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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
33/74

何の変哲もない古ぼけた革鞄(未鑑定)②

「待っていたわ。お帰りなさい」

「ただいま可愛いお嬢さん」

 アイネ・クライネは目の前にやってきて軽やかにお辞儀をすると、モルガンの手を取り口づけをしてくる。


「早速だけど買ったわけではないというのは、どういう事かしら?」

 彼女は当初買い付けに行くと言っていたはずだったが、盗みや強盗もやりかねないとんでもない性格なので、問いたださねばならなかった。


「西の地下迷宮で手に入れたのさ」


 彼女の言う西の地下迷宮とは、西国の管轄にある中規模ダンジョンのことだろう。

 ドロップアイテムから聖武器を手に入れる方法ならば、商店を介在する必要はない。だから結果的に『商会』に知られることもなく妨害されずに事を進められたのだろう。

 だがあそこはここよりも遙かに『取得率』が悪いダンジョンだ。普通のやり方では、何年かけてもまともな量は揃わないだろう。何より彼女に依頼したのは討伐隊五百名分の装備一式だった。

 何か他にカラクリがあるはずだ。


「それにしては仕事が早過ぎるけど?」

「あそこの最深部には古い聖堂があってね。そこの洗礼の泉に沈めた物には、何と一時的に聖なる力が宿るのだよ」

「……」

「……どうした肩を落として?」

「あのねえアイネ」

 それは所謂、『祝福』の魔術がかかる泉というやつではないか。一時的にアンデッドなどに有効な能力を宿すことができるが、いつ効果が切れるか分からない上に、その期間も短い。恐らく今頃はただの武器や防具に戻っているに違いない。

 彼女のことを頼みの綱にしていただけに、がっくりきてしまった。もう打つ手はないかもしれない。

 迷宮都は終わったかも。


「私の店に同じものがあるが、三年経った今でもまだ効力は持続しているぞ」アイネは笑みを絶やすことなく、自信たっぷりにそう宣言する。


「え……そんなに? でも……ちょっと待って……」

「『百鬼狩り』で使えればいいんだろ? なら別に付与道具である必要はい。アンデッド共を退治した後で、ゴミ同然のアイテムに変わろうが問題はないのでは?」

「……」

 確かに彼女の言う通りだった。

 討伐隊の装備として耐えられるのであれば問題はない。こちらは目的を果たせる道具が欲しいだけ。『百鬼夜行』が解決できるなら極端な話、手段などどうだっていい。

 ならば手に入るものが、付与道具か否かを問う必要は、皆無か。


「はあああああ……」

モルガンは盛大に溜息をつく。

 このダークエルフの商人はいつもそうだ。

 一見ずさんで、投げやりで、やっつけ。

 けれどもその実、非常に理にかなっていて、悔しいくらいに無駄がない。ひとつ間違えれば興行師か詐欺師と罵られるくらいに、ぎりぎりの綱渡りを見せる曲芸師みたいなやつだ。


「貴方らしい仕事ね」

 そう言うと、アイネは「そう。誉めるなよ」と白い歯を見せて笑う。

 正直あまり褒めてはいない。


 ならばあとは武具の搬送が問題になるだろう。

 依頼したものは、馬車を数十台は手配しなければ運べない程の物量があるはず。まだ『商会』には隠し通したままで事を進めたい以上、何か上手い口実を作り、運び込む手はずを考える必要があった。

「ものはどこにあるの?」


「ここさね」と言ってアイネが、机の上に投げて寄越してくる。

 それは革鞄だった。一見するとただの古ぼけているだけの何の変哲もない代物。

「これは――」


 見覚えがあった。確かそれは探索者現役時代に、彼女がよく持ち歩いていた鞄だ。付与道具で、なかが大きな屋敷が丸ごと入るほど広大な空間につながっており、幾らでも物を詰める事ができる能力を持った入れ物。

「『魔法の鞄』だよ」

 大量の武具はどうやらこのなかに詰まっているらしい。


「さて、私の可愛いお嬢さん、お役には立てたのかな?」

「上出来よ。抱きついてキスしてあげてもいいわ」

「蛙にされたら叶わないので遠慮しよう。私はそれよりももっと他に欲しいものがあるのだけど?」

 モルガンの頬に自然と笑みが浮かんだ。

 これで自分も仕事が果たせそうだったし、『商会』にひと泡吹かせる事ができるかもしれない。そう思うと楽しくなってくる。

「いいわ。望み通り代金を払ってあげる」



 じゃくり……じゃくり……。

 嬉しい事の後のおやつほど美味しいものはこの世にはないだろうとモルガンは思う。


「いよいよですな」

「ええ『寺院』には悪いけど予定を繰り上げさせてもらわないとね。それから『組合』にも人員を募集させて……ああ忙しくなる。あれだけ待ち遠しかったはずなのに、こうなると今度は気持ちが億劫になってくるのは何故。退屈で、お菓子漬けの毎日も悪くなかった気もするわ」

「忙しくともお嬢様のティースタンドにはたくさんのケーキが載っていることでしょう」

「あら何か言いまして?」

 モルガンがにっこり微笑むと、彼は素知らぬ顔で「……いえ」と明後日の方を向いて誤魔化す。

 勿論、彼の言う事に間違いはないのだけれども。


 さて残る課題は四つ目だけとなった。

 必要なのは鑑定士だ。それもとびきり優秀なのがいい。

 更に言えば、探索者経験があり『踏破の称号』をふたつ以上持っている者に限られる。

 だがそんな人材は希少だ。基本的に彼らという人種は豊富な知識を持つが、自らが危険なダンジョン探索に乗り出すことは殆どない。

 故に人選は困難を極めていた。


 これまでの調査で、『百鬼夜行』の原因が、モラウ公爵が持ち逃げしたそのアイテムにある判明している。『死者のオルゴール』。それが今もなお、ダンジョンのどこかで起動し続け、呪いを振りまいている。

 そこから垂れ流される『百鬼夜行狂想曲ファンタジア・オブ・パンデモニュウム』と呼ばれる楽曲が、ダンジョンの死者たちをアンデッド化させ、生者を無差別に襲い、更に大量のアンデッドを生産し続けているのだ。


 だから何としてでも『死者のオルゴール』を奪還し、停止させなくてはいけない。

 それには鑑定士に現場で、鑑定させ、魔術回路から『資格』や『代償』を解明、最悪の場合はその手で解体させる必要がある。呪われた付与道具は取扱が非常に難しい。ものによっては破壊したり、停止させることもできず、ただ触れるだけで状況が悪化してしまう事例も過去にはあった。


 今のところ候補者は三名。

 一人目は『錆びなきピッケル』商店のボッタクル老。但し彼が探索者だったのは今は昔だ。今はたくさんの孫に囲まれ、もう杖がなくては外出できない御老体である。

 二人目は、先ほどここに訪れた人物、『古き良き魔術師たちの時代』のアイネ・クライネ。だが彼女にはすでにひと仕事こなしてもらったばかりなので、できればこれ以上負担を掛けたくはない。何よりも頭が上がらなくなるので、借りを作りたくなかった。

 そして三人目は、彼女の愛弟子である青年。彼の腕前はモルガンも一目置いていたが、おそらくは無理だろう。だいぶ昔に探索者を辞めたと聞いている。何よりもあの師匠が許さないだろう。ああ見えて彼女はかなり溺愛しているようなので、危険な目になど合わす事を承知しないはずだ。

 

 この件ばかりは、もしかしたら『商会』に頼らざるを得ないのかもしれない。彼らのところになら適役の数人くらいいるだろう。交渉をするのであれば、手に入れた手札を隠せている今がチャンスである。


「――お嬢様」

「まだ何かニュースが?」

「いえ、そろそろ『午後のお茶会』の時間で御座います」イゴールが懐中時計を取り出しながら告げてくる。「遅刻されるとまた妹君よりお叱りを受けるやもしれません」

「……」


 気が重いが仕方がない。

 お茶会などというのは名称だけのことで、実情はそれほど可愛らしいものではない。迷宮都市の支配者たちによる定例会議だ。齢百を越える九人の姉妹たち(見た目はどうあれ)がこの都市の行末を決める為、けんけんがくがくの打ち合わせを行い、時には罵倒を浴びせ合い、時には殴り合いの喧嘩や、魔術の応酬まで繰り広げるのである。


「お茶請けは何かしら?」

「ちょうどデネブ様が差し入れにいらっしゃましたので――」

「あら素敵。アップルパイね」

「……ですがあまり糖分をとられるのは」

「お黙りなさい」モルガンはぴしゃりと言う。

 楽しみのひとつでもなくてはやってられないではないか。


モルガンは執事にハンカチで口元を拭ぐわせると、颯爽と椅子から椅子から飛び降りた。

「さあ、それじゃあ行きましょう。魔女のお茶会に」

 




鑑別証『魔法の鞄(非売品)』


『汝、九十九髪の女に告ぐ、血を一万五千二百七十五滴を捧げよ、さすれば世界は冥海六億八千五百十七番目を繋ぎ、解放せよ、但し然る後、閉鎖せよ、クロックミストの窓辺の如く』


『あの時、食料が足らなかったばっかりに……』とか『あの時、見つけたアイテムを持ち帰っていれば今頃……』等というのは、酒場に行けばよく耳にできる愚痴です。 


 どれだけ多くの荷物を運搬できるかは、ダンジョン探索において最重要課題のひとつと言えるでしょう。

 出発の際に用意出来た食料や医療品の量によって探索者たちの生還確率は変わってきますし、ダンジョンで見つけたものをどれだけ取りこぼすことなく持ち帰ることができるかによって成果が変わってくるからです。

 

 さて、この『魔法の鞄』はそんな悩める探索者たちの方々の為にある、と言っても過言ではない付与道具です。ボタンや留め金を外し、なかをのぞき込んでみると、あら不思議。構造上ありえないほどの収納空間が広がっているはずです。ここに詰め込んでしまえば、どんなものも軽々と、かさ張ることなく持ち運ぶことができるでしょう。 


 形状については様々あり、背嚢リュック小物いれポーチ、肩掛けポシェットなども存在しますが、基本的に同じアイテムとして扱われています。

 皆さんご存知のお伽話『ジムジャック冒険譚』。あれに登場する『魔法の小袋』もまた同種のようです。但し物語のように、湖の水を飲み干したり、ひとつの町を一年間養おえるほどの麦を貯めこんだり、石の礫を豪雨のごとく降らせたりすることができるような、代物は未だ発見されていないようですね。


 どれだけの内容量があるかを説明する場合には、大抵、箪笥チェスト押入れクローゼット部屋ルーム、のどれに相当するかが引き合いに出されます。格付けをすると、箪笥に相当する鞄で『無印』、部屋ひとつ分収納できる鞄が『高級品』と言ったところでしょう。

 ちなみに師匠愛用のこの鞄は、屋敷ひとつくらいなら庭ごとが入ると豪語していますが、本当でしょうか。あの人はよく有りもしないことを言うので、俄には信じられません。


 さて極稀にではありますが、『呪いの鞄』というアイテムも存在するようなので御注意を。小石を入れただけで岩のように重くなったり、しまったはずの中身が切れてしまうそうです。もしダンジョンでそれらしいものを拾っても、うかつに物を入れないほうがいいかもしれません。


「やあ、懐かしのわが家にようやく到着だ。愛しの弟子はどうしてるかな」

 こうして『古き良き魔術師たちの時代』の店主アイネクライネは長い買い付けの旅から帰還したのだった。



 活動報告でも書きましたが過去編はもうちょいで終わりです。

 ただその前にまた暫く、通常営業(現代編)に戻る予定です。

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