たとえそれが間違いだとしても 2
で、愉快に去った後。五分くらいで戻ってきた。それから有線接続してチケットをもらい、ゲートを通過。七番スクリーンのK列十六番と十七番席、最後列のど真ん中。客はまばらだ。
「――それで、いつまで有線接続してていいんです?」
「…………」
席に座り、問い掛けるとどういうわけか無言だった。すると不意に画面が自動で切り替る。
「あぁ、買ってくれてたんですね。パンフと……パ、パンツのホロデータぁ?」
売買の申請であり、提示金額とで交換するか否かであった。
頼んだパンフはともかく何故か頼んでもいない下着の柄――ホロプリントデータのオマケが謎だった。
しかも鋼鉄とだけ描かれたキワモノ。あまりにセンスが致命的に無さすぎてちょっと引く。
「わかりやすい記念でしょ、感謝しなさい」
「え、あ! もしかして次のデートはこの柄にしろとかそういう……」
「へ。はっ、な――なわけないでしょ、がっ!」
「いでっ、いででででっ!」
げしげしと脛への連打を繰り出される。ついでにシアター内で少し声を出したからか、やや注目の的だった。申し訳なさもあり、唸りながらこっちを睨んで縮こまる葵依さん。
しばらくの間、手の甲をつねられた。てかあの、さっきから割と暴力行為なのでは……。
続くこと一〇分。痛みもわからなくなってきた頃、場内の照明がゆっくりと落ちる。
「え、あ。そういえば、有線接続――」
片側の端子がシートのSPに接続されているか、を確認する横顔に訊ねた。だが、
「しっ、アンタ上映中に話しかけてきたら股間握らせてきたって騒ぐから」
「え、えぇ……」
そんなことになったら即処分である。洒落にならない。一応、その手の発言の真偽はAPやCPの監視記録によって無罪判定だろうけども不安は不安だった。
(これの上映時間、二時間ちょっとあったよな……)
中継器なしでそんな長時間繋がるのは普通、セックスや愛を確かめ合いたいときだけだ。
彼氏彼女が未成年である場合、疑似的な行為として用いられることも割とあるが、付き合う前段階でする人間はまずいなかった。というのも長時間の有線接続は互いに影響し合う。
同調、共感。時間に応じて、見て聞いて感じた感情や感覚を相手と共有できるのだ。
その直後、本編映像が流れはじめて脳が微かに痺れた。横目にちらり見た金髪碧眼の少女はわかりやすく目を輝かせている。有線接続のことなどすっかり忘れている様子だ。
仕方なく素直に本編へ意識を集中させ――やがて二時間ばかりが経ち、本編が終了する。
エンドロールが終わる。永遠のような時が流れた宇宙で再会した残骸同士が触れ合い、物語は幕を閉じた。
場内の暗がりが徐々に光を取り戻す。目が眩んでちょっと痛い。
ともあれ上映を観終えた数の少ない観客たちの反応は様々だった。
白けてしまった者、怒りを露わにする者、中盤から涙腺が決壊していた者、色々だ。
「ひでぇオチだった……」
「そ、そう? ラストもラストのとこは良かったね、って思えたけど」
うっすら浮かぶ涙を拭って葵依さんは答える。有線接続していることもあり、そのちょっと戸惑ったような表情に思わず目を逸らしてしまった。素直に可愛いと思う。顔はな。
「あっ、い……いえ。エンドロール前の方ですよ」
「んっ、ん……? え、あー。ま、あれはあれでしょうがないんじゃないの」
どうやら違和感があったようで、脈絡もなく頬をほんのり赤くしていた。
「片道切符な最終決戦は好きですけど、敵の本体にやっと撃ち込んだ核弾頭を必ず帰ると約束したヒロインのいる故郷に転送されて蒸発。最後は敵諸共に滅亡してるのはどうなんです?」
「単なる状況に対しての結果じゃない? アスポートが可能なのはホロビシリーズからずっと明示されてたわけだし。むしろ技術格差を根性で埋めるご都合展開だった気がしたけど」
「まぁその辺は俺もかなり強引だなぁ、とは思いましけどね」
「でしょ? ま、アタシ勉強できないし小難しくなっても困るんだけどさ」
話も一段落してSPからターミナルを抜き、揃って席を立った。
と、そこで違和感の正体に気づいたらしい。まるで時が止まったような表情だ。
「な、ななななっ、な――――」
爆発的な羞恥を伴う衝撃がストレートに脳を殴りつけてくる。気恥ずかしさも同じく彼女の元へ送られ、観客たちが去ったシアター内を妙に熱っぽい雰囲気が包む。長い沈黙が訪れる。
「「…………」」
静寂。視線こそ合わないが、胸にある感情は最早どちらのものかさえ判別もつかない。
ふとした呼吸。吐息が漏れ、引き寄せられるように一歩を踏み出す。
「……っ」
葵依さんが小さく後ろへ下がった。一歩、二歩、三歩と一進一退。しかし歩幅がちがう。
やがて数センチまで距離が縮まった。心なしか最後は俺だけが前に進んでいた気もする。
つまずき、座席に座り込む葵依さんの「ぁう……」という微かな声が鼓膜を震わせ、どこか諦めたような視線を向けられる。口元を見ていると目線でわかったし、俺もそうだった。
入口で係員が見ていたが気にしない。そして、あどけない顔と柔らかそうな唇へ近づき――
「や、やややっぱりなしだからーっ!!」
「ぐえぇえっ!?」
思いきり両手で突き飛ばされ、視界が急反転する。二列分の段差を逆さまに転げ落ちた。
有線でもなくなり、融け合うような感覚が消失。全身を座席で殴打し、床を舐めることに。
「い、痛ぇ……」
「あ、アンタが悪いんだからねっ! きゅ、急にああ、ああいうのするからっ!」
遠くからそんな声が響いた。特に反論の余地もない。彼女の主張は続く。
「顔はまぁちょっと良いからって図に乗るほうが悪いでしょが! 大体アンタみたいな格下とアタシが……れ、恋愛するワケないでしょっ! 強くなって出直してこいっ!」
散々な物言いだった。それでも隙もある。俺は身を起こし、真っ直ぐ物怖じせずに告げた。
「……それは。ちゃんと強くなって出直せば、恋愛してくれるってことか?」
「え。ぅ、うるさいっ! というより、それ以上近づいたら罰金っ! 罰金だからっ!」
ブンブン両手を振ってあっちいけされた。ポンコツ味を感じつつ、小さな笑みが零れる。
「わーらーうーなぁーっ! それにっ、なにげに敬語やめるとか生意気なのよ!」
「あ、あのーぅ。イチャついてるところ非常に不快で本当に申し訳ございませんが、とっとと出てけの方、宜しくお願いしやがりますチクショウ様がた」
いつの間にか近づいてきた言語野のバグった係員にいい笑顔で言われ、場内を後にした。




