第13話 嘆きの灯台-13 尋問
それは風の強い少し寒い日の事だった。
「安い酒には安い酒の飲み方ってモンがあるんだ。これはこれで悪くないだろ?」
「その通りだと思うけど、変なところ触らないで」
「いいじゃないか。せっかく君の希望でこんな酒場で飲んでるんだ。たまには粗野な雰囲気を楽しんでみようぜ?」
「撫で方がいやらしいのっ!」
場所は俺のアパートの近くにある酒場。「こんな酒場とはなんだ」と店主が抗議の声を上げるが無視。今日は普段と趣を変え、俺とシーリィ女史は場末の酒場で一杯引っ掛けていた。
貴方の暮らしている場所が見てみたい。シーリィ女史のそんな言葉から始まったこの催し。せっかくだからと俺も普段とは態度を変え、少し粗略に彼女を扱っている。二人掛けのソファーに並んで座り、肩に手を回して抱き寄せながら酒を傾ける。
肩にかけた手が時折彼女の魅力的な腰周りにまで降りるが、その度に叩かれて撃退されている。シーリィ女史もなんのかんのと怒って見せるが、こういう遊びも嫌ではないらしく、楽しそうにしている。
正しくお嬢様の火遊びだ。
「それにしても、こんなに雰囲気が違う物なのね。同じ市内なのに」
酒場の内装だけではなく、ここに至るまでの町並みを思い出しながらの発言だろう。
「東西10kmの街だ。行った事のない場所の一つや二つくらいあるだろう。ましてや態々足を運ぶ必要の無い場所だと尚更さ」
「まあ……そうなのかも。よく考えてみれば、近所でも知らない道だって結構あるもの」
「ご感想は?」
「一人では来たくないわね」
「二人なら?」
「エスコートしてくれるなら考えるわ」
「ならまた来よう。いつもみたいにテーブルで向き合ってする食事もいいが、こうして近い距離で顔を見ながらシーリィと話せるのも好きだな」
「そんな事言って。下心が丸見えよ」
「偶にならいいだろう? ここなら職場の連中に見つかることも無い」
「そう……かもね」
そう言って身体を預けられる。自然と腰に伸びた手は、今度は振り払われなかった。
――カランカラン
入り口の鈴が鳴る。客の来店だ。
この街には珍しい爽やかな印象の青年と、勝気な表情をした少女の組み合わせ。こんな場末の酒場に用があるとは思えない井出達であるように思う。店主もそう思ったのか、どこか訝しげな表情だ。
「! お食事中失礼します。ヤカさん……ですよね?」
青年は迷い無く俺に話しかけてきた。どこかで見た顔どころではない。なんなら殺し合いをしかけた間柄の協会員、アース・アクライト青年だ。
「俺はヤカだが、どこかで……」
「ねえヤカ。彼ってもしかして劇場で……」
「ん? ……ああ! あの時の協会員か」
「はい。その節は捜査にご協力いただき、ありがとうございました」
顔も名前もばっちり覚えているが、すっ呆ける。今の俺はあくまで清掃員のヤカなのだから。しかし仮面や覆面越しとは言え何度も出くわしている相手と改めて面と向き合うというのも妙な感じがする。
「少し、ご相談がございまして」
何やら面倒の気配がする。
「ヤカさんは元傭兵、という経歴をお持ちなのですよね?」
「ああ。それ自体は別に隠すことでもないな」
「所属していた部隊をお教えいただいても?」
「さすがにそれは無理だな。法的に問題が無かったとしても、人を殺す仕事だ。怨みも買っている。こういうのはアンタに情報を秘匿する心算が有るか無いかは問題じゃない。知っている人間を減らす事が肝要なんだ」
「それならば傭兵であったことも伏せておいたほうが良かったのでは?」
「そこは俺の誠実ささ。身のこなしで一々妙な疑いをかけられては敵わないからな」
「確かに……仰るとおりですね。実際に劇場襲撃事件では私も疑った側でしたし」
まあ今も傭兵として働いていないとは一言も言っていないのだが。
アース青年は一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。
「なんだこれ。食玩用の塗料か?」
「先日の市庁舎事件はご存知ですよね」
「そりゃそこで働いているんだから知っているが。刑事が魔術で暴れたんだろ?」
「大まかに言えばそうです。しかし逮捕の際、容疑者のデアネミー刑事は異形の姿となって抵抗しました」
「異形?」
「魔物のような姿です。そちらの写真はお見せできないのですが、その原因となった物がこの写真の液体であるようなんです。この写真の液体について何かご存知の事はありませんか?」
「さすがに写真を見ただけでは判断できない。人を魔獣の姿に変えたんだよな?
要はそんな魔薬に心当たりが無いかという質問だな?」
「はい」
「それならば無い、だな。魔薬ならいくつか見た事があるし物によっては使っている相手と戦うこともあったが、どれも精神高揚や身体強化を行う類の物だった。この魔薬は人を魔物の姿に変える効果しか持たないのか? さすがにそんな非生産的な代物を保管するとは思えないのだが」
「あっ……確かにそうですね。いえ、効果は他にもあるらしいのです。まだ確定はしていませんが、暗示や記憶の操作が出来る可能性が高いとのことで」
「暗示に利用する魔薬ならいくつか心当たりが有る」
「本当ですか!?」
「一つは"死人"のクスリ。自己催眠状態に陥り、ある種究極の精神高揚を行って自分の限界を取り払える魔薬だ。身体的にも魔的にも副作用が強いが体組織を変える可能性があるとしたらこれだな。使用後は大体動けなくなるかそのまま死ぬ。
原材料は南部に自生するサボテン。南部の魔獣が強い理由のひとつだな。
もう一つは"尾薬"。催眠の導入に用いられる魔薬だ。その後暗示や洗脳を行うと聞く。傭兵仲間の間で存在自体は有名だが実物を俺は見た事が無かったな。
南部で採掘される鉱物を精製して作成するらしいが"死人"のクスリ程詳しく知っている訳じゃない。人の姿を変えるような効果があるのかも不明だ」
「"死人"のクスリに"尾薬"……尾薬……その"尾薬"というのは南部ではそれなりに有名な魔薬なのでしょうか?」
「さっきも言ったが存在自体は有名だ。"大崩壊"以前の昔話に登場する。南部のとある王国の側室がこれを使って王を洗脳し寵愛を得るという話だ。ああ……」
「どうかされましたか?」
そういえば話のオチは尻尾が九本ある狐の姿になり暴れまわって勇者に退治された、とかだったな。もっと早く気付くべきだった。全部ピエッタの野郎が悪い。
「すまん。この話なんだがな、オチがその側室が尻尾が九本ある狐の姿になって暴れまわって勇者に退治される所で終わるんだ」
「! つまり……!」
「怪しいな?」
立ち上がったアース青年は頭を下げた。
「ありがとうございます。有力な情報となりました」
「ああ。今度酒でも奢ってくれ。お節介ついでにもう一つだ。件の何とかって刑事、市警程度の立場で魔薬が管理できていたとは到底思えない」
「はい。協力者の線でも捜査が続いていると聞いています」
「そうだろうな。じゃあ次だ。かりに協力者がいたとしよう。あんな魔薬を持ち込んだんだ、恐らく南部の戦場と縁の深い連中のはずだ。なら、そいつらはどこから、どうやって市内に魔薬を持ち込んだ?」
「それはデアネミー刑事が……いや、順番は逆のはずだ。持ち込まれた魔薬を使い、刑事は犯罪を行った。なら市内に持ち込んだのは別の存在、つまり協力者側――」
「そしてサンベイル市の検問は怪しい液体を、それこそ大量のそれを通すほど甘くは無い。つまり」
「…………サンベイル市側、それもかなり高い地位の人間が協力者の背後に居る、ないしは協力者である可能性もある、と」
「ま、"尾薬"が市外で精製されていた場合は、だがな。そうでないにしても原材料から調べはつくだろう。既にされているとは思うが」
「いえ……この件で警察側の動きはかなり鈍いです。最初は身内の犯罪ということで外部に秘匿しているのかとも思いましたが、先ほどのお話を伺った限りこれは――」
「聞かなかったことにしておくよ。君も程ほどにしておいたほうがいいんじゃないか?」
「ご忠告感謝しますが……もう少しだけ調べてみます。せめて協会に報告できる程度の体裁を整えてから」
「そうか。気をつけることだ」
「ありがとうございます。マリアベル、帰ろう」
再び頭をさげたアース青年は同行者の少女に声をかけた。何やら盛り上がっているシーリィ女史と少女はアース青年の声に気付いていない。
「ベル、マリアベル!」
「ん? あっ、ごめん。シーリィさん、また今度お話聞かせてください」
「ええ。今度はもう少し落ち着いた場所でお食事でもしながら」
「はい。それじゃあ」
マリアベル女史もシーリィ女史と俺に頭を下げ、アース青年と連れ立って店を出て行った。
「マリアベル、何を話していたの?」
「素敵な恋話。現実にあるのね、こんなこと――……」
なんだか急に仲良くなっていたな。
「シーリィ。彼女と何を話していたんだ?」
「ヤカとの事を訊ねられたから、その、馴れ初めを話しているうちに盛り上がっちゃって……」
女は男を肴に酒を飲むって言うしな。それは別に構わないのだが、
「それは実に興味の有る話だな。是非俺にも聞かせて欲しい」
「い、いやよ。恥ずかしい」
「まあまあ酒で口を湿らせて。さあさあ隣へお嬢様」
「言わないわよ」
酒と尋問の結果、対象は口を割った。
ブクマ、ご評価ありがとうございます。いつもスーパーウルトラ励みになっています。
笑うな……まだ……!
私は覆面つけて出会った人物に外してであったら笑わない自信がありません
きぐるみのバイトってこんな感じなのかな




