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第15話 嘆きの灯台-15 灯る


 例えば、それが険しい試練だったとしよう。

 きっと越えるための準備をするだろう。或いは事前に対策をするかもしれないし、それを含めて準備と呼ぶのかもしれない。

 では前触れも無く試練が訪れた場合、どうすればよいだろうか。日頃から備えるのが正しい態度なのだろう。しかし備えの内に収まる事象は果たして試練足りうるのか? そうではないと俺は主張したい。

 試練とは、往々にして前触れも無く、そして理不尽に現れるものだ。


「んだ? 食わねえのかヨ」


 縞模様の日避けの傘の下、通りに面した喫茶店は昼下がりにしては繁盛している。時折通りかかる通行人がギョッとした目でこちらを見てはそそくさと立ち去っていく。それも無理らしからぬ事だ。


 席の向かい側におわすのは全身黒ずくめの服飾をした男。黒い短髪、ひょろりと長い体躯を黒革の上下で包んでいる。止せばいいのに黒い革靴、指貫グローブも同じく黒。唯一色味を感じさせるのは目元を覆う赤い色眼鏡。その下に隠された三白眼は風体の不審さと相まって柄の悪さを演出する一助となっていた。


 間違いなく痛い奴か変わり者。今日日喪服以外で黒で揃える服飾などお目にかかれない。可能であれば距離を置きたい手合いなのだがそうもいかない事情が俺にはあった。


 彼、バディスト・ウーダ氏は"組織"より送られてきた追加の戦力だ。本人は"組織"の戦闘員を自称したが、今もテーブルの脇で「食べないの?」とニコニコ胡散臭い笑みを浮かべ俺たちを見守るピエッタ曰く、12人しか居ない"執行部"の一人であるらしい。俺の立場からすれば上役だ。


 さて、先ほどから食べるだの食べないだの何の話だとお思いのことだろう。


 それは白い巨塔。アイスクリームとホイップクリームと生クリームとカスタードクリームが混沌と斑の地層であるかのように降り積もらせたた大地。そこに板状のウェハースや細長いクッキー生地にチョコレートを絡めた菓子らが墓標のように突き立つ。色とりどりの果実が狭い容器に所狭しと詰め込まれ、丸く乗った淡い色のアイスクリームの上を陽気なコーンが尖塔の如く飾り、頂を締める。


 パフェだ。


 商品名をデラックスラブラブトキメイトパフェという。愛し合う二人が食べれば仲が深まるという触れ込みの人気メニューだ。諸々物申したい所だが上役に当たる人物からの勧めである。酒と同じで断る事は礼を失する。たぶん。


 渋々銀匙を手に白い巨塔に挑む。向こう側では怪しげな風体の男が黙々と白山を切り崩し果実へ手を伸ばしているところだ。ふいに色眼鏡越し、視線が合う。


「うまいゼ?」


 ニヤリと笑って一言。違う、そうじゃない。


「あの二人、きっとそういう関係なのよ!」

「キャー! どっちがどっち!? どっちがどっちなの!?」


 店員達が遠くでさえずり合っている。男同士で恋人パフェを突き合う様を見て誤解しているようだ。

 掬って口に運ぶ。甘いはずのそれはどこか苦味を伴って味覚を刺激した。






「改めて紹介するよ。彼がヤカ。それでこっちがバティスト。"組織"からの応援さ」


 修行のような甘い時間が終わるとピエッタが仕切りなおした。初めからこれだけでよかったのではないか。


「まっ、喰える奴なら手ェ貸してやるよ。よろしく頼ンゼ(たのむぜ)

「よろしくお願いします。ところでピエッタさん。このような場所で会合を持っては機密保持に問題があるのではありませんか?」

「その点は抜かりないよ」


 ピエッタはパチンと指を鳴らす。甲高い音はそれなりに大きく響いたはずだが、周囲の客はこちらに目をやらない。


聞こえない(・・・・・)ってワケさ」


 それでもお前たちのような異様な風体した奴は人の記憶に残ると思うのだが。潜入任務中であることを考えると非常にリスクが高い。


「フフフ、思い出せない(・・・・・・)。そういう事さ。安心するといい」


 便利な魔術だ。魔術だよな?


「相変わらずオメーの術は意味ワカンネーなァ? ピエッタァ」

「奇術の種は隠すものさ」

「ヒャハハ、それもそうだよなァ。よし面は覚えた。用がある時ァよびなァ」

「うん。近いうちに連絡するよ」

「あいよ。んじゃ俺はここいらのスウィィ~ツを喰い尽くしてる。あばヨ」


 颯爽と、猫のように背中を丸めてバティスト氏は立ち去った。

 あのナリで甘いものが好きなのか。成程デラックスラブラブトキメイトパフェはお二人様以上限定だ。一人では注文することは出来なかったのだろう。だからこそ俺やピエッタが居る時に注文し、店員の目を気にして一人で食べなかったと。

 いや、趣味や趣向をとやかくは言うまい。それは個人で楽しむべきもので、他人に言われて変えるものではないのだから。

 だが敢えて、敢えて踏み込んで言おう。


 また、変な奴だ。


 これで3の3で変な奴だったわけだが、つまり"組織"の人間とはそういう奇人変人の集まりなわけだな。次からはしっかり心構えを用意しておこう。


「さて、僕らも長居する用もないしね。そろそろお暇するとしようか」

「はい。ところで会計はどうすればよいですか?」

「うん?」


 胡散臭い笑みでじっと俺を見つめるピエッタ。

 こいつほど金を持ち歩いている印象の無い人間を俺は知らない。


「……お持ちではない?」

「うん。出して?」


 立て替えたパフェの代金はかなり割高だった。ピエッタの飲んだ茶の代金よりは。




----




 サンベイル市庁舎地下に発見された謎の遺跡。

 発見時の探索により地下三階までの地図が作成されたものの、まだまだ先に遺跡は続いていた、との報告を最後に探索は打ち切られている。


 その地下七階(・・・・)


 闇を切り裂く眩い照明が広い空間を明るく照らし出す。しかし広大な空間故か光はやがて減衰し、部屋の四隅や先の見えない天蓋に暗幕のような闇を作り出す。


 そんな場所で白衣を身に纏う茶色い短髪の精悍な男が部屋の中央に鎮座する"何か"に触れていた。

 触れる度燐光を放つそれの反応を確かめ、男――マル・イーノ、通称ブルーマン博士は先の見えない作業より手応えを得つつあった。


「調子はどうだい、博士」

「フハハ! 君もきたかピエッタ君。そうだな、まずまず……と言った所だな!」

「そう。動かせそうかい?」

「少し時間はかかるが問題は無い! それにしても古代人というのは中々どうして無茶苦茶な物を作る。こんなものを一体"何"に向けるつもりだったのやら」

「フフフ……さて、ね。作った当初は人で無かったのは確かだったようだね。竜や天使、或いは悪魔に対して向けられていたんじゃないかな」

「ふーむ? 興味深いが今は止すとしよう。思索に耽るほど時間的余裕があるでもないからな!」


 会話の間も博士の視線は"何か"から逸らされる事はなく、その手が描く光の軌跡も止まる事がない。


「期日に間に合えばいいさ。その点は信頼しているよ博士。ところでバディスト君が到着したよ」

「ほう! 彼もこっちへ来たのか。()はいいのかね?」

「そっちは彼女に行ってもらってるよ。少し動きがあって、手が緩んだみたいだからバディスト君にはこっちに来てもらったのさ」

「ふむ? なるほど、"尾薬"の件か」

「そういうコト。それにしては妙だと思うけどね」

「君で解けない疑問なら、それは時間の経過以外に解決の術が無いという事だ。さて、これで……どうかな!」


 タンッ、と博士が"何か"を叩いた刹那、変化は劇的だった。

 爆発的な勢いで指先から光線が葉状に広がる。やがてそれは光の束となり、螺旋を描いて中空へ上って行く。そしてそれを浮かび上がらせた。


「フハハハハ! なるほど。"灯台"とはよく言ったものだな!」


 地下空間であるにも拘らず聳え立つ尖塔。これまで潜ってきた分の高さなのだろう、50m超の巨大な建造物は白い壁面に葉脈のような青い燐光を走らせ、胎動するように光量を変えている。そしてその先端。鈍く光を反射する透明なガラスと人間程の大きさがあるだろう巨大な白い結晶は、足りない何かを示唆するかのように沈黙していた。


「鏡面竜の心臓か。あんなものがよく残っていたね」

「理屈は想像でしかないが、あれに力を集積するようだな!

 これで後は"真なる鍵"の到着を待つのみだ」

「フフッ、これは確かに、ゴールドス君が好きそうな遺産だね。けれど博士の好みではないかな?」

「ハッハッハッ! やはり分かってしまうか! 使われている技術は称賛に値するが、装置の目的は実に単純であるからな!」

「さて、舞台は整えられていく。一体どうするんだい、英雄諸君?」


 闇の向うへ投げかけられたその問いに、答えるものはまだいない。



ブクマご感想、ありがとうございます。いつも励みにしております!


男二人でパフェを食べた経験はおありだろうか

私には、ある……! 地獄のような経験……その記憶……!

私甘党なので普通においしかったですけどね

季節の変わり目でフィジカルを試されています

季節の変わり目なんかにぜったいまけない……!

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