第12話 嘆きの灯台-12 議員
「つまりは市庁舎の地下に"灯台"の入り口らしきものがあるというのだなピエッタ」
廃工場。いかにも秘密の会合の機会を持つには打って付けなその場所に、俺とピエッタ、そして"組織"の"委員"であるらしいサンベイル市の協力者、クラウン・ゴールドス氏の三人は集まっていた。
テレビ画面を挟まずに見るゴールドス氏はコートを着ていても分かる程隆々とした筋肉の堂々たる体格の男性だ。金髪に琥珀の瞳、引き締まった顎と太い首がどこか猛禽を思わせる。意志薄弱な人間が彼を前にしたらそれだけで彼の意のままになってしまうのではないか。それだけ人を従わせる威容を備えた人物だ。
いつか言っていた顔合わせの機会とやらが今日なのだろう。
ピエッタの呼び出しや登場は毎回唐突だが、今回のそれは今までと比較するとかなり穏やかな手法が選ばれていた。部屋でくつろぐ俺が窓を叩く音に目を向けると、そこには集合場所が記載された手紙を咥えた一匹のカラスが――という按排である。可能なら毎回この方法で呼び出して欲しい。
「うん。本当に望外の収穫だったよ。ある意味では、君と僕は刑事に感謝しなくちゃいけないね?」
「フンッ、腐った刑事に感謝などせん。それにしても市庁舎か。建て替え時に気付かなかった、などという筈は無い。指示した奴が居たはずだ」
「恐らくはサンベイル一族なんじゃないかな。"遺産"の情報を有していそうなのはあの家以外にありそうにないし」
「まあ妥当な思考だろう。建替えはサンベイルの先代が存命の時に行われた。最後の仕事とでも思ってやったんだろう。下種な人間の起こした偶然によって無に帰した訳だがな」
「そういう訳で、君の力であの場所を封鎖して欲しいんだ。潜入自体はどうという手間でもないけれど、人手や機材が必要な作業で余計な労力がかかるから、って博士からの要望さ。僕としては狩人協会の介入をギリギリまで避けておきたいかな」
「分かった。手を回しておく。それで、鍵の方はどうだ」
ピエッタが俺に視線を向ける。ゴールドス氏の目もまた俺を向いた。
「先日交際状態になりました」
「命令できるような関係か?」
「まだそこまでの依存状態ではありません」
「おい貴様。女一人にどれだけ時間をかけるつもりだ? さっさと躾けろ。二十も半ばで未通の女だ。何度か犯して甘い顔してやればすぐに言いなりになる」
「申し訳ありません。期日までには確実に」
中々過激な事を言う御仁だ。
議会の中継では勇ましさや逞しさを感じさせる振る舞いだったが、なまじ体格が良いだけに、こういう発言だけを切り取ると盗賊の頭領のようにも思える。
「フン……おいピエッタ。本当にコイツ等は使えるのか」
「"大鷲の一座"と聞いて戦意を保っていられる南部戦場育ちは少ないらしいよ。一度彼らと仕事をしたこともあるけれど、僕や"組織"は問題なしと判断したよ」
「そこまで言うなら使ってやるが、万が一にも失敗は許されないんだぞ。分かっているのか? 本来なら外部の者など使わずに"組織"の戦力だけで決行する予定だっただろう」
「必要だからこそ"会長"が許可したのさ。それに今サンベイル市内では"深淵"の活動も確認されている。いざという時のための備えは必要だと思うんだけど?」
「あの連中か……私の街にあのような汚らしい連中は相応しくない。まあいい、精々金払いの分だけこき使ってやる。
ピエッタ。確認するぞ。決行は議会選挙の2日前。今より数えて63日後。そうだな?」
ピエッタの目が細められる。
「間違いないよ。それまでに"組織"からも追加で"執行部"が到着する予定だよ。君の方こそ地下遺跡の件、よろしくね?」
「分かっている。連絡については所定の方法で。次に会うときは決行する時だ」
言うが早いか踵を返しゴールドス氏は去った。
「フフフ……なるほどね。"偶然"というのは面白いものだ」
「何か、気になることでも?」
「"会長"が言っていたんだ。真実発生した偶然を疑う者は少ない。何故なら意図していないからってね。さて、当然と偶然が混ざり合った時、観測者はそこから偶然だけを抽出できるかな? 出来やしないさ。だからこそ真実は霧に覆われる、か。"会長"も酷な事をするものだ。そうは思わないかい、ヤカ?」
「左様ですか」
「つれないね。フフフ……」
そろそろ付き合いも長くなってきたピエッタだが、コイツが持って回した言葉を選ぶ時は何かに気付いた時だ。何に気付いたのか俺には少しもわからない。そもそも何を聞かれているのかもよくわからない。もっと分かる言葉を喋れ。
「ヤカ。君はクラウン君のこと、どう思った?」
どう、と言われてもな。
「野心的な人物ですね。政治家をやっているだけあって統率力は高そうです」
「ははっ、つまりは路肩の石と変わらなく思っているってこと?」
「いえ、そのようなことは決して……」
まあ戦闘になったら秒殺ではあるだろう。その点で注目すべき人物でなかったのは確かだ。
「ピエッタさん。私は今あなたの部下という立場にありますが、状況によっては先程のゴールドス氏の指示に従う場合もある、という認識でよいでしょうか」
「そうだね。恐らく傭兵として行動する時はそうなるかな」
「であるのならば依頼主に対して私が余計な感情を抱くことはありません」
「フフフ……そうかい? それにしてはヤカ。君は僕に対して色々な感情を抱いているように見えるけれど?」
「ご冗談を」
ニヤニヤしながら顔を覗き込むな鬱陶しい。
「ふーん? ま、いいや。それよりシーリィ女史の方はどんな感じ?」
「報告書に経緯は纏めてありますが」
「そんな味気ない真似したら勿体無いよ。それに人の心の話だもの。君の口から直接聞きたいのさ」
酒場の酔っ払いのようなことを言い始めたぞコイツ。まあ聞かれた以上は答えなければならないが……
「交際に入り何度か出掛け今まで以上に親密な関係となりましたが、性的な接触はまだ行っていません」
「あらら、そうなの? 君って意外と奥手?」
「明確な理由は無いのですが、時機ではない、かと」
「へえ?」
恐らくなのだが、固そうに見えてシーリィ女史は場の空気に流されやすい手合いだ。というよりそれは人間の持つ側面的な性質ではあるのだが、彼女はその傾向がより強い。
俺に言い寄られていた時期も結局ズルズルと言い寄られ続けていたし、恋愛物を観劇した際も、涙を流していた箇所について閉幕後に訊ねれば、今にして考えれば何故涙が出たのかよくわからないと言ったりする。
故に何か、衝撃的な出来事を挟んだ流れで誘った方が効果が高いのではないか。それこそ劇場の襲撃事件のような奴が。
悠長なことを言っている自覚はあるがそんな気がしているのだ。
「なるほどねー。"何か起こる"と。君はそう思うんだ?」
「時間も残り二月と少ないことですし、行動を起こそうとは考えています」
「任せるさ。暫くは頼みごともなさそうだし、シーリィ女史に集中しておいて」
「了解しました」
じゃあね、と手を振るピエッタを見送り、俺もまた自室へ帰る。
しかし"古代人の遺産"の鍵だと言うが、奴等はシーリィ女史に一体何をさせるつもりなんだろうか。
ダノンプレミアムが天皇賞回避(´・ω・`)なので短めです




