23
我が国の騎士団では、定期的に害獣駆除を行っている。
騎士団が出動するのだからタヌキやイタチなんかではなく、魔物の討伐を行っているのだ。
現在、騎士団医務室に勤務している私も救護班として今回の討伐に参加する事となった。
今回は少し危険な区域の討伐という事で、王宮魔術師と共同での作戦となっている。
「で?そんな危険な任務に何でここに隣国御一行様がいらっしゃるのでしょうか?」
「それはね、お世話になっているから討伐を手伝って下さるという、あちらのご厚意だよ。」
「王族いること忘れてません?何かあったら問題ですよ。」
「そこはほら、君という過剰戦力があるからこその荒業だよね。」
「マジスカ。」
過剰な期待は止して頂きたいのだが。
隣でニコリと微笑むフェルーク様に、私は苦笑いを返したのだった。
まあ、と言うことで、隣国御一行様も今回の討伐作戦にご参加なさってるなう。
御一行なので、勿論リャドム様もいるし、異世界の少女、マドカちゃんもいる。
隣国の王族が参加するということで、こちらの王族が参加しないのも外聞も良くないしアレなので、代表して隣国の魔術師達の対応を任されていたフェルーク様が討伐に参加することとなった。
救護班の私は本陣で待機、王族であるフェルーク様も本陣で待機だ。
勿論、何かあっては困るので、隣国の魔術師達も本陣の防衛役と言う名の待機組だ。
その隣国の魔術師達は、今はいざという時のために結界を張れるよう、いそいそと準備をしている。
「結構気合が入ってるね、彼ら。」
「そりゃあ、大役を任されたことになってますからね。」
「それだけかな?」
「どういう意味です?」
「君にいいところを見せたくて、張り切ってるんじゃない。」
私は思わず顔を顰めた。
ここに来る早い段階で、リャドム様に私も作戦に参加することがバレた。
私が騎士団に混ざって出発の準備をしていると、私を見つけたリャドム様が、笑顔満開に人を掻き分けやってきたのだ。
本当、センサーでも、付いてるんじゃないかと思うくらいサッサと見つかった。
フード被って顔隠してたんだけどな。
そしてそのままロールキャベツ男子は、私の両手を取り話しかけてきた。
「ニーナさん!こんな所でお会いできるなんて!ニーナさんも今回の作戦に参加されるんですか?」
「ええ、まあ。」
「本当ですか!?ご一緒出来るなんて!治癒術師とは伺っていましたが、もしかして、騎士団の医務室に?」
「ええ、まあ。」
「そうだったのですね。あ、でも、心優しく虫も殺せぬような貴女には危険なのではないですか?」
その言葉を聞くと私のことを知っている周りにいた人達が「!?」という反応をした後、「その人、虫どころか竜すら殺しますけど?」と視線で訴えてきた事は見なかった事にしよう。
「そういえば、救護班は本陣でしたよね?」
「ええ、まあ。」
「ならば、この私が貴女の事を必ずや守ってみせます!」
「・・・・・・。」
いや、どちらかと言うと私が守る方だから。
そう、言いたいところではあったが、私は引きつり笑いだけを返してその場を乗り切る事にした。
無論、「その人守る必要ないって。だって竜にも勝てちゃうんだから」という周りからの視線でのツッコミは見なかった事にする。
「任せて下さい!こう見えても魔術は得意なんですから。」
知ってます。
ていうか、そろそろ戻ってくれません?
周りの騎士達の変なものを見る視線が痛い。
そして、マドカちゃんの刺すような視線も痛い。
さらに言えば、フェルーク様の笑顔の中にある氷点下の視線も痛い。
早々に追い払おう。
「ご準備の方はよろしいのですか?あちらで同国の方々がお待ちのようですが。」
「ああ、もうすぐ出発だから戻らないと。」
そう言ってリャドム様は背後をチラリと振り返った後、握っていた私の手に少し力を込めた。
な、何だ?
一向に離れない手に、私が首を傾げていると、リャドム様は徐に私の手ごと両手を顔まで上げ、そのままご自分の手越しに口付けを落とした。
「!」
その瞬間、こちらの様子を伺っていた周りが騒めいた。
誰もが目を見開いて瞬きを繰り返し、目を擦りながら口をあんぐりと開いた。
お茶を飲んでたら噴き出してたんだろうな。
かく言う私も同じ反応をしたと思うが。
まあ、白目は剥いてるだろうけどね。
「それではまた後程。今日はよろしくお願いします。」
そう言うとニコリと笑い、リャドム様は踵を返して仲間の元へと帰って行った。
ま、周りの視線が痛い!
私、今日休みたい!!
そして、なんだかんだ休む事は出来ず、目的地に無事に到着してしまった。
「ところで、あの後手はちゃんと拭いたのかな?」
「は?」
「手、拭いたのかな?」
フェルーク様、めっちゃいい笑顔ですが、めっちゃ強いです。
「さ、さすがにそれは失礼なのでしてないですよ。」
「いいんだよ拭いちゃって。ええ、まあ。というお座なりな相槌だけという所業をしているんだから今更変わらないだろう?」
「いやいや、変わりますから。」
「これ、貸してあげるから、目を離してる今のうちに拭いちゃって。」
そう言ってフェルークさまは真っ白なハンカチを私に渡してきた。
有無も言わせぬ圧を乗せて差し出されたハンカチを、私には拒否することなど出来ず(恐ろし過ぎて)、渋々(恐る恐る)ハンカチを受け取り、サッと手を拭って返した。
「・・・・・・どうも。」
私の一連の動きを見ていたフェルーク様は、ハンカチを受け取ると、うん、と一つ頷きハンカチを懐へしまった。
「僕だって最近、君に触れるの我慢してるのにさ、ズルいよね。」
いやいや、この間ガッツリ触っとったやないか。
医務室来た時ガッツリ触ったやないかい。
てか、思い出させないで!
「前に聞いた話なんだけどね、思い出し笑いをする人はムッツリなんだって。」
「別に笑ってません。」
「そう?でもほら、少し頬がーー」
「ちょっと見廻り行ってきます!」
フェルーク様のクスクス笑う声を背後に聞きながら、私はドスドスと音を立ててその場を後にした。決して逃げたわけではない。
私は赤くなっているであろう顔を手でパタパタと仰いで冷ました。
見廻りしつつ、私は視界の端に隣国御一行の姿を捉えた。
始めは全く気付かなかったが、マドカちゃんから想いを聞いてからよくよく見てみると、確かに、彼女がリャドム様を見る目は恋する乙女だし、好意があることが分かる。
私はてっきり、マドカちゃんはフェルーク様に好意を抱いたのだと思っていた。
初めて彼女達を見たとき、マドカちゃんは確かにフェルーク様を意味ありげに見つめたと思った。
フェルーク様は一目惚れされる事が大変よくある美貌の持ち主だ。
だから、彼女もそうなのではないかと思った。
まあ、結局は違ったのだが。
実際マドカちゃんが好きなのはリャドム様なわけで。
こちらに来て、リャドム様はマドカちゃんに親身になってとても良くしてくれたのだと言う。
先日も彼女のために異世界へ渡る魔術を探しているとも聞くし。
そんな風にされたら、好きになっちゃうよね。
私だって、そうだったんだから。
・・・・・・終わった話だけどね。
まあ、しかし、「もしかしてマドカちゃん、フェルーク様に惚れた!?」と思ったあの時の私の心の騒めきを返して欲しい。
若い子相手とか、しかも可愛い子とか、勝ち目なさ過ぎとか思っちゃったじゃん。
しかし、私にはそんな文句を言う資格は無い。
そこまで考えて、私は足を止めた。
そろそろ態度をはっきりしないと、とさすがの私でも思うようになった。
それもこれも、隣国御一行の影響というか、リャドム様の影響というか。良くも悪くも。
リャドム様の動向に、彼を不安にさせている。
以前、ちゃんと彼と向き合うと決意したものの、それ以降、具体的に何かした訳じゃない。
態度はそれなりに頑張っているつもりだが(少なくとも聞こえないフリをここ最近はしていない)、まだまだ私は及び腰だ。
彼だって私に合わせてか、急かすようなことは今までなかった。
だが、ここに来て私にモテ期到来。
また、彼に嫌な思いをさせて、謝らせてしまった。
彼は悪くないのに。
彼は私を待っているだけなのだ。
私が踏み出すのを。
そうしたら、リャドム様にもハッキリとした態度が取れるし、彼に嫌な思いをさせずにすむ。
そう、私はそろそろ決めなくてはならない。
でも、本当は自分の気持ちに気付いているし、決まっている。
とうの昔に私は自分の気持ちに気付いていたのだ。
ずっと前から本当はーー
「あ、ニーナさんこんな所にいた。そろそろ討伐に出てた各班が帰って来るから救護テントに戻るようにとのことですよ。」
いつの間にか救護テントから離れたところまで来ていた私に、ブラックリスト入りした騎士の青年が声を掛けてきた。
私を探してくれていたようで、彼は少し息を弾ませていた。
「分かりました。」
一先ずそう返事をすると、私は見廻りを中断し、救護テントへと向かう事にした。
私がウロウロしている間に、討伐は着々と進んでいたようで、どの班も順調に、特に問題もなく前半の部が終わろうとしていた。
本陣で結界の準備をしていた隣国御一行も、出番がなかなか来ないので、少々ガッカリしているようだった。
出番が無い方が平和で良いじゃないか。私の出番が無いという事で、私も楽ができるしね。
そろそろ報告と休憩のために各班が一旦帰って来るという事で、私も救護テントで森を眺めながら仲間の帰りを待っていた。
そうしていると、森の奥の方から信号弾が上げられるのが見えた。
あれは確か、緊急事態発を意味していたと思う。
新人研修の時も当たりを引いていたが、騎士団の中に引きが強い人がいるんじゃないだろうか。
一体、あっちの方角で何があったのだろうか。
本陣に緊迫した空気が流れた。
そこへ、伝令役の騎士が走ってきた。
「ご報告します!リュプスの群れが本陣へ接近しています!数は約五十!」
リュプスは狼に似た魔物で、口から火を吹きとても足が速く、多くは十〜二十の群れで行動する。
しかし、今回は数が多い。
これは相当大きな群れを引っ掛けてしまったようだ。
「今は足止めをしておりますが、数が多く、こちらに来るのも時間の問題かと思われます!」
一班ではとてもではないが抑えられないだろう。
指揮官は報告に一つ頷くとすぐに指示を飛ばした。
「総員迎撃準備!本陣への帰還命令の信号弾を!」
そして、指揮官は隣国御一行の方を体ごと向くと頭を少し下げた。
「結界の準備をお願いします。」
隣国御一行の代表者がそれに神妙に頷くの見て、指揮官はすぐに踵を返し、足早に次の指示を出しに行った。
通常であれば、リュプスの群れくらいなら問題なく対処できるだろうが、今回は大群だ。
私は念のため持って来ていた父手製の魔法の杖を、荷物から引っ張り出した。
竜殺しである事を隣国御一行に隠している私は、今日は一般的に魔術師が用いる木の棒の様な杖を使うつもりでいた。
しかし、緊急事態発生だ。
もしもが無いように、私は使い慣れた最強の杖を腰に下げて敵襲に備えることにした。
結界を張るべく隣国の魔術師達が呪文を唱えている。
フェルーク様はその近くに控え、彼らを守るように抜き身の剣を構えた。
剣術の心得もあったのか、フェルーク様。
魔術も使えて剣も使えるとか、ファンタジーの王子様だな。
というか、安全なところにいて欲しいのですが。
結界の要である魔術師達の場所は、確かに群れが来る方角から遠いですけど。
私は溜め息をグッと堪え、敵の襲来を待った。
結界の呪文も終盤に差し掛かってきた。
隣国の魔術師達は大きく地面に魔法陣を描き、その陣に沿うように数人の魔術師で囲み、魔術を展開するものだった。
規模も大きく結構高度な魔術だ。
だがその分、リュプスの吐く火や物理攻撃など、ものともしない程強力な結界が出来るはずだ。
あと少しで完璧な結界が張れるだろう。
流石は隣国の先鋭魔術師達だ。難しい魔術だというのに魔術の展開が早い。
しかし、今日は本当にツイてない。
警戒していた群れが来るであろう方角とは違う所から、リュプスが数匹本陣へ飛び出して来た。
しかもそれは、隣国の魔術師達がいる場所だった。
結界を張るために魔術を行使している魔術師達は、結界が完成するまでその場を動くことができない。
魔術師達の近くにいた騎士達が応戦するものの、急襲で一瞬隙が生まれた彼等はリュプスの早さについていけていない。
それでも、日頃の訓練の賜物か、少し乱れたものの、着実に襲ってきたリュプスを撃っていった。
しかし、完全には撃退できず、一匹撃ち損ね、そいつはリャドム様へと鋭い爪を振り上げ襲いかかった。
危ない!
そう思った瞬間、私は魔法の杖を抜き、リャドム様を襲うリュプスへと剣先を向けた。
間に合わない!
しかし、私よりも先に動いていた人物がリャドム様を守るように背で庇い、リュプスの鋭い爪をその身に受けた。
「!」
その人は苦痛に新緑の瞳を歪めて剣を振り、リュプスの首を落とすと、そのままリュプスと共に地面へと倒れた。
うそ・・・・・・!
私は衝動のまま、その人もの元へと駆けた。
「フェルーク様!」
そして、結界が完成した。




