32話
ウィンザストン魔法学院の入学式は巨大な石造りの教会みたいな外観をした建物内で執り行われた。式の空気もあって荘厳な雰囲気が漂っている。
それにしてもデカイ会場だ。高校の体育館を横に五、六個横に並べたくらいの広さはあるな。
これだけ広いと後方に座っている連中には壇上に立つ人間の顔なんて判別できないんじゃね?
俺が所属することになった第一組が陣取っているのは最前列なのでそんな心配は無用だが、どちらにせよ今の俺は入学式の長ったらしい式辞に意識を向ける暇はない(※ただしフィオナの祝辞は除く)。
なぜならばあのオールバックをいかに懲らしめるか、その方法をシミュレーション中だからだ。
開幕ブッパで沈めるのが手っ取り早いんだろうが、それをやるとなるとかなりシビアな威力調整が求められる上にちょっとでもミスればオールバックを昇天させてしまう。いくらなんでもそれは避けたい。
加えて魔法を食らわせて気絶、はい終了ではアイツを反省させられるとは思えないし、俺の溜飲だって下がらん。
あまり肉体的なダメージを与えずに、それでいて勝負を持ちかけたことを後悔させるくらいの力の差を見せつけながら勝つ方法となると……。
「―ト!ねえ、カイトってば!」
「ん?」
あーでもないこーでもないと思索の海に潜っていると肩を揺すられていることに気が付く。横を見ればティナが俺の名前を呼んでいた。
「どうかした?」
「もう入学式は終ったけどいつまでそうしてるつもり?」
「……おや」
言われて視線をさ迷わせれば席を立った同級生達がぞろぞろと出口へ向かっていた。
あれだな、クラスごとに列を作って並んで退出しないあたりに文化の違いを感じるわ。
「ありがとう。少し考え事をしていたよ」
「新壮式での勝負のことでしょ。アタシも協力するわよ」
「頼もしいけどあれは僕の勝負だからね。ティナには僕が勝つところを見守っていてほしい」
「ふーん……そこまで言うってことは自信があるわけね?」
「間違っても負けることはないんじゃないかな」
控え目に言っても圧勝だろう。
どうやって手心を加えたらいいか悩むレベルだ。いっそのこと直接的な攻撃を禁止するとか制限しないと軽い弾みで殺しかねない。
「……アイツは嫌な奴だけど、たぶん強いわよ。実力主義の学院で第一組に選ばれてるんだから」
俺の余裕に満ちた態度を油断と捉えたのか、ティナが真剣な面持ちでそう告げた。
そうなのだ。あのオールバック達も俺やティナと同じ第一組だった。
あくまで学生レベルで言えばだが、アイツらもかなり優秀な部類なのは間違いない。だからこうしてティナが油断はするなって忠告してくれたんだろう。
まあその心配は杞憂だけども。勝負と呼べる形が成立するかも怪しい。
「油断も慢心もしていないから安心してくれていい。これはすでに勝敗が決した勝負だからね」
悩んでいるのは勝つために必要な手段ではなく、どうやってフルボッコにするかだ。謝罪をさせるためにも易々と決着をつける気はないからな。
ティナと並んで歩いて会話を続けながら、その思考とは別にオールバックを降伏させるための方法を同時に吟味する。
以前の俺には到底無理な芸当だが『アップデート』を使えばこんなこともできるのだ。
分割思考!(キリッ
も可能である。順調に中二病が進行していくな。
自らの進化を実感しつつティナと共に訪れたのは学院内にいくつかある学食の一つだ。学院の生徒および教師が利用可能な食堂だが、俺が知る学食とはひと味違う。
食券を買って並ぶというようなスタイルではなく、席に座りウェイターを呼び寄せてメニューを注文するのである。俺の感覚としてはファミレス……高級感から言えばレストランが近いな。
天井にはきらびやかなシャンデリア、壁一面に張り巡らされた巨大なガラス窓の向こうには緑鮮やかな草原と青空のコントラストが映える大パノラマ。円卓にはシルクのような純白のテーブルクロスがかけられ、その中心では燭台が穏やかに灯るロウソクを支えている。
未だに根強い庶民感覚を有する俺からすると落ち着いて食事を摂るような環境とは言い難い。
これで夜景でも完備してればまんま大人のデートスポットと化しそうな窓際のテーブルに座りトーリとシュレリアを待つ。
全員が揃ったのは俺とティナが席に座って十五分ほど経過してからだった。
「ごめん、少し遅れちゃって……!」
最後に到着したトーリが焦った様子で俺達の方へやってくる。
第一組から順次退出だし第十組のトーリが遅れるのはしょうがない話だ。
「別に時間の指定はしていなかったし慌てなくても平気だよ」
「そうです。私も先ほど来たばかりですから」
「あ、ありがとう」
俺とシュレリアのフォローによっていくらか落ち着いたトーリも席に座り、これで四人全員が揃った。
この瞬間を待ち構えていたティナが口を開く。
「さて、それじゃあ早速アレについて教えてもらえるかしら?」
ティナがいう「アレ」とはオールバックが俺を指して“無能”や“落ちこぼれ”と罵っていたことについてである。
新壮式での勝負を承諾した直後、さっきのはどういうことかと詰め寄るティナを宥め透かし、こうして説明の場を設けたわけだ。
「分かったよ。長い話でもないし食事を摂りながらでも語るとしよう」
「い、いいのかな?ボクが一緒に聞いちゃっても……」
「問題ないよ。ここで普通に生活をしていれば誰の耳にも入るような話さ」
実際大した話じゃないし、聞かれて困ることでもない。語るにしてもその内容の薄っぺらさに自分で驚くくらいだし。
とりあえずささっと注文を終わらせ、改めて俺の過去という名の設定をトーリ達に説明することにした。
「なぜ彼らが僕を“無能”と呼ぶのか。それは魔法学校時代に遡る。
当時の僕は魔法が使えなかった。発動に失敗するという意味ではなく、失敗する以前に魔力反応すら起こせなかったんだ。五歳の子どもでも出来るようなことをね。
故に周囲の人間は僕を魔法を使えない“落ちこぼれ”だと、魔力すら持たない“無能”だとそう嘲ったのさ」
「でもカイトは魔法を使えるじゃない」
「まあね。正確に言うと魔法を使えないんじゃなくて何があっても魔法を使わなかっただけなんだけど」
「どうしてその様なことを?」
「僕の魔力が大きすぎた上にそれを完全に制御することが困難でね。下手をすれば初歩魔法で辺り一面を焼け野原に変えてしまう危険があったのさ」
この言い分はさすがに盛り過ぎだと感じたのかティナは訝しげに、シュレリアは困惑した表情で俺を見る。
その中でトーリだけが納得したように呟いた。
「それで周りを危険に晒さないためにわざと魔法を使わなかったんだね」
「ちょっとトーリ、今の話を信じるわけ?」
本人を前にしてひでぇ言いようである。まあその気持ちは分からんでもないが。
「え?うん、そうだけど……あ、そっか」
トーリが何かに気づいたような声を上げる。
「何かあったかい?」
「ボクとティナさん達の違いだよ。彼女達はまだカイト君の魔法を見てないから信じられないんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
そういやトーリは『マテリアライズ』でハンバーガーを取り出すところや、『エアーボール』でアルセナ結晶を粉砕して闘技場を半壊させるところを間近で見ていたな。
どうりで簡単に納得してくれるわけだ。
「ふむ、ならこんなのはどうだろう?」
すっと窓の外を指差す。
それに釣られたティナとシュレリアが、さっきまで無かったはずの光景に絶句する。
そこに佇んでいたのは樹。より正確に表現するならば樹齢数百年、千数百年かと言うような巨大な大木だった。
イメージはと○りのト○ロのアレである。三階に位置する食堂はおろか、七階建てになっているこの教室棟を凌ぐ高さだ。
「な、何よあれ……」
「うーん、そうだね。『トロールツリー』とでも名付けようか」
確かト○ロの元ネタってトロールらしいし。それって都市伝説だったっけ?
まあそこはどうでもいいか。
とにかくだだっ広い草原しかなかった場所に突如として世界樹クラスの大木が出現したのである。
「立派な樹だね。学院のシンボルになりそう」
「僕としては内側に秘密の基地でも造りたいかな。子ども心をくすぐられるというか、何かワクワクしないかい?」
「それはすごく楽しそうだなぁ」
「なんで二人は平然と談笑してるのよ!?」
「てぃ、ティナちゃん落ち着いて……」
「そういうシュレリアもね。はいお水」
驚きと混乱でオロオロしながらも健気にティナを宥めようとするシュレリアにグラスに入ったお水を手渡す。
「あ、ありがとうございます……あの、カイトさん。これは今どこから?私の目がおかしくなければ何も無いところから現れたように見えたのですが……」
そりゃ『マテリアライズ』で出したもんだからな。傍目から見たら鮮やかなマジックだ。
俺の右手を凝視するシュレリアにサービスでもう一度グラスが出現する瞬間を見せてあげる。
「こうやって、だよ。ティナもいるかい?」
「ちょっと待ちなさいってば!あの樹もそのお水もなんなのよー!?」
次々展開される事態についていけず頭を抱えるティナ。
その後とても小動物チックな動きを披露するティナに癒されつつ、まあまあとか適当に落ち着かせること数分。
どうにかこうにかいつも通りのティナが戻ってきた。
「……それでどういうことなの?」
否、目が据わっててちょっと怖い。
「あの大木は魔法で僕が生やしたものだよ。人よりいくらか魔力と魔法に長けている証明にはなっただろう?」
「……この水は?」
「僕の魔法で取り出したものだね。もう一杯いるかい?」
手慰みに『マテリアライズ』で水に満たされたグラスをもう一つ生成する。
「いらないわよ」
手で払うような仕草で受け取りを拒否された。
俺は気にしないが何気に失礼な奴である。
「それで?いきなりあんな大木が生えたりアタシがこれだけ騒いでも周りが一切気にしないのは?」
「それは……」
貰い手を失ったグラスを放して床に落とす。
重力に従ったグラスは音をたてて砕け散り水が床を濡らす……が、それを気にする人間は俺達四人を除いて誰もいない。
「『インビジブル・エリア』という魔法の効果さ。これは指定されたエリア内で何が起きても外の人間には関知されないんだ」
特異魔法だってことは一応隠しておく。国王達の反応からしてなんか結構な騒ぎになるのは目に見えてるし。
現状侯爵家の次男ってだけで窮屈なのに、これ以上余計な肩書きは背負いたくない。
「つまり今はアタシ達とあの大木が『インビジブル・エリア』の範囲内にいるってわけね?」
「ご明察」
「あり得ない、そんな魔法聞いたことがないわ……そもそもあんな大木を生やしたり軽々転移魔法を使うなんて……」
「世にはまだ知られていない魔法がたくさんあるんだよ。当然僕が知らないものもね」
ブツブツ言ってるティナにはとりあえずフォローを入れておく。追及されるとボロが出かねないからな。
「ということで僕が“無能”と呼ばれていた原因とそこへ至るまでの経緯は理解してもらえたかい?」
「……ええ。ついでに新壮式での勝負に心配なんか必要ないってこともよーっく分かったわ」
「それは何より。では楽しい食事の時間といこう」
割れたグラスと水浸しになった床を一瞬で掃除し、同時に俺達を覆うように展開していた方の『インビジブル・エリア』を解除する。
するとすぐさまウェイターが料理を運搬し、何事も無かったように立ち去っていった。
さて、あのトロールツリーはどうしよう?まあ『インビジブル・エリア』を永続的に発動させてればいいか。
どうせ誰も気付かないし、その内ちょうどいい対処法でも見付けられんだろ。いつか解決するべ、くらいに思っとく。
というわけで大木の件は光の速さで記憶の隅に追いやり、とりあえずは目の前の料理に舌鼓を打つことにしよう。




