第14話 嘆きの灯台-14 到着
以前、マリアベルが考え事をするのに協会のロビーは向いていると言っていたけれど、なるほど確かにこれは調度いいと感じた。
昼下がりのサンベイル市狩人協会のフロントロビーは静謐な時間が流れている。それはたまに現れる依頼の達成報告以外に訪れる者がいないからだ。朝だともう少し、依頼の受理・委託や追加情報の提供などで人気が増す。とはいえそれとて知れた数だ。そもそもに於いて狩人資格を持つ人間は多くない。巨大都市と呼ばれるサンベイル市であっても、4桁に満たない数しかいないのだから。往時は万を数えたらしい。それだけ当時の魔獣被害が深刻であった事の証左だろう。
協会員が詰め所を訪れる時は依頼を受ける時かそれが達成されたときだ。ほぼ大体の依頼は一日では終わらないので必然訪れる間隔は開く事になる。実際に俺もこれまで用事がなければ足を運ぶことは無かった。少しこの場所に対する見方が変わったように感じる。いや、或いは今俺に必要なのはこうした視点の変更、ないしは発想の転換なのかもしれない。
現在、サンベイル市ではいくつかの奇怪事件が解決し、いくつかの奇怪事件が発生している。
事の起こりは、やはり少女連続誘拐事件だろう。
一年前から発生していたという奇怪な事件。少女が一晩姿を消し、そして何事も無かったのかのように日常へ戻される。一貫した特徴として被害者たちは失踪中の記憶が喪失していること、そして性的被害に遭っていること。
超常の力が振るわれている事は明らかだ。しかし該当する魔術、薬品、その全てに対する検査において結果は白。詳細が掴めないものの、効能が強力な薬品の使用は認められたらしく、喪失中の記憶の復旧は現物の回収が出来なければ不可能との診断が下された。
卑劣な犯罪だ。薬物を用いて女性に性的行為を働くなど許される行為ではない。
一月に一度の間隔で誘拐事件は発生する。しかし捜査は全くと言っていいほど進展しなかった。
当時、俺も聞き込み調査に協力したが、犯人どころか被害者の目撃情報すらまともに上がらないのだ。まるで被害者が煙のように消えてしまったかのよう。
初犯とされる事件から一年。捜査は続けど進展はせず。被害者だけが増え続ける中、転機が訪れる。それは意外な方向から始まった。
"花怪盗"事件、並びに模倣犯による連続強盗事件。
こちらは少女連続誘拐事件より3ヵ月遅れて始まった一連の騒動だ。正確には未解決の事件として現在も捜査中だが、本質的には決着したと言って良いだろう。
まず"花怪盗"事件。別名連続窃盗事件。最大の特徴は家主や所有者に全く気付かれる事無く物品が盗まれ、盗まれた物の変わりに季節のドライフラワーが置かれるという物だ。盗まれた品物は大抵が金銭的価値のない物で、中には置かれたドライフラワーの方が価値があるような物もあったという。(現在、彼のドライフラワーはマニアの間で高値で取引されている。こちらにも偽者が現れているのはなんとも言葉に困る展開だったが)
当初からその手口・盗まれた物品より警察は愉快犯による犯行と断定していた。小馬鹿にされて面子をいたく傷つけられたものの、ドライフラワー以外に全く犯人の痕跡が残されていない事、そして少女連続誘拐事件がの渦中にあり、捜査の手がそちらに必要な事から"花怪盗"事件は頻度、連続性にもよらず特別の対策本部が設置されることも無く、俺たち狩人協会員へ依頼が投げられるような軽犯罪として処理されることとなった。
風向きが変わったのは"花怪盗"事件発生より8ヶ月。ついに傷害が発生したのだ。
しかしこの事件、ドライフラワーという類似点はあれど、その他はあまりに似つかわしくない手口であった。銃器を持った二人組み、夜間の犯行、何より盗まれた物が金品である事と、あまりにも犯人の痕跡が多かったこと。これらの事柄から模倣犯による別事件と断定された。
世間的に決定的となったのは"花怪盗"予告状事件の後だろう。本人が全身青タイツの変態……ブルーマンというなんとも言えない名乗りを上げた事で以降警察内ではブルーマン事件と呼ばれるようになったらしいが。
あの厳重な包囲網をすり抜けた隠密術、突然視界から消えた奇術など考えるべき点は多いが今はおいておく。
そしてケールニクト劇場集団襲撃事件に続く。
突如として現れた銃器によって武装した強盗団が劇場を襲撃、金品の強奪を図った。当然のことながら襲撃は鎮圧される。俺も制圧作戦には参加した。
しかしこの制圧劇には裏側が有る。実は事件発生の数時間前に匿名の情報提供があり、ケールニクト劇場襲撃が示唆されていたのだ。そのため事件発生以前に協会員は集められており、それが迅速な制圧に繋がったと言える。
ともあれ肝心なのはその後だ。犯人の口から武器の提供に警察内部の関与が示唆されたのだ。しかも、連続誘拐事件とは別に発生していた連続強盗事件。それらの主犯格が武器の提供者の指示によりごろつきを集めていた事すら明らかになる。
事態は急転直下の様相を呈す。更に、証言を集める犯人達の様子もおかしい。別の犯人によれば同時に指示を受けたはずの人物が、指示に関する記憶と指示者についての記憶の一切を有していなかったのだ。
一人ならば偶然ないし不整合として追及が続いただろう。だが類似の矛盾は至る所で発生した。このことから警察は一つの結論を得る。
『記憶の操作が行われた強盗犯とそうでない強盗犯が居る』
そして彼らに薬物、魔術反応はない。それは少女連続誘拐事件の特徴と一致する。繋がらなかった線が全て一つに纏まった瞬間だ。捜査線に浮上した人物。それは強盗犯たちの口より名を語られた一人の刑事。
デアネミー・トト。重要参考人として聴取しようとしたところ逃走。逮捕状が発行され、市庁舎に潜伏している事まではすぐに突き止められた。
ここからが事件の奇怪な部分であり、今もって明かされない謎。
潜伏していたデアネミー刑事を確保に向かった機動隊は突如として同士討ちを始める。この時点で狩人協会にも救援要請が飛ばされた。たまたま身体の開いていた俺たちのチームは現場に急行し、警官同士が撃ち合う異常な光景を目の当たりにする事となった。
ある程度制圧したところでマリアベルが地下から異常な気配を感じると伝えられる。彼女は魔的な察知能力が高く、これまでも何度かそのおかげで命拾いをしたり成果を上げる事があった。また、地上でこれだけ派手な撃ち合いをしているにも関わらずデアネミー刑事の姿は見えない。地下で潜伏している可能性は十分にあった。
そして発見した謎の地下空間。遭遇した謎の男と仮面の男。その奥に存在した意図不明の工場らしき施設、異形の姿へと変貌したデアネミー刑事。
デアネミー刑事はその後、応援に駆けつけたA級協会員"氷結"のキャリー氏の助力により鎮圧される。だが多くの謎は残されたままとなった。
逮捕されたデアネミー元刑事は心神喪失で生きた屍のような状態となり収監。
謎の地下空間は現在封鎖されており調査は行われていないという。これは場所が市庁舎の地下という行政機関である事を配慮した結果だという。確かにどんな危険が眠っているのか不明な以上、その上でいつも通り働いてくださいなどと言えるはずもないが、専門家による……つまり我々協会員による調査を全く行わないというのはかなり強い違和感がある。
警察側の知り合いによれば、この件にはかなり上のほうから圧力がかかったらしく、警察側も不満を溜め込んでいるらしい。何とか地下に保存されていた薬液の見本を入手したくらいで、その調査も進展がないらしい。
ここからだ。俺は先日、知り合いの元傭兵という人物から貴重な情報を提供された。一連の事件の裏側にあり、現在も市庁舎地下に保管されている魔薬の正体についてだ。
そもそも何故彼を訊ねたかと言えば、情報的な行き詰まりから漠然と魔薬とその原産地になりやすい大陸南部を結びつけ、そこからそれらの情勢に詳しい傭兵の存在に思い当たり、彼を思い出したのだ。いわば藁にも縋る気持ちだった。
結果、望外の成果を得られた。
暗示、洗脳、水色、などの情報では協会の情報網に引っ掛からなかったが、"尾薬"という単語には手応えがあった。組成や効能についての詳細は今以上の新しい情報が無かったものの、"深淵"なる犯罪組織によって精製、流通されている魔薬なのだという。
取っ掛かりは得た。後は情報を共有し現地の協会員からの反応を待とう。
「アースさん。アース・アクライトさん」
「うん?」
俺を呼ぶ声に顔を上げると見慣れた顔で、窓口の受付員フォルナスさんだった。長い髪を尻尾のように後ろに下げているおかげで俺が一番最初に顔を覚えた受付員だ。
「どうかしましたか?」
「ええと、あちらの方がお話を伺いたいんだそうで」
事務仕事をしているんだなと分かる綺麗な指先で示された先を見ると、北部生まれらしい濃い顔立ちの男性が軽く会釈していた。どこかで見たことの有る顔だ。
立ち上がり近くにまで寄る。魔獣寄せのコロンの香りが鼻をついた。これを身につけられるのはA級以上の猛者だ。同時に記憶の線が繋がった。
「モーデウス・ミルドランドだ。君の報告書にあった仮面の男について詳しく聞くために参上した。もし時間がよければ今からでも話を聞かせてもらえないだろうか」
「かの有名な"鉄壁"のモーデウスさん……でしたか。いや、すみません。S級の協会員を目にしたのが初めてで」
「うん? そうか。それでどうだろう」
「はい。今日は予定もありませんので大丈夫です。むしろこちらからもお願いしたい程です。ちょうど行き詰まっていたところだったので。仮面の男……全面を覆われた面当てに赤茶けた革鎧の男、の話でいいのですよね?」
「正しくその通りだ。よし、場所を変えよう。とはいえ俺はサンベイルに詳しくない。君はここの生まれか?」
「ええ。内密な話をするのに調度いい店があります。ご案内します」
「頼む」
まさかS級協会員と話す日が来るとは。しかも行き詰まっていた情報について何か知っている風だ。
仮面の男、それと争っていた男、そして……道中現れた仮面の男の仲間と思しき紫色の少女。
ヤカさんには感謝しないといけないな。彼に相談してから一気に進展があった。お酒……はまだ飲んだ事が無いから詳しくない。調度いい、そのこともモーデウスさんとの話題にしよう。
少しの高揚と大きな期待を胸に、俺はモーデウスさんを連れ立って協会詰め所を後にした。
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同刻。サンベイル市外、旅客機発着場。
「ヒャハハハ……ここが激戦のハウスだなぁ?」
全身黒尽くめの赤い色眼鏡をかけた男が、サンベイルに降り立った。
ブクマご評価ご感想ありがとうございます。こんなに続けてもらえるもんなんだなぁと恍惚としています。ローファンすげえや
モーデウス「kwsk」
アース「おkサンキューヤッカ」
殆ど自分が整理するための説明回でした




