69話「寄り道、首都ペディア」
レッサルを旅出ってから、数日が経った。
俺達はやがて目前に、巨大な城壁に囲まれた大都市を捉えた。
「やはり、首都に寄るのですね」
「おう、彼処なら何でも揃うからな」
俺達の最終目的地は、湾岸都市アナト。国の最西端に位置する、漁業や製塩が盛んな港都市だ。
そこは俺の故郷であるウィン領からは、国の端と端の正反対側。
なので国の中央に位置する首都ペディアを、道中で経由する事になる。
「どうせ中央を通るなら、装備を揃えに数日滞在してみるべきね」
「私、首都なんて初めてですわ! 1度行ってみたいと思っていましたが」
ペディアはこの国でもっとも技術レベルが高く、商業も発展している都市。
地方ではお目に掛かれないような高価な武具防具が揃い、美味甘食に溢れ、先進的な技術や工芸品が集う街だ。
正直、一度来てみたかった。
「ペディアは初めてか、イリーネは箱入り娘だったんだな。サクラは来たことあるか?」
「……私も、初めてねぇ」
首都の物価は高いが、俺達にはまぁまぁ資金に余裕があった。
王弟ガリウス様の援助金はまだ残ってるし、レッサルでサヨリから路銀を工面してもらったし、イリューが詩人をやって稼いできた金もある。
最悪、首都付近で依頼をこなせば大概のモノは買えるだろう。
「ちなみに、どんな町ですの?」
「俺もあまり長期滞在したこと無いんだが……、まぁ何か派手だな」
カールは何かイヤな事を思い出したのか、頭が痛そうな素振りを見せた。
「宿が高すぎてなぁ。首都まで依頼人を護衛して送ったあと、1日観光しただけで依頼金が吹っ飛んだ」
「そんな凄い物価なんですね」
「どの宿も、レッサルの大聖堂並の値段だったな。無論、サービスは半端なく行き届いてたが」
……そんなに高いのか。
いくら余裕があるとはいえ、この人数で寝泊まりしたら一瞬で資金が枯渇しそうだ。
「でしたら首都に滞在する期間は、短くしたほうが良さそうですわね」
「あら、そうでもないわよ?」
じゃあ無駄に観光とか出来ないなーとションボリしていたら、マイカが呆れた顔で手を振った。
「カールが馬鹿なだけで、場所を選べば首都の物価はちょい割高って程度よ。普通の街の宿の1割増しくらい」
「あら、そうですの?」
「首都は、区画分けされてるわ。つまり、城壁に囲まれた最奥の『貴族エリア』と、城壁の外で繁栄している『平民エリア』に別れてるの」
貴族と平民で居住区が分かれてるのね。
そういや、そんな噂を聞いたことが有るな。首都は権威主義で、貴族と平民は厳格に区別されているのだとか。
「貴族エリアに入るには、特別な許可証が要るの。雇われた従者などの平民は、その許可証を持って貴族エリア内で活動できる」
「……はあ」
「で、『雇われ冒険者』として許可証を貰ったカールは、滅多に入れないからって『貴族街』を観光したのよ。貴族街の宿なんか、バカ高いに決まってるじゃない」
「一泊くらいなら、と思ったんだよ……」
ああ、成る程。そりゃ高いわ。
と言うか、平民が良く貴族エリアの宿に泊まれたな。
「貴族エリアの宿は、むしろ平民向けよ。貴族相手に商売する大商人とかが、主に利用するから」
「ああ、成程」
「外の貴族が利用する事もあるけど、大体は親交のある貴族に招かれて泊めてもらえるもの」
……つまり、首都にコネが無い場合はその宿を利用するしかないのね。
貴族同士のつながりって大事だ。
「首都に聖堂は有るんですか?」
「……普通に聖堂も、ある。それも、各宗派のモノが」
「我らが女神様の聖堂なら、無料で泊めてくれるかもね。えっとカール、名前なんだっけ?」
「女神セファ様な」
あの胡散臭い女神か。あの女神の聖堂もあるのね。
なら一度参拝して、セファとやらの神話を聞くのもいいかもしれない。
言ってみれば、俺達の一応の上司だしな。どんな神様なのか知っておいて損はない。
「女神セファって、あんまり勇者史に名前出てこなかったのよねぇ」
「ん、ずっと古代の時代にチラッと記述あった」
「恐らく、マイナーな女神なのでしょうね」
信徒は割と居るらしいけど、セファ教がこの国の主流派で無いのは確かだ。
歴史はソコソコ古いらしいが……。
「イリューは、女神とか詳しいの?」
「え? あ、はい。まぁそれなりに」
「女神セファ様ってどんな神様?」
「あー、えー。セファ、セファ……ってどんな神様でしたっけ」
本職である修道女ですら、あんまり把握していない女神。本当にあの女神を信用して大丈夫なのか?
……そもそも、カールは何でそんなマイナーな女神の信仰を始めたんだ? 元々、セファ教の家だったとかなのかな。
「カールは、前からセファ様を信仰してらっしゃったのですか?」
「……正直、そんなにたくさん女神様がいらっしゃるとは知らなくて。純粋に『女神』そのものを信仰してたんだ」
「てか、それが多数派よね。女神のこまかい種類とか殆んどの人は知らないと思うわ」
……まぁ、俺も知らんかったな。そっか、カールはセファ教ってより純粋に女神全体を信仰してたのね。
「一般人の認識としては……、この国の最大宗派ってマクロ教よね。だから女神って言えば、マクロ様のイメージあるわ」
「……マクロ教、ですか」
何処かで聞いたことあるな、その名前。最大宗派だし、小耳に挟んだことがあるのかも。
うちの実家はそんなに宗教に力入れてなかったからなぁ。
「レッサルを牛耳ってた宗教団体だよな、確か。あんまり良いイメージ無いなぁ」
「マクロ教が悪いってより、単にコリッパが悪かったんだろうけど」
あ、そうだ。
レッサルの大聖堂、あれは確か『マクロ教』だった。
「あと言ってないけど多分、アルデバランもマクロ教よね。あのマントの刺繍……」
「ああ、神聖文字でALDEBARANって書かれてたな。神聖文字を使うのはマクロ教だよな」
「そうなんですの?」
よく分からんが、そういうことらしい。
じゃあ、レッサルで悪いことしてたマクロ教団の勇者が、アルデバラン?
「つまりカールは『誰も知らないマイナー女神』に選ばれた勇者で、アルデバランは『最大宗派の女神』に選ばれた勇者って訳ね」
「……その言い方やめてくれない? セファ様傷つくぞ」
「でも、修道女すら知らない女神って……」
まあそれは、単にイリューがアホなだけかもしれないけと。
「……俺は正直、マクロ教団が許せん。俺が聖堂で『カインを助けてくれ』と懇願した時の連中の、氷のように冷徹な目が忘れられん」
「レイ……」
「もし女神マクロが実在するなら、恨み節は尽きん。……是非、そのアルデバランとやらと話してみたいものだ」
そう言うレイの表情には、鬼気迫るモノがあった。
……揉め事はやめてくれよ。アルデバラン本人は、そんなに悪いやつじゃ無いし。
「ウチの女神様と向こうの女神は仲が悪いからなぁ。多分、あんまり話す機会はないぞ?」
「……それなら、構わん。無理にとは言わん」
レイはあまり話を広げようとせず、そのまま静かに黙り込んだ。
まだ、彼自身にも飲み込みきれない感情が残っているらしい。
「まあ、そもそも宗教団体って基本クソですからねぇ。教義をいかに曲解して、信者から金をむしりとるか年中考えてる連中ですよ♪」
「おい修道女」
「本当に心優しくて信心深い人は、お布施を払って巡礼するだけに留まります。教団に入閣する様な人は、基本金目当ての亡者です」
ベラベラと偉そうに、イリューが口を挟む。
じゃあ、聖堂に就職しようとしているお前は何なんだ。
「口先で民を納得させて、不満なく金を巻き上げるシステム。宗教の仕組みを作り上げた人は天才ですねぇ」
「お前やっぱ詐欺師になれよ」
やっぱりイリューは、修道女に向いていないような。
彼女の言う通り教団が詐欺師集団なら、これ以上ない適正を持っているような。
「まぁ、何にせよ女神セファの聖堂を訪ねるのは必要ね。教団が普段悪どいことして稼いでるなら、その分け前を貰わないと」
「おいマイカ……」
「カールは、セファ様とやらのご指令を受けて動いてるんだもの。正当な報酬じゃない」
そんな、教団=悪みたいに決めつけなくても。
きっと、真面目に経営してる教団もあるだろうに。
「じゃあ、まずは平民エリアで聖堂探しねぇ。首都は物価高いし、今回は聖堂で宿泊しても良いかも」
「一応、男女で分けてはくれるんですわよね?」
「……うん、ちゃんと男女別。その代わり、他の利用者もごっちゃの大部屋で雑魚寝になる」
大部屋で雑魚寝か。
……筋トレどうしようかな。夜にこっそり抜けるか?
「俺は、それで良いと思う。一度、セファ様の教会で祈ってみたかったんだ」
「まぁ、好きにすれば?」
と言うか、カールはセファ教の勇者なのに一度も参拝してなかったのか。
……まぁ、セファ教の教会自体が少ないんだろうなぁ。
「……そろそろ、夜になる。今日は休んで、明日の日中に首都ぺディアに入ろう」
「だな、今からぺディアまで歩くと到着は深夜だ」
首都での方針も決まり、今夜はここで野宿することになった。
……筋トレは、レイに日中しごいて貰えば良いか。
レイの言う徒手空拳の型稽古と言えば、フンフンと鍛えていてもそんなに怪しまれまい。
「じゃあ、寝仕度ね」
にしても、楽しみだ。首都は、どんな街なのだろうか。
ユウリ達の暮らす『学術都市ヨウィン』より遥かに発展しているのだろう。きっと面白いものも沢山あるはず。
貴族として屋敷に籠っていては決して見ること叶わなかった、未知との出会い。
「おやすみなさい、カール」
「ああ」
何だか、ワクワクして寝付けないな。遠足前の気分に似ている。
もし目が覚めてしまったら、今夜の見張りのレヴちゃんと話でもしようか。
ああ、楽しみだ────
────Zzz
「ふわぁ」
おお、朝だ。よく寝たぞ。
寝付けないかと思っていたが、案外寝れるもんだな。この体も、まだ若いからだろう。
「……」
今日はいよいよ、首都入りの日だ。
田舎者に見られないよう、たまには貴族然とした優雅な服装に着替えてみようか。
いや、変にお洒落する方が田舎者っぽいか?
「……」
「マイカさん、おはようございます」
「……」
その辺を尋ねてみようと、隣に寝てたマイカに話しかけてみる。
しかし、返ってきた反応は無言だった。
「……マイカさん?」
「……」
ふむ、反応がない。
またカールが何かやらかしたな。他を当たろう。
「サクラさん、サクラさん」
「ああ、おはようイリーネ。愉快なことになってるわよぉ?」
「あぁ成る程、愉快なことになってたのですね」
おお、良かった。サクラの言い方だと、あんまりヤバい事態にはなっていないらしい。
さてさて、あの男は一体何をやらかしたのかね。
「……斬る」
「待て待て待て待て!!」
ふと見れば、静剣は刃を抜いてカールと鍔ぜり合いしていた。
朝っぱらから殺し合いとは物騒だなぁ。
「……ぽ。……ぽっ、ぽ」
レヴちゃんは、真っ赤な両頬を押さえて左右へと首を振っている。
ふむふむ、レイがブチ切れてるのはレヴちゃん関連か。
「これはつまり?」
「レヴが、カールに告白したみたいよぉ?」
「ヤバい事態になってましたわ」
これはレヴちゃん、サヨリのキスに触発されたか。
聞けば昨夜に、彼女はカールに告白したらしい。
そして朝、同じ寝袋にベッドイン♪しているところを兄に見られたのだとか。
「ヤったんですの?」
「本人いわく、こっそり潜り込まれただけみたいだけと」
「まぁ、それはレイもブチ切れますわ」
マイカが無反応な理由もわかった。
彼女は今、再起動中なのだろう。
「きぃぃ!! そう簡単にレヴちゃんは渡しませんよ、これで勝ったと思わない事です!」
「イリューさんはどういう立場ですの」
レイとカールが切り結んでいる真横で、ハンカチを噛みしめて悔しがっている修道女。
アレはよく分からないので無視しよう。
「俺に勝たぬ限り、妹は渡さん────」
「そんな気はしてたけど、結構お前シスコンよりだよな!?」
……。
さて、誰も準備してないし朝ごはんの支度でもしておくか。




