172 父との会話
説明を終えると、俺は父と兄に向かって告げる。
「ということで、我々はケイ先生の身柄を守ります。帝国兵に対する戦力としては数えないでください」
「もとより、あてになどしておらぬ」
父はそういってにこりと笑った。
「それで父上、ケイ先生の身柄はどこに?」
「それはだな……」
防諜対策のしっかりした部屋の中に更に結界を張っているというのに、父は声を潜めた。
父は静かに地図を取り出すと、一点を指さした。
「ここだ」
そこは、この城の近くにある小高い丘の上だった。
「ここには先々代が使っていた狩猟小屋がある。小屋といっても屋敷のようなものだが」
「屋敷ですか」
「定期的に手入れしてあるが、使ってはいない。それを大賢者殿に貸したのだ」
「防御している兵はいないのですか?」
「ほぼいない。賊に住み着かれたら困るから、少数の兵を置いてあるが、それだけだ」
「さすがに不用心なのじゃ」
ハティがそういうと、父は微笑む。
「何の価値もない屋敷に百を超す兵を置いたらそこに何かがあると喧伝しているようなものですから」
「なるほどー。そういうものかや?」
「はい。それに本気で敵が襲ってきたのならば、百程度の兵など足止めにもなりますまい」
「そうかもしれぬのじゃ。さすがは主さまの父上、賢いのじゃ」
「お褒めにあずかり光栄です」
父はハティににこりと微笑む。
「父上、我々はそちらに移動しようと思います」
「うむ、それが良かろう」
「ところで、大切なことをお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「次の侵攻があったとき、私に伝えろとケイ先生がおっしゃったのはいつか、そしてそのときのケイ先生の様子を教えてください」
「ふむ。あれは三日ほど前のこと、寝室でちょうど眠ろうとしていたとき、突然声を掛けられたのだ」
「突然ですか?」
「ああ、いつ入ってきたのかもわからなかった。夢かと思ったほどだ」
「それでケイ先生はなんと?」
「そうだな――」
父は、下手なりにケイ先生の口調を真似ることまでして、できる限り正確に伝えてくれた。
「寝台でまどろんでいると『寝ているところをすまぬな、レナード。大賢者ケイだ』と」
「ほう」
「俺が一体何用かと尋ねると『もし帝国が兵を動かす事があれば、ヴェルナーに伝えてはくれぬか』と」
「それだけですか?」
「ああ、理由を尋ねても『伝えるだけで良いのだ。すまぬな』と言っていた」
「そのときのケイ先生はどのような雰囲気でしたか? いつもと違う雰囲気でしたか?」
「ヴェルナー。そもそも私は大賢者殿と親密ではない。年に一度会うかどうかだ。いつもとの違いを問われても困る」
三日前のケイ先生の擬体の状況についての情報は得られなさそうだ。
俺が少し考えていると、黙って聞いていた兄が口を開く。
「ヴェルナー。大賢者殿の雰囲気は大切なことのか?」
「はい。ケイ先生が、自分で私に伝えなかった理由が気になって」
ケイ先生の擬体が自由に動けるならば、直接俺に連絡すればいいはずだ。
「ケイ先生の擬体はもう動けないのかもしれない」
「お師さま。動けないとはどういうことでしょう?」
「理由はわからない。敵にやられたのかもしれないし、擬体の活動限界だったのかもしれない」
「ヴェルナー。大賢者殿が動けないならば、何が変わるのだ?」
父は俺の目をまっすぐに見て静かに尋ねてくる。
「あまり変わりません。どちらにしろ身柄の防衛にケイ先生の力を借りるわけではありませんし」
「ならば、考えてもしかたあるまい。自分の行動が変わらないことならば、暇なときに考えなさい」
実務家である父らしい考え方だ。
「はい。父上。ですが、一つ大事なことがあります」
「なんだ?」
「これから現われるケイ先生は、恐らくケイ先生ではないと言うことです」
「……詳しく説明しなさい」
「はい。まず擬体については先ほど説明しましたね」
ケイ先生が大魔王になりつつある説明を為たときに擬体についても説明してある。
数百年前に、ケイ先生とシャンタルが共同で開発した魔道具でもあり神具でもある偽の体だ。
ケイ先生が擬体を作れるように、シャンタルも当然擬体を作れる。
そして、数百年前に研究をやめたケイ先生の擬体より、恐らくシャンタルの擬体の方が性能が上だ。
「ケイ先生とシャンタルは双子だけあり、うり二つです。私ならともかく父上も兄上も見分けられないでしょう?」
「それはそうだろうな」
「今後、ケイ先生が擬体を使って情報を伝えてくることは恐らくありません」
伝えたくとも、伝えられない。
だからこそ、俺への伝言を父に頼んだのだ。
「主さま、でもシャンタルは殺したのじゃ」
「あれも、擬体だったと考えた方が良い」
「……あれが擬体? めちゃくちゃ強かったのじゃ!」
「シャンタルの擬体のほうが性能が良いからな」
「ならば……、またあれに襲われる可能性があるってことかや?」
「可能性はあるな」
俺がそういうと、ハティは「ぐぬぬ」と呻いた。





