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第19話 嘆きの灯台-19 部屋

また体調悪くなって昨日生まれて初めてユンケルのみましたが、こいつぁーすげーぜ尾薬はユンケルだった

 宣言通り翌日の仕事は半休を取った。

 実際のところ体力的な問題は感じられないが、情報の整理に時間を使いたかったのだ。


「よおヤカ。あの野郎二度もこの俺を襲いやがったんだぜどう思うよ」

「別にどうとも思わない」


 という訳で自室で傍目にはのんびりしていたのだが、そこへどこから聞きつけたのかDが訪問してきた。「お前待機してなくていいのか」との質問には「負傷療養だ」との答えが返された。

 やたらとテカテカした服の上からでは怪我の状態は分からないが、恐らくモーデウスに手酷くやられたのだろう。俺もいつぞやの美術館でやられたが、武術家でもある奴の攻撃は身体の芯に残る。


「そんでよおヤカ。俺暇なんだよ」

「そうかい」

「お前サンベイルに着いて結構経ってるんだろ? ちょっと案内しろよ」

「男の案内なぞごめんだね」

「そーいうなよ。お前も暇してたんだろ?」

「これでも体調不良という体で半休だ。何がどうという話じゃないが、町中をふらつくのは体裁が悪い。一応社会人なんだよ」

「かーっ! つまらんやつだねー!」


 適当に相手をしているとふいに携帯端末が着信で震える。画面にはシーリィの文字が表示されていた。


「はいもしもし」

『あっ、ヤカ。半休取ったと聞いたけれど、平気なの?』


 何の用事だろうかと思ったが身を案じての電話であったらしい。時計に目をやると三時半。まだ業務時間内のはずだが、私用の電話をかけるとはシーリィ女史も俺に影響されてか随分と不良になったものだ。


「心配してくれるのか?」

『別にそういう訳じゃ……いや、そうね。ちょっと心配したわ。貴方って健康そうな印象があったから』

「心配してくれてありがとう。だけどそう悪い訳じゃない。昨日の夜ちょっと遅くてね。寝なおそうかと思ってたんだ」

『なによそれ。なんともないんじゃない……って夜遅かった? 私と別れた後何かしていたの?』


 声に険が混じる。端末の向こう側で眉を逆立てるシーリィ女史の姿が浮かぶようだ。


「遠くの友人がこっちに来ていたんだ。そいつとちょっと話し込んでたんだよ。浮気なんかしていないから安心してくれよ。俺はお前だけだに夢中だシーリィ」

『ちょ……んもう。なら最初からそう言ってよ』


 傍らで甘い囁きを聞いたDがげんなりした顔をしてこちらを見ている。足蹴りにしながら会話を続ける。


「悪かったって。それよりも仕事中だろ? 電話していていいのか?」

『ん……あまり良くないんだけれど、心配がてら貴方に相談したいことがあったの』

「相談?」

『それがね――……』





 シーリィ女史の終業を待ち、俺は待ち合わせの場所となったカフェを訪れていた。

 Dは「俺は案内できねーのに女とは会えるんだな」と嫌味を言われたが脇腹を殴って黙らせた。どうやら怪我をしていた箇所だったらしく必要以上に悶絶していた。


「お待たせ」


 そこにシーリィ女史が現れる。今日はパンツスタイルに厚手のセーターと膝下まであるコートという井出達だ。コートを脱ぐとやはり着膨れして見えるのは彼女の恵まれたスタイル故だろう。


「一日お疲れ様」

「どうってことないわよ」

「何か頼むか?」

「そうね、なら飲み物を」


 飲み物を頼むと、早速相談とやらが始まった。


「昨日ね、ヤカと別れた後、家に帰る途中で犬を拾ったの」

「捨て犬か?」

「そうみたい。まだ小さい白い犬で、弱っていたから可哀そうになって。家につれて帰ったのだけど、父がそのことで怒ってしまって。里親を探すまでの間と頼んだのだけれど聞く耳をもたないの」

「それで、俺に預かって欲しいってことかな?」

「ええ。ヤカの暮らしているアパートがペットの飼育許可があればなのだけれど」


 そもそもの話、俺はあのアパートを"組織"から用意されているため家賃を払っていない。そのため家主の存在を知らないのだが、さて、ペットを飼って平気かどうかと訊ねられると何とも言いかねる感じだ。


「たぶん平気だ。昼間の間見てくれる人間にも心当たりがある」


 Dと博士の顔が思い浮かんだ。しかし博士に任せると怪しい改造を施されそうで若干不安が残る。

 俺がそういうと、シーリィ女史に笑顔が浮かぶ。


「本当!? よかった。うちの父、犬に対してよっぽど嫌な思い出があるらしくって、物凄いヘソ曲げているのよ」

「ははは。そういう思い出は中々払拭されないもんだからな。よし、じゃあ今日は一緒にペット用品を見て回るか。そうしたら明日からでもうちで受け入れられるだろう?」

「いいの?」

「勿論さ」

「ありがとうヤカ。本当に助かるわ」

「お安い御用だ」




----




 (ヤカ)は私に合わせてくれる。

 それは歩く速度にしても、話題にしても、デートの行く先にしても――恋人としての接し方にしても。

 二十を過ぎた恋人が未だにキスもせずにいるだなんて、今時学生でもそんな人たちいないのに。そのテのことに踏み切れない私を案じてか、彼も無理にそういう事をしようとはしない。いざ迫られたとしたら、私自身何をしてしまうか分からないのでその気遣いはとてもありがたいけれど、もう少し強引にして欲しいと思う自分も居る。正直この件に関して私の心は矛盾していて整理がついていない。


 いつか訊ねたことがある。私の趣味に無理して合わせることは無いのだと。


「俺はどこに居ても似合わないからな。それなら君と一緒が楽しい」


 そんな風に答えていた。

 そうかしら。似合わないというのは彼の自己評価だけど、私はそうは思わない。

 恋人の贔屓目を抜きにしても、野性味がありつつ下卑ていない彼の雰囲気は、どんな服、どんな場所にいても輝ける物だと思う。それを疎外感だと思うのなら、勘違いであると伝えてしまいたい。


 今だって、ほら。ペットショップの店員が仕事をしながら彼のことをチラチラと見ている。私が見ているとすぐに気付く癖に、ああいう視線は気付かないのかしら。


「ねえ。あの人、ヤカのこと見ているわよ」

「ん? 俺は今君を見ているな」

「んっ……いや、そうではなくて……もう」

「白い犬なんだったよな? 赤い首輪では趣味が悪いだろうか」

「どうかしらね。それほど値の張る物でもないし、いくつか買って気分で変えてみるのはどう?」

「なるほど。確かにそれがいいな。ついでに君の首輪も買っておこうか」

「そうね……!? 何を言っているのよもう!」

「ははは、冗談だ冗談」


 買い物籠に詰め込んだペット用品を手にレジへ向かう彼の背中を眺める。

 このまま結婚……するのかな。

 この人とが……いいな。まだ同棲もなにもしていないけれど、今はヤカ以外に考えられない。もしかしたら恋ってそういうモノなのかしら。

 父も母も反対するかもしれないけれど、私の性格を考えたらもう一度別の男性と交際できるとは思えない。


 会計を済ませた彼と一緒に店を出る。まだそこまで遅い時間ではないけれど、外はすっかり暗くなっていた。


「この後はどうする? 最近夜は魔獣の被害で物騒だから、俺としては君を家まで送り届けたいと思うんだが」


 魔獣被害。そういえばそんな話を新聞で見かけていた。

 強盗事件に市庁舎の怪事件、そして今度の魔獣被害。最近なんだか物騒ね。


「ま、本音を言うともう少し一緒に居たい気持ちなんだけどな。外が危ないから、お家でデートと洒落込みたいね。ま、無理にとは言わないさ。さあ行こう」

「行くわ」

「オーケーオーケー……ん? 行くって君の家に?」


 いつまでも同じじゃいられない。変えなきゃ。進まなきゃ。


「行く。あなたの部屋」


 変に意識して言葉が片言になってしまった。咄嗟にそらした視線を恐る恐る彼に戻す。ちょっと驚いた顔をしていた。こういう顔は珍しい。


「大歓迎さ。泊まっていけるのかい?」


 泊まる。泊まるってことは外泊。家に門限はないけれど、これまで外泊なんて数える程しかしたことがない。平気かな、平気だきっと。それより彼の家に泊まる。男女が一つ屋根の下。しかも恋人同士が彼氏の家に。どうしよう。今日の服は野暮ったくはないか。いやそれより彼の家に泊まる。泊まるってことはきっと――。


 彼の問いに何と答えたかは記憶に無い。

 だけど肯定の意を示したこと、そして照れ隠しに彼の腕にしがみつくと、嬉しそうな彼に引かれながら夜の街を彼の家に向かって歩いた事は覚えている。

 彼の住まいは想像よりも綺麗だった。部屋も、ベッドから見上げた天井も。



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