を製作してみるか……フフフ、ハラマキ十二世よ。君は栄えあるプロトタイプとしてそれらを統率するリーダーとなるのだ!」

「わう!」


 何故動物を見て機械仕掛けにしようと考えるのかは不明だ。

 そして大丈夫かハラマキ十二世(仮)よ。訳もわからず頷いていると余所にいけない取り返しのつかない身体にされるぞ。


「お手間をおかけします。博士」

「フハハハ! 気にするなヤカ君。研究の間の息抜きに丁度いい。それほどの手間にもならないようだしな!」

「助かります」

「しかしあれだなヤカ君。君は遂に対象と結ばれたようだね」

「はい。お時間が掛かってしまったことをお詫びいたします」

「いやいや良いのだ。つまり、そこのベッドを利用したわけだね?」

「……ええ、そうですが」

「ふむ……? 初夜の枕カバー……情熱と緊張の篭った貴重な品だ、実にいい。君が私に済まなく思っているのならそれを頂けないかね?」

「…………」


 シーツやマットレスではなく枕カバーに目をつける辺りが実に博士らしい。

 下世話な話をされている筈なのだが、それとは別の方向性で気持ち悪いのは何故なのか。博士が至って真面目な顔でこれを訊ねている事も無関係ではあるまい。


「まあ、お願いする立場ですし」

「おお! 譲ってくれるか! ありがたい!」


 すまんシーリィ女史。何が残っているのか知らないが、何かが残った枕カバーを変態に渡してしまった。

 心の中で謝罪しつつカバーを手渡すと、博士はどこからともなくビニルのパッケージを取り出し、その中に物をしまった。


「むっ、そろそろか」


 そして時計を確認したかと思うと、ラジオの電源を入れた。確か政見放送があるとかなんとか言っていたな。

 砂嵐からややあって周波数があうと、くぐもったゴールドス氏の声がラジオから流れ始めた。


『賢明なる市民の皆様。

 外部戦力による外科的な対応、その顛末は既にご存知の事と存じ上げます。

 不足があるならば外から借りればよい。

 私の主張が実に真っ当であり、正道に則した物であったかご理解頂けた事でしょう。

 私は既存の何もかもを破壊したい訳ではありません。

 しかし。大胆な改革を望んでいるのも事実です。


 今回、もしも既存の市政に則った手順を踏んでいた場合、今頃市内は魔獣が闊歩し、警察並びに協会員達による厳戒態勢が引かれていたことでしょう。


 それでは遅い。市民の皆様の安全を守るためには、それでは遅すぎるのです!


 家の中に居れば安全なのか! いいやそんなことはない! 奴等は強靭な肉体で民家の仕切り如きは粉微塵に粉砕する!

 いつか処理が完了するまで我慢すればよいのか!

 いつかとはいつだ! そのいつかまでの間に死んだ者の無念はどうする!

 貴方や、貴方の隣人の親しい者がその牙に襲われた時、貴方はいつかを待つと言った市政を糾弾せずにいられるのか!


 私は出来ない! 行動するべきだ! 決めるべきだ!

 危急の事態においては必要なのだ!

 決定者が。統率者が!


 私は来る市議会委員選挙において、市民党を代表して一つの公約を掲げる!

 緊急時における独裁官制度! これを市法に制定することを!』


「ハッハッハ……綺麗事もここまで並べば本物か! いやはや、常から思っていたが彼とは到底仲良くなれそうもない! フハハハハハッ!」


 ご機嫌で氏をけなす博士。氏の会見はまだ続く。


『そしていまひとつ! 近日中に私から市民の皆様へ重大な発表があるでしょう!

 それは驚愕を持って受け取られるだろうしかし! どうか恐れないで頂きたい。

 前に進むことを! 私の断固たる改革への意志を!』


 会場のざわめきが聞こえるような幕切れだった。こんな唐突に重大な発表がなんだと言われても知らない人間は訳がわからないと思うが。


「それこそが狙いなのだろうな。分からない言葉を言い切り、注目と興味を集める。その上で別の場所で発言する。そういうやり方だろう。私ならば一度で聴衆の興味と理解を満足させているだろうがな! フハハハハ!」

「これは決行日へ向けて布石を打った、ということなのでしょうか」

「知らないさ。決行の段取りはクラウン君に一任されているのだ。

 私の仕事ももう済んでいることだし好きにすればよいと感じるが、君達戦士にとっては面倒ごとが増えるかもしれんな!

 いずれにせよ残り一月を切っている。色々と慌しくなりそうだな!」


 突発でピエッタや隊長が予定を入れてこなければ、俺としては平和に過ごせそうなんだがな。しかし――


「博士。サンベイル市に眠る古代人の遺産とは何なのですか?」

「ふむ? そうか君は知らないのだったな。ちょうど良い機会だし座学といこう」

「いえ概要のみで結構です」


 話し出したら絶対長いに決まっている。

 ブルーマン博士は肩眉を上げ、数瞬思索した後口を開く。


「"灯台"。そう呼ばれる遺産だ。

 君はサンベイル市南西のケールニクト台地の地形に疑問を抱いたことがないかね? まるで何かで切り取られたかのような頂であると。それはこの"灯台"によるものだ。

 "灯台"は超圧縮した光粒子を魔術で増幅拡大し、最大射程半径30kmに向けて発射する装置だ。想像がつきにくいかもしれないが、乱暴に言ってしまえば触れた瞬間消失する光線の出る固定砲台だ。

 つまり"灯台"とは、古代人の作った紛う事なき兵器ということだ!」


 誠に分かりやすい説明で助かった。つまるところゴールドス氏は、


「強力な兵器でサンベイル市を統制しようとしている?」

「それが彼の望みの一端だろうな。"灯台"は手段の一つであるように見受けられるがな。大方力の象徴として誇示したいのではないか?」


 ああ、そういわれると先ほどの会見での物言いも納得がいく。見せ付けたいのだな。圧倒的な力というモノを。


「そしてその鍵は既に我々の手中にある。わかるかね?」

「シーリィ・サンベイル」

「そうとも。そのための君であり、そのための私だ。故にこの子犬の事は私に任せてデートに行ってくるといい。そろそろ時間だろう?」


 ニヤリと笑って時計を指差す。確かにそろそろ出ないと待ち合わせの時間に遅れそうだ。というか何故俺の予定を知っているのか。


「わう!」

「……それではお願いします」

「任せたまえ」


 どこか生暖かい表情の博士に見送られ、俺は麗しの彼女(カギ)の元へ向かうのだった。



収集家っていろんな種類がありますよね

なんかのテレビ番組で見た記憶がありますが、大統領の記念パレードでまかれた紙吹雪とか集めてる人もいるらしいですね

だから博士が枕カバーを求めたのは正常。いいね?

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