第18話 嘆きの灯台-18 公園での交錯
魔獣の攻撃は物理であれ魔術であれ直線的であることが多い。野生における意表をつく行動とは奇襲であり、初撃が回避され面と向かった相手に対しては憚らず腕力で捻じ伏せようとする。小手先の技よりただ速く強い一撃の方が相手の命を断てるからだ。
爪を立てて振われる前足の一撃を後ろに飛んで交わす。
大型の四足と戦う時、重要なのは攻撃を避けた後その場に留まらないこと。そして避けた後は人間相手の拳闘と同じく攻撃が飛んで来た方向に回り込み続けるのが効果的だ。
どれだけ無茶な身体能力をしていようと頭蓋があって背骨がある形をしている以上、方向転換には足の着地が必要になる。
「術式解放9番」
「グオウッ!?」
ドスンッ、と重い衝突音。
9番は重衝撃を伴う弾丸の魔術だ。準備さえしておけばライフルの弾丸に封入し使用出来る。
魔獣は身体の芯をずらされ横向きに数m吹き飛び、砂埃を立てながら着地した。毛を逆立てて唸るその眼光には強い憎しみと怒りの感情が込められている。攻撃の被害は見て取れない。
魔獣の尻尾に紫電が走る。魔術発動の傾向だ。
魔獣も人も魔術で使う術式は基礎的な部分で変わらない。術式は大雑把に言って対象、どの程度の規模か、どんな現象を発現させるかの要素で成り立つ。
術式は思い描いた現象が式となって浮かび上がった結果である。頭が右手を上げると思った瞬間身体に流れる電気信号、それが可視化したものが術式だと考えてもらって構わない。
故に後付で変更が出来ないから見てからの対処も可能になる。無論見えない程速い魔術も沢山あるし俺の魔術は殆どその類だ。
幸運にも魔獣の魔術は術式が視認できた。対象指定最短距離電撃――大した魔術ではない。肉体を用いた攻撃と異なりそれほど練度は高くないらしい。
「術式解放2番」
「グルゥゥァアアッ!」
雷光が薄暗闇を切り裂く。カメラのフラッシュのような瞬く間の閃光。
しかし飛来した雷光は俺に命中することは無く、足元の地面が盛り上がって出来た壁面に遮られ、僅かな焦げ跡を残すに留まる。
2番は土の魔術。足元がむき出しの土でなければ使えないが、一瞬で身長以上の土壁を作り出す魔術だ。この魔術、攻撃を防ぐことに使い易いのは勿論だが、相手の視線を一度切れる事こそ真に便利な部分だ。
魔術で壁を作った瞬間俺自身は反転、公園の道を真っ直ぐに疾走する。目指すは中央の合流地点だ。
背後で攻撃を防がれ怒り心頭の魔獣が壁越しに攻撃を仕掛け、しかし俺の姿がそこに無い戸惑いを表す呻き声が耳に届く。
当たり前だが俺の足は獣ほどは速くない。直に発見され追撃を受ける。
分かれ道。背後からの攻撃を避けるついでに中央へ向かう。
視線の通る限り、30mほど離れた位置に中央の噴水が見える。当たり前だが隊長達は視線の切れた場所に潜んでいるようだ。通信を入れる余裕が無かったので少し心配だが、さすがにこちらの状況くらいは把握しているだろう。
勢い余って曲がりきれなかった魔獣が引き返して追いついてくる。
迎撃を選択。ライフルを鼻先へ向けて放つ。1、2、3――素早く横へ軸をずらし、勢いそのままに巨体が飛び込んでくるので再び2番を発動。
「ギャンッ!?」
衝突の寸前、魔術を発動させ土壁で遮る。土の塊というのは思っているより硬い。厚めに造った土壁であれば尚のことそう感じるだろう。
壁越しに魔獣の悲鳴を聞き、追いつける程度に速度を抑えて駆け出す。目標地点まであと少しだ。
と、このように考える余裕があるうちは相手が弱い。戦うだけなら俺一人でも対処可能な個体ではある。恐らく協会員をして仕留め損ねる理由は魔獣の逃げ足にあったのではないかと予想する。
つまり、何から何まで隊長の手の平の上であったという事だ。
噴水広場に辿り着き、魔獣を煽るようにゆっくり振り返る。
背中を向けた間抜けな獲物に飛び掛らんとした魔獣は横合いから打ち付ける銃弾の雨によって不自然な軌道で墜落した。
「"Y"離れろ」
隊長からの指示。素早く身を引くと、入れ違うように火線が舞い降りた。
「――!」
重火器の用意もあったらしい。炸裂弾の命中により魔獣は臓物と肉塊を炎に焼かれながら巻き散らかし、声も無く絶命した。
全員でかかる必要の無い相手ではあったが、確実な方法でもあった。
「死体の処理は不要だ。手配が有る。総員撤収――」
『"D"より全体! 侵入者だ! 現在戦闘中! 合流地点へ向かう!』
「撤収は中断。各班迎撃準備。指示があるまで待機」
覚えのある展開。嫌な空気の上を「了解」の唱和が滑る。
Dはよっぽど必死で逃げてきたらしい。報告から僅かな間で中央広場に駆け込んできた。
転がるように駆け込むDを追って現れた人影。さらにそれを追って現れた人影。
Dの馬鹿野郎。複数居るならそう報告しろ。
そして、暗がりから頼りない街灯の明かりの元に現れた姿は、既知なる顔だった。
「貴様等、よくも堂々と姿を現したものだなッ!」
大陸に10人といないS級協会委員、モーデウス・ミルドラントその人だ。
「モーデウスのおっさん! やっと追いつい……うおッ!? こいつらあの時の仮面!?」
「モーデウスさん! こ、これは……!?」
そして近頃やけに縁の有るエリク氏と捜査協力までした仲のアース青年までもが姿を現す。
モーデウスは怒り心頭だ。何故だと考えかけて、彼の視点から見た場合、この装備の集団の印象は強盗集団だ。それがサンベイル市内で武器を持ってたむろしていたら何事かと思ってしまうのも無理はない。
顔面に蹴りを入れた俺の影響は無い物と考えたい。何かを探すような眼差しはきっと敵が潜んでいないかを見逃さんとするためのものなのだ。
「協会員モーデウス・ミルドラント。我々は市議会の許可を得て市内で活動している」
隊長が前に出て告げる。
「何を馬鹿な! 貴様等のような強盗がそんなもの得られるはずがない! その場凌ぎで煙に撒こうとでも言うのか!」
モーデウスは頭から信じない。当たり前だ。取り逃した強盗が持っている許可証など信じるほうがどうかしている。
「クラウン・ゴールドス氏による指示で活動している。問い合わせればその正誤は取れるだろう」
「馬鹿なッ!」
「ちょ、ちょっとモーデウスさん。少し落ち着いてください。つまり貴方達はゴールドス氏の依頼を受けてこの場に居るのですね?」
興奮するモーデウスに代わりアース青年が言葉を継いだ。
「その通りだ」
「確認する方法はありますか? 例えば今この場で連絡するなど」
「可能だが行う意味が感じられない」
「いいえ、市警法によって警察権所有者による武器所持者の補導は断れません。断った場合武力による制圧が認められています」
「…………なるほど市内において君の意見は正しいと判断できる。連絡をしよう。少し待て」
そう言って隊長はサイドパックから携帯端末を取り出し発信する。
かすかに聞こえる呼び出し音だけが響く、不気味な緊張感に包まれる。
「夜分遅くに失礼します。私です――はい。協会員の――……おい君。いやそちらのモーデウス・ミルドラントでもどちらでもいい。ゴールドス氏と繋がっている。好きに確認するといい」
「くっ……!」
モーデウスは視線でアース青年に出るよう促すと自分は武器を予断無く構える。
歩いて近づいたきたアース青年に端末が手渡される。
「はい――……はい。はい、アース・アクライトです――」
手元の端末で何かを調べながら、ややあって会話を終えたアース青年は耳元から端末を降ろすと、モーデウスに向かって首を横に振った。
「協会の証明番号が一致しています。また、後日詳細をうかがうための連絡手段としてこの端末を預かる事となりました。今夜のうちでの補導は不可能です」
「そういう事だ。サンベイルにて魔獣退治の依頼を受けた立場にある。既にメディアなどの情報で知る所であろうが、外部から招聘された戦力とは我々だ。拘束を受ける謂れもない。今も魔獣退治にあたっていた所だった」
「なに……?」
訝しげな目で広場を見渡すモーデウス。怒りで狭まった視界には散らばった肉片や諸々が目に入っていなかったらしい。悔しげに歯をを食いしばっている。
「では、撤収する」
敢えてゆっくりと見せ付けるように隊長は歩き出す。俺達もその歩調に習いゆっくりとやつらの側を通り過ぎる。コラコラD睨み付けるな。
律儀にも車両に乗り込む所までついてきたモーデウス等。決してそんな筈はないと思うのだが、その目が俺だけを見つめているように感じた。
車両の扉が閉まり肩の力を抜く。明日は午後休にでもしよう。
書いてる時にふと思ったんですが、
仮面ライダーも全く同じものがずらりと並ぶと不気味に思うのかなぁ




