再び生まれる、キミのそばで 2/2
「――ん、んっ……」
俺は意識が覚醒するとともに、自分が横になっていたことを自覚する。
同時に頭から伝わる柔らかな感触とお日様のような匂いを感じた。
「あ、やっと起きた? おはよう」
声が聞こえる。ぼやけた視界でつぐみの端麗な顔を見上げるような体勢だ。
「膝……ま、くら……?」
「い、言っておくけど。私が自分でしたわけじゃないんだからねっ? ここに来たらあなたが倒れてて、そしたらしがみついて離れなくなったからそのままなのよ!」
言いながら相変わらず左手で髪の毛をくるくると巻く。右手は俺の頭上に添えられていて、彼女の性格からすると気を失っている間はずっと撫でていたのかもしれない。
「……どう、して」
疲労からか上手く言葉を発せられず、途切れ途切れに問い掛ける。
「あぁ、どうして医務室じゃないのかって? いや、一応呼びはしたけど……あれ? ここの放送室の入室制限かけて、私しか入れなくしたのあなたじゃな――」
「どうして、尻枕じゃない、んだ……」
そう、不満なのはただ一点のみ。この前も思っていたことだが、どうしていつも何かと膝枕ばかり採用されるのだろうか。たまには尻に敷かれたって良いじゃないか。
というか、膝枕って言うほど膝か? まぁ、広義では膝だという理解はあるが。
「ま、また蹴り飛ばされたい?」
「い、いでぇ……」
黒髪の赤メッシュ部分をぐいぐい引っ張られた。
「授乳プレイが……好きだからって、すぐに膝枕……実にナンセンス……だろ」
「……は、腹立つわね。太ももの延長にお尻はあるっ!」
得意げにつぐみが冗談ではないことを言う。その言い分は絶対に認められない!
「ち、がう……尻の延長に太――そう、か。太ももは、尻……おまえは、尻なんだ……」
――突如。この世の全てを悟ったような全能感に包まれた。成程これが、真の幸福。
全ての性癖は尻にはじまり、尻に終わる。やはり一つの真理は全てに通じるもの。だから、
「おのれは一体、何を言ってるんかね?」
「俺、は……尻が好きだ。だか、ら……おまえが、好き、だ……」
ふと視界の端の時計を見やれば、十六時四〇分。気絶していたのは一〇分程度らしい。
「え、あっ。う、うん……そうなの、そっか……」
さほどの間も置かない告白を重ねて受け、つぐみの頬がおもむろに染まっていく。
癖っ毛をいじり続け、しかし。はたと我に返ると冷静に言葉を告げてきた。
「けど、さっきのも合わせて近年稀に見る最の低な告白じゃないそれ――って、あれ?」
色白の肌にきょとんと浮かぶ疑問符。その理由を遅れて俺自身も悟った。
「い、言えた。言えたな、普通に……大好きだって」
「だ、だっ!? そ、そうは言ってないでしょも、もうっ」
ぬへへへっ、と。今更だが何とも言えない笑い方で視線を逸らされる。
「でもきっとさ。吐き出すものは全部、吐き出したからでしょう? 色々と」
「……そういうこともある、のか」
もしかすると溜め込んだストレスの許容限界を超えたのが、たまたまあの公園の告白で。
だから告白をトリガーに心労や心痛を吐き出すようになった……のかもしれない。
「あったっていいじゃない、ね?」
つぐみが俺だけに優しく微笑んでくれる。真正面からそれを受け止め、破壊力に堪らず俺はぎゅっと目を瞑らされて小さな声が降り注いだ。何だか悔しい……。
「で、さ。お返事ね。まだ知り合ったばかりだし、貞操帯の鍵は気が早いと思うな、私」
「そう、か……まぁ、そうだよ、な――」
肯定とも否定とも取れる言葉に気落ちし、目を逸らす――瞬間。
おでこに何か柔らかい感触があって、それはつぐみの瑞々しい紅色の唇だった。
「だから今は、ここからはじめようよ。二人で、一緒にさ。ね?」
「甘利……」
「ままっ、とりあえず水でも飲んだら?」
やや上ずった調子の声に支え起こされ、俺が事前に用意していた水のボトルを手渡される。
呷るようにして喉を湿らせれば、口内もだいぶ平穏を取り戻した。
それが子供っぽく見えたのか、慎ましやかに見守っていたつぐみはふと思い出したように訊ねてくる。
「ね、そういえばどうして放送室の占拠なんてこと出来たの?」
「それは……俺もよくわからない。昨日、ナデシコちゃんの夢も見て、それで……」
自信はなかったが、俺はありのままの事実を口にした。
どうしたらいいか分からないなら、こうするのはどう? みたいなことを言われたような、あやふやな記憶だけがあるのだ。
「……? けど、ふぅん。今、ここで他の女の話をするんだぁー?」
「そ、そんなつもりじゃなくてだなっ。あ、甘利……」
いじらしい眼差しで指摘され、わたわたと慌てふためく。どうしていいかわからなかった。
「ふふっ、そういうの新鮮かも。で、なんで名字になってるの? なんでどうしてっ!」
「えっ。あ……い、いや、なんか少し恥ずかしくなって。そ、それで……」
つい意味もなく正座になって縮こまり、もじもじと指先を擦り合わせてしまう。
「うわー、ヘタレだヘタレ。ヘタレがゲロ吐きながらみっともなく告白したんだぁー」
ぱたぱたと宙を仰いで、横座りのつぐみが身体を軽く後ろにそらした。
「……う、うるさいな。それは前に説め――」
「――でもそういうところ、好きだよ」
「…………っ」
そういう不意打ちはよくないと思う。えぇ、うん。というか、ズルい。小賢しい。
だってそんなものの直撃を受けてしまったら、昇天しかけるのは当然なのだから。
「うわうわ、赤くなって可愛いー。ねぇ、写真撮ってもいい? いいよねいいよね?」
「お、おまえも赤いくせに何をっ……ははん。さてはおまえ! ご、誤魔化してるなっ!」
抗いようもなく身体が火照り、苦し紛れにそんなことを言ってみせる。すると、
「う、ぐ……っ」
核心を衝かれて、つぐみも赤面していった。
もう放送室じゃなくてサウナなんじゃないかと錯覚する程だ。
脱ぐとか脱がないとか考えるとさらに熱を帯びていく。
「ほれみろ、ははは、は……は、は…………」
訪れるべくして、沈黙が訪れた。脳内に失敗の文字列が列挙されるが、同じくらいに彼女の顔が浮かぶ。
それこそ絶対に揺らぐことはない、と思っていた優先順位さえ覆す勢いで。
「前途多難……だよな」
「……うん。どっちの家も絶対に認めてくれないよね」
言うまでもなくつぐみは、俺が過程を一つ飛ばしていることをお見通しらしい。
それは家族の了承だった。
告白からプロポーズまで本来、両親に逐一報告をするのが当然のことなのである。
自分たちの家系に新しく組み込まれる遺伝子は何か?
それに興味を持たない人間は、この世界ではどうしようもないほどにマイノリティだろう。
「でも何とかなったりするのかな。あなたが泳げたときみたいに」
「違うだろ、奇跡なんかいらない。何とかするんだよ、二人で。頑張ってさ」
「そういうこと、言えるようになれたんだ」
直後。向けられる微笑みと真っ直ぐな気持ちが、視線を通じて重なる感覚に包まれる。
無意識に手が近づき、目線はそのまま指先だけが膝元で互いをそっと求めた。
飽きることなく熱を分かち合い、僅かに指を絡めながらたどたどしく同時に吐息する。
「……な、なぁ。これってキスする流れ、だよな?」
「言わないでよ、台無し……でも、はじめてが胃液の味っていうのはどうなの?」
「わ、悪い……」
罪悪感しかなかった。下を向く俺を見たつぐみが少し呆れたような調子で応じる。
「……はぁ、まったく、締まらないオチね。ふふっ」
だが、彼女は最後に笑ってくれる。それがただただ嬉しくて、堪らなく愛おしい。
自分でも舞い上がり過ぎな自覚はあるが、好きが止まらないのだからどうしろと。
やっぱり奈那子や夏海に感じていたものとは、性質が違う。
他人の恋愛感情を否定する気はないけども、今更つぐみ以外の誰かを好きになっている自分がまるで想像できない。
い、いやっ、そういうつもりもないが! 自覚できる内面の変化にまだ戸惑いがあった。
「ほ、ほんとだよ。でもこんな俺でなくちゃきっと……おまえに出会えなかった」
「かもね。なら感謝しなくちゃ」
「誰に、両親に? それとも奈那子に俺を振ってくれてありがとうーっ! てか」
冗談っぽく言えば、不満なのか頬を膨らませて上目遣いに睨んでくる。可愛い。
「ぐぬぬぅ、また他の女の話する……めっ、でしょ?」
「いや、けどそれが――――ん、んっ……」
言葉は途切れ、小さく声が漏れた。指も強く確かめ合うように絡み合っていく。
少し痛い。でも、それでいい。それがいいんだ。もっと彼女の奥まで触れていたい。
「っ――は、ぁ……」
たった数十秒だが、今の俺たちが息苦しさを快感と錯覚するには充分な時間だった。
とろんと目尻を下げる彼女の、どこにだって深く深く気持ちを伝えたくもなる。
「……ねぇ。私、あなたなら愛せると思う……愛したいの、愛させて。お願い……」
「自信は、ない……けど俺、頑張るから。だから……一緒に居て、くれるか?」
「……一生一緒じゃなきゃ、やだよ」
「あぁ」
当然と言うべきか。重ねた唇は思った通り、口いっぱいに酸っぱい味を広げてきた。
けれどもある意味らしいんじゃないかとも考える。人と違うことを恥ずかしがる必要なんてないのだから。
これが俺たちなんだと胸を張り、前を向いていればそれでいいはずだ。
なのでやり取りが包み隠さず学院中に放送されていたからと言って、俺をボコる必要はないと思う。
というか理不尽過ぎる……まぁ、両足で頭部や頸部を締めて尻を眼前に持ってくるのは、流石にわかっているなと二重の称賛を贈りたいところだが!
ともあれこいつの、甘利つぐみの貞操帯の鍵はこの先ずっと絶対に俺のものだ。
たとえこの先の未来にどんな結末が待っていたとしても、この手だけは離さない。
離してやるものか。そう決めた。俺が、俺自身の意志で。だからもう、何も怖くない。
こんなことを平然と言えてしまうのはまぁ、まず間違いなく惚気だろう。
そんな自分がやっぱりおかしくて――俺は、彼女に向かって笑いかけた。
ここまで読んでくださった読者の皆様。本当にありがとうございます。
本作は去年の電撃文庫大賞の一次落選作品になります。(懲りずに今年も送ったが)
個人的反省点としては、『好き』『嫌い』『つまらない』という感想は出やすいが、『面白い』という感想が出にくい、つまりはエンタメ性に欠けるストーリーになってしまったところでしょうか。
続編の構想もそれなりにあることはあるのですが、電撃文庫で落ちるならば他はどこも通らないだろうという気持ちが強く、(モチベが維持できず)諦めています。
ガン○ム好きの読者の方におかれましては、あらすじやタイトルの時点でデス○ィニープランだろこれ、と思われた方が大半だと思います。正解です。
映画が放映される前に書き上げたものですが、どことなく方向性が似てるような気がして嬉しかったんですよね。映画自体は加点方式で見たので良い映画でした。(全然似てねぇよと思った方スミマセン)
現在はこの他、
『無感の花嫁』
という異世界恋愛ものと、
『昔から何でも話してくれた幼馴染にある日突然「昨日、彼氏ができたんだよね」と言われ、クラスの女子に泣く泣く相談したら、幼馴染の彼氏の幼馴染と付き合うことになった。』
という現代ラブコメを書いておりますのでご興味ありましたらそちらもよろしくお願いいたします。
改めて、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!




